#178(4週目金曜日・午後・セイン)
「よっし! 私の勝ち!!」
「いや、挑戦権を獲得しただけで、まだ勝敗は…」
「わかってるわよ! まったく…」
「え、あぁ、そうだな…」
なんで俺が怒られなければいけないのか…。
それは兎も角、抽選の結果、挑戦権を獲得したのはユンユンだった。ニャン子一点狙いなのは理解できるが…、挑戦機会が少ない事もあり、メンタルはすでに回復しているようだ。ニャン子にはもう少し、接待プレイと言うか…、後腐れのない戦い方が出来るようになるといいのだが…。
「まぁ仕方ないにゃ。それで、要望はなんにゃ?」
当然、指名されるのは自分だと思ったニャン子が話を切り出す。しかし…。
「いえ、今回はセインお兄ちゃんに挑戦します!」
「にゃん…、だと…」
「あぁ、そういうことか」
「ふふふ…、つまり、お兄ちゃんに"善戦"できたらニャンコロさん"が"動画に協力するってことで」
「にゃ~ん。猫は良い猫だから、兄ちゃんはわざと負けたりなんて…、しないのにゃ?」
時間があったこともあり、ユンユンは確り現実的な打開策を考えていた。実力で言えばニャン子の方が勝算があるのだが…、加減が下手なニャン子から100点をもぎ取るよりも、俺から80点をとる方が可能性があるとふんだようだ。
「別に、わざと負けるつもりはないが、条件が"善戦"なら、充分見込みはあるだろう」
「ユンユンさん、考えましたね。これなら師匠が相手なのも納得です」
「ふふ~ん」
早くも勝ち誇るユンユン。まだ俺がユンユンを認めるとは限らないのだが…、それだけ作戦に自信があるってことだろうか?
「はぁ~、まぁいいにゃ。正直、ある程度は覚悟していたにゃ」
ニャン子にしてみれば、昼にギルドに顔を出す時点でユンユンに絡まれるのは見えていた。出し抜かれた感はあるが…、はじめから覚悟していた事だし、相手をするのが俺なら気楽に思える部分もあるのだろう。ニャン子は押しに弱いだけで、基本的には仲間思いで面倒見がいい。相手がドをこさないようにフィルターになってくれる仲介がいるなら多少は協力してもいいと思っているのかもしれない。
「よし、決まりだな。それじゃあこうしよう。制限時間10分間で、俺に1発でも入れられたらユンユンの勝ち。ニャン子は、俺が考えたレクリエーションに"鬼役"として参加してもらう」
「まぁそれくらいにゃら…、って! なにその話!? どっからでてきたの??」
「私も初耳なんですけど…」
「ふふふ、何かやるならボクも協力しますよ」
スバルは、いち早く俺が何かを企んでいる事を察したようだ。
「スバルもそうだが、お前たち、C√に進むんだろ?」
「え? まぁ…」
「そうですね。転生先はまだ決めていないけど、はじめからCで行くのは決めていました」
「いったい、何をするつもりにゃ?」
「別に、大したことじゃない。前に俺がユンユンの動画に出た時と同じ、人を集めてバトルロイヤルイベントをやるだけさ」
「「えぇ…」」
「なるほど、流石は師匠です!」
プレイヤーをキルすること自体は犯罪ではない。指名手配制度は、あくまでギルド員の資産や権利を守る法律であり…、国やギルドの保護下に入っていないNPCやPCを殺しても罪に問われることは無い。ついでに言えば、相手が同意している場合も罪に問われることは無い。あくまで"殺人フラグ"が立つだけで"犯罪者"になることはない。
「もとは俺が鬼役をやって、C値を荒稼ぎするつもりだったんだがな…、まぁ、詳細は俺に勝ったら教えてやる。せいぜい頑張ってくれ」
「うぅ~、なんだか嫌な予感がするけど…、動画的には乗っかっておいた方がいい気がする…。ん~、凄い複雑な気分」
「だろうな。まぁ、派手なイベントなのは確かだ」
