#182(4週目金曜日・夜・ナツキ)
「よし! 1対1なら結構いけるね」
『無理してるんだから油断しないでね、お姉ちゃん』
「わかってるって。流石に2体同時は勝てる気がしないし。それに…」
『来るの、大変だったからね…』
夜、私はコノハのサポートのもと、クルシュナの北東、"ヘルバの海岸"にある"ハルバ要塞ダンジョン"(ハルバD)に来ていた。
ハルバDは(旧都Dと同じ)魔物に占領された人工施設が舞台の大型ダンジョンで、ダンジョンは鉱山エリアや港エリアなど様々な地形のエリアに分かれており、多彩な動物系(鳥なども含む)の魔物が出現する。
「さっきの"ブラックマウス"ってゴブリンよりも強いんだよね?」
『単体の強さはコボルトくらいみたいだね。まぁ群れないから、ある意味ゴブリンよりも倒しやすいらしいけど』
「なんと言うか…、力関係がイマイチ分かりづらいんだよね。もっとこぉ…、シンプルに優劣がつかないのかなぁ」
『単純に強い方が勝つゲームなんて、やっても絶対につまらないよ』
「そういうものかな?」
『そういうものです』
他のゲームをやった経験がほとんどないのでピンとこないが、どうにもそういうものらしい。一応、攻略サイトで魔物の強さや出現頻度などは簡単に調べれるのだが…、必須スキルや装備、PT構成などで大きく条件は変化する。何より面倒なのは、単純に強い敵を倒した方が早く経験値を稼げるわけではない点だ。もちろん、効率とか投資費用の問題があるのは理解できる。理解できるが…、残念ながら今はそう言う部分を煩わしく感じてしまう。
「まぁ、それがゲームの醍醐味だってのはわかるんだけどね…」
『ほら、次のブラックマウスが来たよ。近くにスウィートベアもいるから、タゲを拾わないように注意してね』
「わかってるって」
安全な場所まで誘導して1対1で確実に処理していく。ブラックマウスは、2足歩行の黒いネズミで、ちょうどゴブリンのネズミ版といった感じだ。細かい事を言えば、ステータスが全体的に高いかわりに群れをつくる習性が無くなっている。1体ずつ戦うならブラックマウスの方が稼げるが、複数体相手にするならゴブリンの方が効率よくなる。つまり、ソロならマウス、PTならゴブリンといった具合だ。
「よし! 1対1なら、もっと強いのもいけるかも」
『調子にのらないの。ほら、つぎつぎ』
「はぁ~。小さなことからコツコツと、ですよね~。わかってます、わかってますよ~」
『そういうこと。L&Cのデスペナは本当にヤバいからね』
ゲームの醍醐味は私も理解できる。出来るのだが…、コノハは終始淡々とプレイするので見ていて全く楽しそうに思えない。本人は"楽しんでいる"らしいのだが、私としては、もっと強い相手に挑戦したり、未知の敵と戦ってみたいと思ってしまう。
「そう言えば、
『今は旧都も人、少ないけどね』
「え? そうなの??」
『魔人侵攻イベント』
「あ、あぁ~」
たしか1週間、ユニークの出現率が上がるんだっけ? どれくらい上がるのか詳しく書いてなかったので気にしていなかったけど…、どうやらかなり美味しいイベントだったようだ。
『言っておくけど、ユニークはお姉ちゃんのレベルだと倒せないから、行っても無駄だよ』
「うっ…」
最近、本当にコノハに言われっぱなしだ。姉として沽券にかかわる事態なのだが…、やはりゲームの事となるとコノハの方が先輩。私も努力はしているものの、なかなか上手くいかないのが現状だったりする。
『それより、明日の予行演習の話、聞いてる?』
「え? なんの話??」
『ほら、手が止まってる。どんどん釣り上げて、はやくレベル上げちゃってよ』
「あぁ、うん」
できれば話を済ませてスッキリしてから集中して戦いたいのだが…、コノハは「時間が勿体ない」と言って"ながらプレイ"を強要してくる。ゲームをやって気づいたことだが…、やはり性格が似ていると言っても細かいところでは考え方が真逆だったりする。好みとか基本的な部分は同じなんだけど…、なんと言うか、アプローチの方法が違うって感じだ。もう何年も一緒に暮らしてきたはずなのに、L&Cを始めてから新しい発見の連発だ。
『お兄さんが、なんかユーザーイベントをやるんだって』
「え!? ユーザーイベント? って言うか、なんで知ってるの!??」
『プレイヤー個人が企画したイベントの事。なんでもいいけど、お姉ちゃん、お兄さんに連絡とか取ってないでしょ?』
「いやそれは…、だって話すこととかないし…」
1番驚いたのが、現実では引っ込み思案で異性とはマトモに話もできないコノハが、ゲームの中では積極的で、私なんかよりも遥かに上手く立ち回っている点だ。ゲーム歴が違うので、ゲーム自体の上手さでは敵わないのは分かっていたのだが…、まさかコミュニケーションの方でも差をつけられるなんて…。
『お姉ちゃんてさ~』
「ん?」
『メールの返信は速攻で返すくせに、自分からは送れないタイプだよね?』
「そんな! ことは…、あるかも…」
コノハが言うには、リアルとゲームは別物らしい。それでも仮想現実と言うだけあって最初は
『 …。だから、予行練習もかねて広報用の映像を撮るためみたい』
「うぅ、本格的過ぎるよぉ…。呼ばれてもいないのに、遊びに行っちゃっていいの?」
『本人が"いい"って言ってるんだからいいんじゃない?』
「はぁ~、なんだか今から緊張してきたよ…」
『完全に自分が行く気になってるけど…、私たち、どちらか1人しか参加できないってわかってる?』
「あ…」
『別にいいけどね。はじめから譲るつもりだったし』
「コノハ、最近イジワルになったよね…」
『気のせいだよ。ただし…』
「え、なに?」
『あの人も来るから、気をつけてね』
「え? えぇ??」
含んだ言い方をする我が妹に一抹の不安をいだきながらも…、その日は、ちまちまと黒いネズミや雪だるまを狩ったり、カウボーイ風の木偶人形に追い掛け回されたりして過ごした。
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