#172(4週目木曜日・午後・セイン2)
「くそ! なんでこんな強いヤツが、こんな初級狩場をうろついてるんだよ!!」
「それじゃあ次はアナタです」
「チッ! 装備的にはコッチが有利! 余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!!」
しかし、スバルの表情に"余裕"はない。あるのは冷徹な殺意のみ。なぜ、この程度のザコをここまで敵視しているのかは分からないが…、スバルは本気であり、そこに一切の油断はない。
誘われるように先に仕掛けるのはビック。相手の間合いギリギリに立ってワザト相手の攻撃を誘い、それを躱していく。ニャン子も使った手だが、実力差を見せつけるには有効な手だ。
「その程度ですか?」
「うるせぇ! ソッチだって有効打は無い癖に!!」
とは言え、スバルが打撃系攻撃を苦手としているのも事実。実のところ、俺も今日の手合わせは鈍器を使うつもりだった。ミーファのせいでお流れになってしまったが…、苦手な武器をどう対処するか。スバルの進化が問われる相手だ。
「この程度ですか? その、BOですか? 随分レベルの低いゲームだったようですね」
「うるせぇ! BOを悪く言うな! この! くそ! ちょこまかと逃げやがって!!」
スバルにしては珍しく相手を煽っていく。チャンスは何度かあったように見えるが、トドメは刺さずにしばらく泳がすところも含めて、俺の立ち回りに影響を受けている印象を受ける。
ひたすら回避に専念して、相手に好きに打ちこませる姿は、さながらボクシングのスパーリングのようだが…、スバルも確り基本を押さえて正しく対処している。ここで1番やってはいけないのが、鈍器の攻撃を剣で受け流す行為だ。
鈍器は、全武器カテゴリーの中でもトップクラスの耐久値を誇っている。対して刀系はワーストクラス。上手く受け流しても、気づかぬうちに耐久値を消費してしまう。
「いや~、やりますね~。基本ができている感じだ。でも、よかったんですか? 手の内を見せちゃって」
この状況でも、余裕の表情を崩さない便座が俺に気安く話しかけてくる。素直にスバルの腕に感心しているのか、はたまた話術で乗り切ろうとしているのか…。
「手の内? こんな基本の立ち回りを見たところで何の意味がある? 実力くらいは分かるだろうが、対処するには同じだけの実力を身につけるか、必死に奇策を練るくらいしかやりようがないだろう」
「ヒュ~、ごもっとも。よくもまぁ、こんな逸材を見つけたものだ」
なにを隠そう、俺自身が毎日奇策を考えるのに苦労しているからな。おまけに、苦手としていた打撃武器の対処も、しっかり完成させている。もしミーファが来なかったら、俺も負けていたかもしれない。そう思うと、ちょっとだけミーファに感謝する気持ちが湧いてくる。
…ミーファか。
ビッチの事をたまたま思い出し、すこし何かがヒラメく感覚を覚える。レイもそうだが、何事も使い方しだいで毒にも薬にもなる。個人的には気にくわない相手だが…、使えるなら潰してしまうのは勿体ない。ハサミと何とかは使いよう。俺は、柔軟性の乏しい自警団や合理性を重視する勇者同盟とは違う。これが俺のやり方だ。
「ほら、もっと頑張って。大丈夫、まだチャンスはあるはずです」
「くっ、殺せ! なんでトドメをささないんだよ!?」
なにかダメなスイッチが入ってしまったスバル。さっきから相手を応援しながらジワジワと体力を削って弄んでいる。しかも、脇の下から切っ先を差し込んで胸を突く動作を繰り返している。
ビックも完全に勝ち目がないことを悟り、投げやりになっているのに、それでもキルされずに同じところを攻撃され続けている。
「ほらほら、できるできる。絶対にできる、諦めるな…。…。」
「ぐぞぉ…。俺だって、BOじゃ…、BOだったら…」
流石にちょっと可哀そうになってきた。3人がBOではどのくらいのポジションだったかは知らない。もしかしたらランカーだったかもしれないし、初心者を狩っていい気になっていただけの中堅だったかもしれない。しかし、BOが存続していれば、今日も3人で楽しくログインしていたのだろう。
