#201(5週目火曜日・番外編・チヒロ)

「 …カット! これにて撮影終了です」


 周囲から拍手が巻き起こり、緊張感が安堵の気持ちに塗りかわっていく。もちろん撮影スタッフは撤収作業に息つく暇もない状態だが…、とりあえず俺たち職員に手伝えることは無い。


「おつかれ~。コーヒー貰ってきたけど、飲む?」

「あぁ、いただきます。サクラさんも、お疲れさまでした」

「私は見ていただけだけどね~」


 話かけてきたのは上司のサクラさん。撤収作業を眺めながら、片隅で少し休憩をとる。正直なところ、実はノドがカラカラだったのだ。


「これで、あとは編集作業を待つだけですね」

「どんな風に出来るか、楽しみだね~」

「あぁ~、自分は、ちょっと複雑ですね。目立つのは苦手なので…」

「そのわりには、フツーだったと思うけど?」


 撮影していたのは、外部向けの研究成果発表映像、いわゆるピーアール動画だ。撮れた画を医療関係機関に配布したり、説明会などのプレゼンで資料として使われる。


「自分は緊張とかが表には出ないタイプなんで。でも、内心ではわりとテンパってましたよ?」

「どうだか~。でも、これでひとまず峠は越えちゃったんだよね…」

「そうですね。あとは関係機関やメディアの反応を伺いながら、随時実用化していくだけです」

「まぁ、そっちは別の部署の仕事だから…、しばらくは、データの収集と改善案を考えたりって感じかな~」




 俺たちが研究していたのは「VRでの運動を併用したリハビリの研究」。本来、VR内での運動は肉体に直接影響を及ぼさない。これはフルダイブVRが、脳内信号の段階で情報をVRマシーンで読み取り、体に信号を戻さないためだ。当たり前だが、もし戻したら体が動いてしまう。スポーツ化学の分野ではイメージトレーニングのためにVRを導入する動きもあるが、それはあくまでイメージを覚えるためであって、コチラの研究対象は体や神経のほうになる。


 それで問題は、重度の骨折や脊髄損傷などの重度の損傷を受けた場合、リハビリすらできない状態になる。その場合は体や神経がある程度回復するのを待ち、回復してから改めてリハビリをして体を鍛え直すのだが…、当然、回復するまでに体はどんどん衰えていくし、中には俺のように回復する保証すらできない人もいる。


 そこで考案されたのが、VRでの運動信号を単純な電気刺激に変換して、外部から筋肉や関節にフィードバックさせる方式だ。分かりやすく説明すると…、電気マッサージ器や腹筋を鍛えるパッドだ。体を動かすまでいかなくとも、脳内での体験にあわせて筋肉や関節に刺激をおくる。もちろん、これでリハビリの必要がなくなるなんて事にはならないが…、やっておくことで衰えを穏やかにしたり、リハビリの効果を増幅、はては破損した神経の回復を促す効果まである。


 ソレは、理論や作業療法士(リハビリを手伝ってくれる人)の中では、あるていど認知された技術だったのだが、今回我々は、その技術テクニックの部分を数値化して、ベテランの技術が無くてもマニュアル作業である程度安定した成果が得られるシステムを構築した。


 つまるところ…、「VRゲームをやりながらリハビリ(の補助)が出来ちゃう!」そう言うノウハウや、それに伴う医療機器の企画や開発をおこなっているわけだ。




「すぐに成果が出る分野でも無いですからね。実用化されるのに、あと何年かかるか…」


 それと、開発したのはあくまでノウハウで、ここからさらに企業が商品化する工程が加わる。そっちは基本的にノータッチだが、開発段階で何かしらの協力やデータの洗い直しなどの作業が追加される。


「そういえば、ゲームの方はよかったの? なんだっけ? 今、イベントを控えて大事な時期なんでしょ??」

「ゲームも半分仕事(データ取り)ですけど、そこまで大事なイベントでもありませんから。それに、夜は普通にログインできるので…、これで文句を言っていたらバチがあたりますよ」

「私はよくわからないけど、首位を維持するのも大変なんでしょ? ほかの"臨床試験"の人たちみたいに、ただ体を動かしていればいいってだけだったらよかったんだけど…」

「半分好きでやっていることですから」


 あえて分かりやすく悪い言い方をするなら、俺はモルモットだ。俺はVRを組み合わせたリハビリの研究のために体をはっているわけだが…、なにも俺1人が実験台として臨床試験を担当しているわけではない。


 しかし俺は、ほかの患者とは違い1段階突っ込んだ試験をしている。俺は患者であると同時に、職員であり、研究者でもある。単純に装置を繋いで仮想空間で運動して、体に害が無いか調べる。そういう段階にとどまらず…、スポーツ選手レベルの高い運動や精神的に追い込まれる極限の状態に立った時、どんな反応が見られるのか。あるいは回復効果への影響は? 実際に研究施設に勤務して、毎日データをとったり、そのデータを解析したり、議論したり、そう言う部分にも俺は参加している。


「そう言えば、対応ゲームって結局どうなったんですか?」

「あぁ…、結局、スポーツゲーム(陸上競技系)とL&C(アクションRPG)の2本でいくみたいよ?」

「格闘技系は、結局ポシャったんですね?」

「どうなんだろ? システム的には完成していたみたいだけど、プレゼン負けでもしたのかな??」


 リハビリ用のソフトに関してだが、もちろん何でもいいって事は無い。

①、物理演算を利用したリアル系のゲームであること。ゲーム内の動きをリアルボディーにフィードバックさせる関係上、コマンドアクションなどは不向きだ。L&Cはリアルアクションなので問題ないが、人外転生は対象外となる。しかし、リハビリに使われるオフライン版では、そのあたりの制限はしっかり設けるので問題ない。


②、継続する意欲、目的があるもの。いくらゲームと言えども、好きでもない運動を毎日続けるのは難しい。もちろん、トレーナーなどをつけてジム感覚で続ける案も出されたが、RPGゲームのように自主的に長く楽しめる事も重視している。


③、データ収集機能。実際に現場で使われる際はオフライン版で運用する見込みだが、それとは別に情報を集めたり、大量に集められたデータを管理・解析をおこなう受け皿も必要になる。L&Cがオンライン版からスタートしてオフライン版にノレン分けしたのは、このためだったのだ。


 そもそも、L&Cを運営しているOVG自体が、このリハビリシステムを研究するために局長が作った、ウチの子会社だったりする。あの人、大量のデータを掻き集めるためだけに、当時つぶれかかっていたゲーム会社を買い取ってL&Cを作らせたのだ。ほんと、凄い人は、発想からしてぶっ飛んでいる。


 まぁ、そのおかげでL&Cと巡り合えたし、回復も危ぶまれた重症から、こうして生活できるまでに回復できたわけだが…。




 撮影は終わったものの、しばらくは資料作りや外部との連絡・調整のためにログイン率は下がってしまうが…、それでも1つ大きな山を乗り切り、心地の良い安堵感と、コーヒーの香りに、ただただ安らぎを感じていた。

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