#202(5週目火曜日・夜・セイン)

「 …そんなわけで、BLは運営公認となりました」

「まぁ、そうだろうな」


 夜、ログインするとレイから「BLについて運営からの回答」が返ってきたとの連絡が来ており、さっそく会って内容を確認していた。


「はい。でも、"親ログ"の取得は禁止と言う事なので、そこだけは注意ですね」

「当然だろうな。そっちは7世代環境でも完全にアウト…、やっている事はハッキングと大差ないからな」


 普段耳にする「ログ」は基本的に個々のマシンに蓄積されているログをさす。これは「本人の行動やそれに向けられた情報」を記録したもので…、本人の視点から見え(影響)ない場所で起きた出来事は記録(ログ)に残らないのだ。対して運営が持っているログは親ログと呼ばれ、ゲーム内でおきたすべての事象を常時記憶し続けている。


 例えば、ババ抜きをしていたとしよう。個人のログから対戦を再現して、そこでフェアリーアイを起動して無理やり相手の手札を覗いたとする。本来ならば視点をかえれば見えるはずの場所も、個人ログには見えていない場所のデータが残っていないので、相手の手札は暗転したままとなる。一応、対戦しているのだからカードの内容も本来ならログに残っていても不思議はないが、L&Cの仕様では個人のログにはそれらの情報は残らない。なので、この状態ではただの立体的な録画映像でしかないのだが…、運営は、ゲームマスターとして親ログから空白部分を補てんして正確に過去の出来事を再現したり、不正がなかったかサーチする能力と権限を持っている。


 この親ログの参照行為は全面的に禁止されており、ぶっちゃけ普通に犯罪だ。やろうと思って簡単に出来るものでもないが…、もしそんな事をすれば、ハッキングや業務妨害の罪で、アカウントの永久凍結と刑事告発が待っている。L&Cのアカウントはワンユーザーワンアカウントであり、登録時に本人確認が必須なので、チート行為は人生を捨てるくらいの覚悟が必要となる。


「それでセインさんは、このあとどうするんですか?」

「どうするって、普通に狩りに行くけど? 狩場について教えろって話か??」

「いや、その…、セインさんならもしかして"魔人の試験"に挑戦できるんじゃないかと思って…」

「ん? 何かあるのか??」


 「魔人の試験」とか「入団試験」などと呼ばれるイベントがある。これは、魔人侵攻イベントにあわせて対応した村(最初に占拠された村)で発生するイベントで…、そこへ行って試験(対戦イベント)をクリアすると「魔人軍の仲間として認められる」ようになる。つまりは、侵攻軍のNPC(魔物や魔人など)から攻撃されなくなるのだ。(ただし攻撃するとノンアクティブは解除される)


 このイベントはL値が高いと発生しないが、別に認められたからと言って王国の軍に入れなくなるわけではない。つまり…、王国軍に入って普通に活躍(魔人軍がノンアクティブになるので後方支援をするには最適)してもいいし、王国軍を裏切ってもいい。あるいは初めから魔人軍に混じって村を攻め滅ぼしてもいいし、魔人軍を裏切ってもいい。そう言う部分がフリーダムなのは、なんともL&Cらしくて笑えてしまう。


「知らないんですか? 今、あちこちの掲示板で、魔人の試験に挑む人を募集しているんですよ」

「あぁ、なんか見たな…、スルーしていたけど」


 魔人に限らずC√関係のイベントは、基本的にソロ攻略が求められる。つまり、PTで参加できないので純粋な後衛タイプは実質攻略不可能なのだ。しかも、魔人の試験に合格して魔人陣営のまま侵攻イベントを終えると、所属が王国側から魔人側へと変更される。


 つまり…、魔人勢力の街や村に出入りできるようになるかわりに、強制的に指名手配状態になる。魔人が後ろ盾になってくれるのでゲームオーバーとまではいかないが、王都での活動(イベントも含めて)が全面的に不可能になるわけだ。


「たしかに、この手の募集は昔からありましたけど…、今回のはガチって言うか、魔人側に勝たせようって動きが強いみたいです」

「そうか…」


 ありきたりの募集なので詳しく内容まで確認していなかったのが…、どうやら世間の風潮は「魔人を勝たせてゲームの難易度を一段階上げようとしている」ようだ。侵攻イベントの影響を大雑把に纏めると「勝つとイージーモード、負ければハードモード」となる。この難易度は、魔王や勇者誕生イベントにもかかわるので、勇者同盟あたりは間違いなくハードモードを望むだろう。別に、全ての侵攻イベントで王国が勝ち越したからと言って魔王が誕生しなくなるわけではないが…、速さで言えば魔人が勝ち、王国が危機的な状況になるのが近道だ。


 勇者が生まれるには、ふさわしい舞台…、そう、「人類の危機」が必要なのだ。


「セインさん、もしかして何か思いついた感じですか?」

「はぁ? いや、そんなことは無いが、もしかして表情に出ていたか?」


 第7世代の感情再現機能は確かに優秀だが、意志やスキルである程度抑制可能だ。付き合いの長いアイに考えを読まれるならまだしも、レイに読まれるのは納得いかない。


「いえ、流れ的に。と言うか、セインさんなら何か大きなことをしてくれるんじゃないかと期待しているんですよね」

「別に、俺はそんなキャラじゃないから、期待されても何も出ないぞ?」

「いやいや、むしろセインさんがそんな風に自己評価していたことに驚きですよ」

「そうか?」

「サバゲーの企画だって、協議は議論が絶えないですけど…、イベント自体は、みんな乗り気で盛り上がっています」

「あぁ、そうか…」


 思わず生返事を返してしまう。


 ついこの前の出来事なのに、ミーファビッチのことや仕事の事もあったので…、なんと言ったらいいか、よそ様の事のように自分から切り離していた。


 正直なところ、ユーザーイベントに関しては個人的にはどうでもいいし、まともに参加するつもりもない。しかし、BLのことや、勢力として中立の自由連合が育ってくれるのは何かと都合がいい。


「魔人イベントですが、自警団やライトユーザーに関しては勝ち越すことを望む意見が多いですが…、中堅以上のPCや、C√PCには負け越しを望む意見もあるようです」

「だろうな。しかし、難易度初期値の今回、たぶん勢いだけで防衛できてしまうと思うぞ? それこそ、勇者が裏切るとか、そこまでしないかぎりは…」

「いや、流石にそんな露骨なことはしないでしょうけどね…」


 2人で苦い笑いを噛みしめる。


 L&Cにおいて、勇者を始めとしたL√ガチ勢のガチっぷりは有名だ。勇者たちにとって侵攻イベント1回分の遅延がどれほど重いものなのかは計りかねるが…、何かしているのは確実。後手後手の受け身に回る前に、何かコチラからもアクションや駆け引きの材料になる"手札"を用意してもいいかもしれない。




 そんなことを考えながら、俺は酒場を後にして、キアネア地方へと飛んだ。

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