#191(4週目・番外編・清十郎)

「おぉ、こっちだこっち」

「すまないセイちゃん、待たせたな」

「しかたないさ。仕事なんだろ?」

「人遣いの荒いところで、まいるよホント…」


 小ぢんまりとした居酒屋に初老の男性が2人。服装はカジュアルではあるもののスーツ。仕事帰りとも、洒落た服を持っていない堅物ともとれる装いだ。


「とりあえず生でいいか?」

「あぁ、じゃあ小で…」

「なんだよ、今日はコッチでゆっくりできるんだろ?」

「そうなんだが、最近ビールがキツくてな。ひとくち目は美味いんだが…、あとは焼酎とか日本酒をチビチビやる感じだ」

「そうかそうか、お互い歳をとったからな。まぁ安心しろ。ホテルはとってあるから酔いつぶれても安心していいぞ」

「あいかわらず準備がいいな。すこし身の危険を感じるが…、その時はお願いするよ」

「ははは、こういう話をするのも久しぶりだな」


 終始上機嫌なセイちゃんと呼ばれる男性。見た目は堅物そうに見えるが、お互い軽い冗談を受け流しており、長い付き合いが伺い知れる。


「かんぱ~い」

「かんぱい」

「仕事、大変みたいだな。定年後の方が忙しいくらいじゃないか?」

「いや、本当に…。定年でキッパリ退職したお前が羨ましいよ。悪いな、自警団を押し付けちゃって」

「水臭いこと言うなよ。定年過ぎて、またL&Cを始めるとは思わなかったが…、その…、頑張ってはいるんだが…」


 バツの悪そうな顔でビールを流し込む。


 彼、清十郎は、自分が不器用で融通のきかない堅物だと理解していた。普段はそれでも周囲をかえりみず自分のやり方を突き通してきたし、それしか出来ない男だった。


「話は聞いている。こっちこそ、無理を言った」

「 …すまん! なんとか分裂は回避しているが、俺が至らないばかりに…」


 両手をついて頭を下げる清十郎。彼は軽々しく頭をさげる人間ではないが、この時ばかりは躊躇なく頭をさげた。それはそれだけの事をしたと言う思いも少なからずあったが…、それ以上に、向かいあう彼との関係を大切に思っていたのが大きい。


 堅物の清十郎にとって、親友と呼べる存在は彼のみ。学生時代から苦楽をともに過ごし、時には仮想の世界で頂点を目指した盟友だ。仕事の都合で会う時間は年々減り、毎日会っていたのが月1になり、年1に、そして何年も会えなくなった今でも、その関係は掛け替えのないものであり…、何よりそれはプライドよりも尊いものだった。


「いや、セイちゃんは、よくやっているさ。むしろ、セイちゃんじゃなければ、ここまでの成果はあげられなかった。俺だったら、傷を舐めあっているだけの組織で終わっていただろう。まぁ…、外部ツールを開発させたのは、さすがに大人げないと笑ったがな!」

「いや、それは…」


 2人の表情がほころぶ。技術革新により、単純なソフトくらいなら素人でも簡単に自作できる世の中になったものの…、清十郎が用意したものは、専門の技術者に依頼して作らせた本格的なソフト。セキュリティーや拡張性、UIの完成度に至るまで高いクオリティーを有しており、値段もさることながら、ツテを持たない一般人には到底用意できない完璧なものだった。


「あいかわらず、やると決めたら容赦ないよな~。例の秘密部隊って、隠居していた"ヘッズ"のメンバーだろ?」

「まぁ、そう言うことだ。ランカーにはランカーをぶつけるしかないからな」

「"元"だけどな。まぁVRは肉体的な衰えは関係ないし、なにより経験は現役連中よりも上。おまけに隠居しているからチェックも甘い。悪徳ギルドが可哀そうになるレベルだな」


 ヘッズとは、現在最大勢力であるヘアーズの前身にあたる組織で…、メンバーこそ少なかったが実力はトップ10に入るとまでいわれていた。つまり、悪徳ギルドの"中では"トップであるEDよりも格上となる。ログイン状況やブランクの差があるにしても戦力的には互角以上にわたりあえるPSを備えていると言えよう。


「ゲームのルール上、PKが認められているとは言え、売られた喧嘩はノシつけて返してやらないとな。あいつらもPKをやるからには恨まれたり…、それこそ、壊滅するまで徹底的にやり返される覚悟はあってしかるべきだ」

「いや、セイちゃん、商人じゃん。らしいっちゃらしいけど」

「今はヒーラーだ」

「ダメじゃん!」

「ははは、こっちの方はカラッキシのままだな」


 そう言って剣を振る動作を見せる清十郎。彼は現役時代、ギルドを支える商人の1人であり、参謀役でもあった。頭はキレるので商人プレイでは力を発揮したが、肝心の物理戦闘は今も昔も進歩がなかった。


「そうか。まぁ適材適所ってことだな。剣はともかく、ギルドの運営では散々助けられたし…、リアルではこのざまさ。定年後も体に鞭打って働いているのに対して、セイちゃんはガッツリ稼いで余裕の定年退職。つか、今の時代に定年で退職できる人が何割いるって話だよ」

「定年て何? って感じの世の中になっちまったからな。下手したら16や18で結婚するヤツよりも少ないんじゃないか?」

「いや、流石にそこまでは…。あ、でも、今後は、国の方針で早く社会に出るよう、推進するんだっけ? なんだか時代が動く感じがするよな。実際にどうなるかは別として」

「そうだな。少子化で労働人口は年々減っているって言うのに…、学習到達度を少しでもあげようと若者を学校や塾に縛り付ける。ヘタに浪人なんてしようものなら、生活が安定する頃には30過ぎだぞ? そんなもの、実際に社会に出たら、何の役にも立たないって言うのに…」

「エリートが言うと、説得力があるな!」

「ふっ、それほどでもあるさ。まぁ、お前が路頭に迷ったら、ちゃんと俺が養ってやるから、安心しろ」

「おいおい、まだ日本では、同性婚は認められていないぞ」

「「 …ぷっ。はははは」」




 予約したホテルがどんなホテルだったかはさて置き、久しぶりに会った旧友の談笑は、夜晩くまで続けられた。

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