#181(4週目金曜日・夜・セイン)
「ん~、値段は高いけど、探してみると結構売ってるにゃ」
「やはり、1週間も売り渋ったのは失敗でしたね」
夜、俺たちは早めに狩りを切り上げて、ホームで明日売る商品の準備をしていた。因みにニャン子は、各地の露店をチェックして…、素材アイテムの補充やアイテムの相場を確認してもらっている。
「想定外と言うほどでもないさ。まぁ、値崩れは起きるだろうが…、ここで一気に流すのもいいだろう」
「今日、戦士セットを買ったPCが、明日掲示板で愚痴る姿が目に浮かぶにゃ~」
そう言って泣くジェスチャーをしてみせるニャン子。
俺たちが目玉商品として売り出そうとしているのは、もちろん、ハウンドを乱獲して作った戦士セット。斬撃耐性のある汎用装備の中ではトップクラスの性能であり、無理をしてでも買っておけば繋ぎ装備として長く使える。
「最終的な価格設定はアイにまかせるが…、最悪、捨て値で売っても構わない。なんなら相場確認のためにニャン子を…「いりません」そうか」
「アイにゃんは、もう少し素直に…「私の言葉に遠慮があるとでも?」ないですよね~。うん、知ってたにゃ」
そう言いながらも楽しそうな表情を見せる2人。一連の流れは、夫婦漫才でも見ているような気分になれる。
「それで、今の相場はどれくらいなんだ?」
「ん~、結構バラバラにゃ。でも、6時代の100倍の値段で出している露店もあったにゃ」
露店の価格設定は自由だ。到底買えない値段をつけレアを見せびらかすも良し。相場を大きく下回る価格で大量に販売して暴落させるのも有り。それこそ、わざと1桁高い値段をつけて詐欺に使うのも自由だ。
「流石にそこまでいくと参考にならないな…」
「まぁ1M切っていたら即決くらいかにゃ?」
戦士セット単品の価格は、6時代なら数十k(数万)、いくら高くてもエンチャントなしで100kでは売れなかったはずだ。それが現在は1M(100万)以上で売る露店もチラホラ見かける。ハウンドは確かに現状では強敵だろうが、ボスと違って湧きも通常であり、ドロップもそこまで渋くない。いくら初期化されたとはいえ、ボス装備並みの値段はボッタクリすぎだ。
「需要の高い商品なので、よほどの事がない限りは暴落する心配は無いかと」
「確かに、強気の値段でも出してれば、そのうち売れそうな気はするにゃ~」
相場は、
今回の戦士セットなら、需要に対して供給が全く追い付いていないので、高くても出していればソレが相場だと思って買うPCが出てくるだろう。加えて、他の露店に並んだ安価なものを買い絞めて転売すれば1人でも容易に相場を操作できてしまう。もちろん、可能と言うだけで、実際には妨害されたり、逆に他のPCも乗ってきたりと運の要素が強くなる。
「そうだなあ…、明日の相場の半額でバラ売りしよう。ほかの商品とわざと混ぜて、在庫は少ないと思わせる」
「ん~、ぼろ儲けできるチャンスなのに、勿体ないきもするにゃ~」
半額と言っても、6時代に比べれば遥かに高い。現状ではハウンドを狩れる一部のPCが希少性にものを言わせて荒稼ぎしている状態だ。俺たちはあくまで"適正"と思えるような価格にするだけ。
「なに、資金には困っていない。武器と違って防具は供給量を増やしても影響は少ない。なにより…」
「他のランカーへの牽制にもなりますね」
「そういう事だ」
転売で相場を操作する方法は、散発的に売り出されるのに弱い。1度に全ての在庫を露店に並べられるのに比べて、監視する手間がかかるし、それだけ多くのPCに最安値を印象付けられる。ほかの露店で半額の商品を見てしまえば、その時に買い逃したとしても、ボッタクリ価格の商品を買うのはためらうだろう。
そして何より、戦士セットを売ってぼろ儲けしようと企んでいたガチ勢の計算を大きく狂わせられる。相場の最安値の更新が相次げば、相場から計算される買い取り価格も安くなるし、高い時期に買い付けた商品を高いうちに売りさばこうとして最安値で売る商人が増える。そしてその状態が続くと…、いつの間にか全く関係のないアイテムにも価格改定の流れが飛び火する。
「それでは500kからスタートして、様子を見ながら値下げしていきます」
「ぐしし、これだけ
俺たちは、自分で入手したアイテムも自分で売っているので自由がきくが…、基本的にガチ勢は効率を重視して買い取り専門の商人に丸投げするか、仲間内で専属商人を用意している。転売もそうだが、そう言った場合は買い付け価格を相場が割るような事態になれば商人は大損してしまう。現在の買い付け価格は700kから800kくらいだと思うが…、つまりは、相場がそこまで落ちる事態になれば"損きり"で在庫を抱えている商人が一気に在庫を売りに出す。なにせ…、もともとボッタクリ価格なので、相場が再び1Mの大台にのることは絶対にないからだ。
そして、調子にのって荒稼ぎしていた商人が大損をすれば、先物取引や転売をけん制する事につながる。そして何より、とことん効率を重視するガチ勢の計算を大きく狂わせられる。俺たちは殆どの装備を自給自足しているので関係のない話だが…、勇者たちのような本当のガチ勢は、儲けは大きいが、それ以上に掛け金が大きい。ボッタクリ価格で中堅PCから資金を集め、その資金で最高ランクの装備を強引に揃える。だから、その資金の流れが減速すると、攻略速度も目に見えて落ちたりする。
「1日でどこまで価格を下げれるかは未知数だけどな。まぁ、あくまで牽制ってことだ」
「そうですね。私たちは値崩れしても確実に黒字化できます。圧倒的に優位な場所から一方的に商人プレイのスリルを教えて差し上げます。ふふ、ふふふふふ…」
「「 ………。」」
口元を吊り喘げて笑みを浮かべるアイに、一抹の不安と頼もしさを感じながらも、その夜を商品の準備に費やした。
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