#177(4週目金曜日・午後・セイン)

 その日、L&C界隈はとある話題で持ちきりだった。


「えっと…、つまりは画面酔い対策ってこと?」

「そうみたいですね。それで師匠、魔人ってそんなに強いんですか?」

「まぁ未転生では攻略不可能なくらい無茶苦茶なステータスだな」

「そんな事より、シングルにゃ! 下手したら市場崩壊を起こすにゃ」


 今日は珍しくニャン子も昼からログインしていた。理由は聞かないが(大体予測できるけど)来週からは安定してインできるようになるらしい。


「そっちの実装は先の話だし、警戒しすぎて消極的になる方がマイナスだろ? それよりもユニークをどうするかだな」

「うぅ~、師匠は来週、あまりプレイできないんですよね? せっかく一緒に行けると思ったのに…」

「ぐしし、猫はお邪魔猫ですかにゃ~」

「え、いや、そんなつもりは!?」

「まったくインできないわけでも無いけどな」


 かわりに、俺が仕事の都合で平日のイン率が落ちる。イベントと重なったのは痛いが、まぁ、お仕事なので仕方ない。


「ねぇ、この"FE"って戦っている時、不利にならない?」

「なるな。使い魔と同じ仕様だが、その手の補助AIはリスクありきに設定されている」


 ユンユンが気にしているのは"3人称視点妖精システム"、通称FE(フェアリーアイ)と呼ばれているシステムだ。


 L&C7がサービスを開始して4週目の金曜日、ついに最初のアップデートが"予告"された。細かい修正も幾つかあるものの大きな追加要素は3つだ。そこに加えて、装備の追加デザインや戦闘では使えないコミュニケーションアイテムが追加される。


①、FEの実装予告。小さな監視専用妖精を使役することで、ゲーム配信などをする際、画面酔いを軽減する効果があり…、今までは上位の特殊スキルがないと不可能だった固定撮影にも条件付きで対応している。


 使用すると頭上に淡く光る光体(妖精ってことらしい)が出現して3人称視点の映像を別画面に出力できる。非戦闘状態ではFEを切り離して固定カメラとして使えるが、戦闘状態に移行すると頭上に戻ってくる。


 実装は1週間後を予定しているらしいので、すでに基本システムは完成しているのだろう。


「使い魔とかは、完全に隠せないように設定されているにゃ。だから注意していれば誰でも見つけられるし、使い魔を倒すこともできるにゃ」

「FEは破壊不可らしいけどな」

「これ、頭上固定なのよね? ってことは、茂みに隠れてもFEだけ見えちゃわない?」

「運営は、そう言う視点を使ったズルには厳しいからな。詳細は分からないが、まず出来ないと思っていいぞ」


 アクションゲームなどによくあるが…、壁に隠れながらも3人称視点で身を乗り出さずに周囲を確認するテクニックがあるが、リアル路線のL&Cではリスクなしに視界を拡張するスキルは存在していない。放った使い魔をオブジェクトに紛れさせる物理的なカモフラージュはあるが、遠距離操作が可能な使い魔は索敵スキルに引っかかるなど何かしらのデメリットが設定されている。FEに関しては、あくまで配信用ツールであり、ガチな対人戦では"作為的に"使えないものに設定されるはずだ。


「最悪、FEにもダメージ判定がある可能性だってあるにゃ。実際、使い魔も使うのにHPを使うし」

「だな。あくまで揺れない視界が手に入るだけで、意味もなく常用するシステムにはならないだろう」

「そっか…、今さら変更できないけど、やっぱりセイレーンに転生するのが1番なのね」

「そういうこと。でもよかったじゃないか、楽器(武器ではない)も追加されるらしいぞ」

「私、楽器はおろか、楽譜すら読めないんですけど?」

「おまえ、ライブパフォーマンスの動画も上げていたんじゃなかったっけ?」

「ただの…、完、コピ、です!」

「あっそ」


 一回転して華麗にポーズを決めるユンユン。別に珍しい事ではないのだろうが…、なんだか騙された気分だ。(どうせ見ないけど)