BOは無くなってしまったものの、3人がBOを愛しているのは紛れもない事実。俺も、BOのことはバカにしていたクチだが…、ここまで愛されているなら、それはもう1つの答えだ。確固たる魅力のある"いいゲーム"だったのだろう。
「スバル。もういい、終わりにしろ」
「あ、は~ぃ」
そう言ってスバルは、丸めた紙屑をゴミ箱に捨てるような軽いノリで、あっさりビックの首を落とす。忘れていたが、スバルは最初からC√を攻略すると決めてL&Cを始めた。普段は人当たりのいい性格を見せているが、スバルもスバルなりに心に闇を抱えているのだろう…。
「やっと終わった」と言いたげな表情を見せ、ビックが光となって散っていく。
「さて、それで
「いやだな~、俺は始めから…「面白半分に煽っていただけ」はい、ごもっとも」
俺とスバルに囲まれても動じないのは、それだけの実力があるのか、あるいは場慣れしているだけか…、もしくは。
「仲間でも呼んでいるのか?」
「 ………。」
「別に呼ぶなら呼んでいいぞ。構成やログイン時間が分かれば、今後の対策が立てやすい」
「ヒュ~。OK、煮るなり焼くなりキルするなり、好きにしてくれ。完全に俺の負けだ」
そう言って手をかかげて降参のポーズをとる便座カバー。
「師匠、もしかしたら何処かから見られているかも」
便座カバーにはまだ正当防衛判定はついていない。すでに√を確定させた犯罪者の可能性はあるが…、未転生なら俺みたいにギルドに所属するN寄りの攻略をしている可能性も否定しきれない。仲間を呼んでいる可能性だってあるし、一方的にキルするのは危険だろう。
「わかっている。ここでキルしても気晴らし程度にしかならない。
「思わせぶりな言い回しだな。自警団に振り回されて√落ちした
すこし声のトーンが落ちる便座カバー。俺を、クエストばかりやっていたL√ランカーだと思っているようだが…、実際にはC√であり、誰よりもPCを相手にしてきた対人戦のエキスパートだ。いくら相手がEDでも、出し抜かれるようでは
「なに、俺にだって昔馴染みはいる。確かに自警団のせいで、セクハラ常習犯だのチート野郎だのと敵視されているが…、だからって昔のツテが無くなったわけじゃない。俺もすでに何人かの(ED)メンバーの顔は知っているし、お前たちに恨みを持っている連中だって少なくないはずだ。それでも俺が孤立していると思えるなら、どうぞご自由に」
「 ………。」
「まぁ、今後は派手な行動は慎むことだ。未転生時にもかかわらず、昔のノリで粋がったお前の落ち度だ」
目を閉じ、じっくり言葉を溜めて、ゆっくり吐き出す便座カバー。
「 …いいだろう。大体やろうとしている事は理解できた。今回は完全に俺の負けだ。だから…、1つだけ忠告しておいてやる。悪いことは言わない、
「なるほどな。参考までに覚えておいてやる。ほら、カッコ悪く、ケツをまくって逃げろ」
「ヒュ~。そうさせてもらうぜ! なにせ俺は、便座カバーだからな!!」
「「 ………。」」
最後に意味もなくキメゼリフを残して、去っていく便座カバー。
食えないヤツではあるが、コチラも色々と情報を得られた。当初は「敵でも味方でもない情報源」にする予定だったが…、まぁこれならこれで構わない。始めからリスキーな相手なのは分かっていたし、敵として上手く立ち回る事で得られる利益もある。
「その、師匠…」
「ん?」
「よかったんですか? なんだか、ボクのせいで話が拗れちゃったみたいですけど…」
「あぁ、そんなことか」
「そんなことって…」
スバルからすると、便座カバーが俺の知り合いのように見えたのだろう。それこそ、ビーストのように敵とも味方とも言えないような知り合いに。
「気にするな。それよりもだ!」
「??」
「スバル、お前は今日から…、暇なときは俺に付き合え」
「? …!? …!!???」
無言で表情をコロコロとかえるスバル。ここまで動揺してくれると俺も笑いをこらえるのに一苦労だ。
「まぁPTメンバーに加えてやるって事だ。平日の午後だけになるだろうが…、空いているならついて来い」
「はい! お願いします、師匠!!」
こうして、スバルが俺のPTメンバーに加わった。
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