#205(5週目水曜日・午後・セイン)

「ねぇ、スバル君の方はいいとして、お兄ちゃんがいないとニャンコロさんに挑戦おねがいしづらいんだけど!」


 久しぶりと言うほどでもないが…、昼、ギルドに顔を出すと、さっそくユンユンに絡まれてしまった。


「そんなもん知るか。自分でなんとかしろ」

「ぐっ、お兄ちゃんのケチー!」


 そして、一言でバッサリ切り捨ててやった。


「師匠、その、ウヤムヤになっていましたけど…、お昼の試合って、どうなるのでしょうか?」

「あぁ…、正直に言って、時間が勿体ないと思っている」

「そ、そうですか…」


 お散歩が中止になったワンコのようにショボくれるスバル。


 スバルは、一応「試験クリア」と言う事で同行を許しているので、ひとまず昼の試合を続ける意味はない。もちろん「教えることが無い」って事もないのだが…、今の俺にできること(ネタ)は一通り出し尽くしてしまっている状態だ。あとは実戦を通して知識に幅を持たせたり、イレギュラーに対応する力をつけていく段階だろう。


「まぁウォーミングアップ程度に、軽く相手してやるくらいはいい…「はい! お願いします!!」お、おう。」


 すごい食い気味に答えるスバル。やはりスバルは犬系だ。


「あ、そう言えば、スバル君、とられちゃうのよね…」

「ん? スバルに用事でもあったか??」

「別に、どうしてもってわけじゃないけど…、今後は動画の事とか、スバル君に頼みにくくなっちゃうなと思って…」

「あ、その、すみません、ユンユンさん」

「いやいや、全然気にしなくっていいから。そもそも、これは私の仕事なんだし」


 どうやらユンユンは、試合の事ではなく、午後のヘルプ要員の心配をしていたようだ。ヘルプ要員なら親衛隊に頼めばいくらでも集まりそうなものだが…、俺のギルドに入れるのはスバルだけであり、今までは時々手伝ってもらったりアドバイスを貰っていたようだ。


 ユンユンは、広告収入で生活している、いわゆる動画投稿者だ。本人も言っているが、やはり収入を得ている以上、他人が無償で手伝うのは良くない。それこそ…、ビッチのように利用されたり、その人なしでは生活(動画投稿)できなくなる危険がある。


「そうだな。別にユンユンのやり方を否定するつもりはないが…、やはり生活の糧は、ボランティアに頼らず自力でなんとかした方がいいだろう」

「ぐっ、わかっては、いるんだけどね…」


 そもそもユンユンにしてみれば、女子高生3人を無償で動画に参加させていること自体が悩みのタネなのだ。ユンユン本人も大人なので俺以上に分かってはいるようだが…、親などの指示で3人が突然参加できなくなったり、動画のせいで成績が落ちるなどの影響がでることは想像するに容易い。動画自体は上手く軌道にのっているようだが…、だからこそ、勢いで3人を巻き込んでしまった事を、改めて思い悩んでいるのだろう。


「あのあの、土日とかは空いていますし、出来る範囲で手つ…「だう必要はない」え?」

「うん、お兄ちゃんの言う通り。気持ちは有り難いけど、スバル君はもう、私の手伝いはしなくていいよ」

「でも…」

「もちろん、相談とか、撮影に遊びに来るのはOKだけど…、これからは、極力、スバル君の都合を優先してほしいかな」

「えっと…、ユンユンさんがそう言うなら」


 ギルドマスターとしては大人な対応を選んだユンユンを評価するが…、それでも妙な雰囲気になってしまうのは避けられないだろう。


 それこそもっと俺が、粋な気遣いや、献身的なお節介をやける物語の主人公だったらよかったのかもしれないが…、残念ながら俺は(一応)社会人であり、一般常識や社会のルール、そして何より金銭や労働のトラブルを知っている"大人"なのだ。だから、野生動物にエサを与えるような無責任な善意はふるうことができない。


「あぁ、そうだ、忘れるところだった」

「「??」」

「ユンユン、お前、料理できるか?」

「へ? 一応、自炊はしているけど…」

「そうじゃなくて、料理スキルを上げるつもりはあるか?って話。スバルもそうだが、興味があったら手伝ってくれ。もちろん、報酬は払う」

「え? 料理スキル??」


 取りあえず、話の概要を説明する。

①、俺たちが集めた食材を、ユンユンが(俺の)ギルドの設備を使って加工する。


②、追加食材の買い出しや(アイが使う)製造アイテムも集めてもらう。


③、出来た料理の横流しは禁止。ただし、自分で集めた食材を使って個人的に料理スキルを活用するのはOK。


④、キアネアの攻略が終わった後は、メイン食材も含めて集めてもらう。


「 …もちろん強制はしないが、結構いいバイトになると思うぞ? レベルやスキルを伸ばすのが動画的に困るって言っても、まったく関係のないスキルツリーなら、伸ばしても問題ないだろう?」

「え、あぁ、たしかに・・・」

「あのあの、ボクはやります! ぜひ手伝わせてください!!」

「よしよし、スバルはイイだな」

「えへへ~、何でも言ってくださいね~」


 予想はしていたが、スバルは二つ返事だった。むしろ、頼られる事自体がご褒美のように喜んでいる。


「えっと…、ちょっと考えさせてもらっていい? いや、別に嫌ってわけじゃないんだけど、ちょっとね」

「あぁ、取りあえず明日、保留でもいいから改めて聞くよ」

「うん、お願い…」


 何やら考え込むユンユン。


 ユンユンに料理を頼む利点は3つほどある。

①、時間を有効活用できる。本来はアイが製造スキルを使っている横で、手伝いをしながら片手間で料理スキルを使う(伸ばす)つもりだったが、ユンユンに任せればアイの手伝いに専念したり、買い出しに行けるようになる。


②、レベルの高い料理も作れるようになる。俺は製造ステータスではないので、製造速度は遅いし、MPも少ない。対してユンユンはレベルこそ低いがヒーラーでありMP関係のステータスやスキルを上げており、時間も余裕があるので速度面も問題ない。それこそ、料理を大量にセットして完成を待っている間に動画編集をしていてもいいのだ。


③、将来的に料理を安価で安定供給できるかもしれない。料理は効率こそ悪いがバフは他のスキルと干渉しないので、安価で手に入るなら使い得だ。とくにユンユンはセイレーンを目指している。セイレーンは水属性の適性もあるので、上手くいけば入手に難のある魚介系素材を集めるツテになるかもしれない。


「さて、もうこんな時間か…。スバル!」

「はい!」

「狩りに出かける。ついて来い!」

「はい!!」


 迷いのない、いい返事をかえすスバル。


 誘い方が強引だった気もするが…、体育会系のスバルにはこれくらいが丁度いい気がしたので、やってみた。なんだかんだ言っても、俺とスバルは、まだまだ付き合いが浅い。今後、すれ違ったり噛み合わない事もあるかもしれないが…、取りあえずは「陸上部の後輩」の後輩感覚でやってみようと思う。




 そんなこんなで、試合は中止にして…、スバルを連れて狩りへと出かけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る