「お兄ちゃん。どうせ見ないからいいやって思ったでしょ」

「 …です!」


 とりあえず、腕だけ同じポーズをとって答えとした。


「ぷっ、それで影響力でいえば"シングルモード"が、やっぱり大きいんじゃないですか?」

「実装は、まだまだ先らしいから、じっくり調整していくつもりなんだろうけど…、テストとして段階的な実装は有り得るかもな」


②、シングルプレイモードの実装予告。実装時期は未定だが、実装されれば"一部"の機能がオフライン状態でプレイできるほか、シングルプレイモード専用の要素もあるらしい。詳細が不明なので断言はできないが、シングルとオンラインで互換性がありそうな文言が含まれている。


「アクション系のゲームだと、マルチプレイ対応ゲームはよく見るけど、完全なMMOでオフラインに対応するのは珍しいパターンにゃ」

「下手をしたら、人口が流出してMMOの体裁が保てなくなるもんね」

「ってことは、イベント妨害などの迷惑行為が根本的に意味の無いものになっちゃいますよね?」


 MMORPGとしてはオフラインプレイ機能は大胆であり、何より自滅しかねない機能であるのは事実だ。しかし…。


「忘れているかもしれないから言っておくけど、めちゃくちゃ初期から開発方針でシングルモードはやるって言っていたけどな」

「え!? そうなの?」

「あぁ~、そう言えば、てっきりポシャったとばかり思っていたにゃ」


 海外のゲームでは、追加アップデートとは別に、全ての機能が完成する前にサービスを開始して、営利運用しながら少しずつ完成を目指すパターンは結構多い。その場合、普通はオフラインゲームとしてスタートして、あとからオンライン機能などを追加する流れになるのだが…、L&Cはオンラインで情報を蓄積してからオフライン版を発表する変則的な方針が当時話題になった。まだその頃はL&Cをやっていなかったので詳しくは知らないが、一向に実装される気配が無いので、誰もが立ち消えになったと思っていた未実装機能だ。


 まぁ、誰にも言えないけど…、そのあたりの事情は、実は知っていたりする。


「まぁ、ベタなところだと、オンラインプレイするなら新規スタートしないといけないとかじゃないか? 基本的に互換性はない感じで…、ギルドホームエリアみたいに招待ユーザーのみがマルチで参加できる要素が追加されるとか」

「そう言えば、今はワンアバターしか使えないけど…、シングルが実装されたら、そっちでお試しキャラを育てたり、普通のゲームみたいに簡単にレベル上げできるようになるのかもね」

「テストサーバーみたいな感じでスタートしそうな感じにゃ」

「そうだな。運営の性格からして、いきなりバランスが壊れるような機能を追加する事はないだろう」


 結局のところ、詳細はなにも分からないが…、しばらくは掲示板が盛り上がりそうだ。


「それより! ユニークはどうするにゃ? 装備はともかく、特殊な素材を集めるチャンスにゃ!!」

「そうだな。あとでイベントエリアを巡回して、他のPCの動きも確認しておこう」


③、魔人侵攻イベントの開催。すでにイベントは始まっており、対応エリアにある村の1つが魔人に占領されている。1週間後の土曜日と日曜日にメインのイベントが発生して、エリアの勢力図が塗りかわる。L&Cの基本進行イベントの1つだ。期間中は、周辺マップの魔物が活性化して、湧きがよくなったりユニークが出現しやすくなる。ユニークは、強い代わりにドロップが豪華で、珍しい装備や素材を集めるチャンスになる。


「そそそ、それでは師匠…、その、あとで一緒に…」

「そうだな。ユニークを狙うなら平日の昼間だ。あとで様子見がてら確認しに行こう」

「えへへ~、楽しみですね~」


 ニヤケ顔のスバル。どうやら初のイベントと言う事もあり興奮しているようだ。


「じと~」

「なんだニャン子」

「いや、べつに~」


 あからさまに不審な顔(声)を向けるニャン子。よくわからないが、もしかしたらスバルの同行をあまりよく思っていないのかもしれない。もともとニャン子はソロプレイヤーだし、スバルのPT加入も俺の一存で決めたこと。むしろ不満が無いほうがおかしいくらいだ。


「それで、今日は試合、やるの? ニャンコロさんがいるなら、私としては参加したいんだけど」

「あぁ、時間も惜しいから手短にすませよう。それじゃあ…」




 とりあえずアプデの話題は切り上げて、今日の試合を開始する。

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