複雑な表情を見せるユンユンだが、動画的に美味しそうな話を拒否するわけにもいかず…、考えていたであろう自分の要求を取り下げて、俺の話に乗る。
「それじゃあ、ボクが合図をします」
「お、おねがいします」
「何を考えて来たかは知らないが、全力でかかってこい」
「はい!」
「それでは…、はじめ!」
[ロッド]を構えて、スリ足でゆっくり間合いを詰めるユンユン。
基本に忠実な立ち上がりに対して、俺は最近使う機会の多い属性武器の[チョッパー]を構える。
「 …はっ!」
「あまい!」
ギリギリの間合いで素早い突きを繰り出すユンユン。
踏み込み自体はよくなっているが…、これでは攻撃が浅すぎて牽制にしかならない。むしろ、相手の目を慣れさせてしまう分、マイナスと言えるだろう。その後も、あいも変わらずの牽制が続く。
「(よし、これで私の剣速や間合いは充分焼き付いたはず)」
「それだけで終わりか? ネタ切れなら、もう終わりにするぞ!」
「まだまだ!(もう少し…、ギリギリまで同じ攻撃を見せて油断させる。できれば、見ないでも紙一重で避けられるくらいまで…)」
スタミナの限界までテンポを上げるユンユンだが…、結局、踏み込みが浅い問題はなおっていない。こう言った力押しは、スタミナ量で優位をとれる格下相手に使う戦法であり、レベルの高い(スタミナ量で負けている)相手には逆に不利な状況を作ってしまう。これでは、いくらやっても時間の無駄だろう。
「(そろそろかな? チャンスは1回きり。握り方をかえて、無理やり射程を伸ばす。普通のプレイヤーなら、そもそも紙一重で躱す技術が無いので意味をなさないだろうけど…、達人クラスのセインなら意表をつけるはず! 綱渡りなのは百も承知だけど、チャンスがあるとしたらココしかない!!)」
「退屈な突きだな。もう、終わりに…」
「(今だ!!)」
ユンユンの持ち手が一瞬で切り替わる。突き出した右手はそのままに握りだけを緩め、隠された左手が[ロッド]の柄を押し飛ばす。それまで限界だと思われた間合いが一気に伸びる。
こんな技を現実で使えば、手に持った武器が勢いよく飛んでいってしまうだろう。当然、攻撃には力がのっていないので致命傷にもならない。しかしL&Cの世界では、投擲スキルなしに装備が手元から離れることは無い。その気になれば小指一本で重剣を振り回すことも可能だ。初心者が思い付きがちなネタ戦法ではあるが…、ベテランPCの意表をつくには充分なテクニックと言えるだろう。
「あまい!」
「え、うそ…」
よほど自信があったのか、秘策を難なく回避されて呆気にとられるユンユン。
「作戦は悪くなかったが、表情や勿体ぶった立ち回りでバレバレだ。いくら作戦がよくても、"今からやります"と宣言していては決まるものも決まらないぞ」
「そ、そんな…」
「えっと…、勝負あり! 勝者、セイン!!」
考え抜いた秘策を1発で対処され、落胆するユンユン。トドメは刺していないものの、スバルが状況を察して判定をくだす。
たしかにユンユンの作戦は悪くなかった。それこそ、相手がニャン子だったら決まっていただろう。しかし…、なまじ作戦がよかっただけに体が勝手に動いてしまった。結局のところ、勝敗を分けたのは"経験"だった。
俺は、数え切れないほど多くのPCと戦ってきた。中にはユンユンと似たような作戦を考えたPCもいた。ランカーなら、こんなネタ戦法は使わないだろうが…、見下すことなく初心者も分け隔てなく相手にしている俺やビーストには、この手の奇策は通じない。
「まぁ、及第点はとれていたと思うぞ? それでも負けは負けだがな」
「くっ!」
報酬に
どうしよう…。
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