#173(????・??・ツバサ)

「ふんふんふふふふ、ふんふ~ん、…、…♪」


 その日、私は鼻歌交じりに校舎を散策していた。


 今日は朝からどんよりとした空模様につつまれ、時より小雨のぱらつくハッキリしない天気だった。手には無骨な黒い傘。本当はもっと可愛い傘が欲しかったのだが…、可愛い傘をさして人前を歩くのが恥ずかしくて、思わず男性ものの傘を手に取ってしまった。


 別に、私も普通の女の子…、むしろ小柄で、なんと言うかつるぺたスレンダーなので気にする必要がないのは分かっているのだが…、子供の頃は男の子に混じって遊んでいたせいか、どうにも気恥ずかしく感じてしまう。


 話がそれてしまったが…、つまりは部活が中止になったので、入学当初から先延ばしにしていた校舎の散策をしていた。もちろん、主要な場所はすでに把握している。そうではなくて、例えば「ココからアソコに行くなら、こっちが近道」とか「そこの林の中にはベンチがあってお昼に丁度いい」とか、そう言うチョッと得する"何か"が見つかればいいなと思い立ったわけだ。


「 …。…。」

「 …!!」


 特別教室棟の裏を散策していると、何やら言い争いともとれる声が聞こえてきた。まだ、ハッキリとした内容はわからないが…、このあたりは用務員の人くらいしか利用しない場所。屋外系の部活も中止になっているので人目もなければ多少声を出しても気づかれない。


 不味い! もしかしてイジメとかカツアゲ!?


 慌てて声のする方へ駆け寄り、建物の陰からこっそり顔を覗かせて状況を確認する。




「お前だって、本当は期待していたんだろ?」

「いや、私はそこまでは…」


 そこに居たのは…、たしか3年の春日?先輩と(制服から判断するに)2年の女生徒だった。


 春日先輩は、サッカー部のエースで…、(ちょっとチャラチャラした感じが私の趣味ではないけど)たぶんウチの学園で1、2を争うくらいモテる男子生徒だ。ファンクラブ的なものもあるらしく、部活中によく黄色い声援を耳にする。


「いいじゃん別に、俺の事好きなんだろ?」

「でも、春日先輩、付き合っている人が…」


 春日先輩は女生徒を壁に追いやり、嫌らしい手つきで女生徒が掛けていたメガネを奪い取る。


 2年の先輩はよく知らないけど、よくみればなかなかの美人で、なにより…、おっぱいが大きい。一応、嫌がるそぶりは見せているものの、強く拒否しきれない様子。たぶん、春日先輩が好きなのは本当なのだろう。強引に迫られて委縮しているように見えるが、実はまんざらでも無い可能性も否定しきれない。


 私も、強引に迫られるのは嫌いではないので気持ちはわかるが…、ああいう下心が丸見えなのはNGだ。別に、好き合っているなら肉体的な関係をもちたくなるのは理解できるが…、エッチな好意だけが目的ではいくらファンと言っても容易には受け入れられないだろう。


「それはそれ、これはこれ。ほら、思い出って事で…」

「そんな、私は…、だめ…」


 恐怖で動けなくなる女生徒の態度を"肯定"と受け取ったのか、春日先輩の手が女生徒の太ももをつたい、スカートの中へと吸い込まれる。


 まずい! 助けなきゃ!!


「まー!!」

「「!?」」

「なんだコイツ」

「えっと、そ、その人を放してください!!」


 思わず飛び出したはいいものの、クチがついてこず、意味もなく「まー」と叫んでしまった。恥ずかしくて死にそうだけど、それどころではないので、このまま押し切る事にする。


「いや、空気読めよ。これからイイところなんだから、ひっこんでてくれない?」

「あ、その…」

「その人が嫌がっているだろ! その、え、エッチなのは…、もっと相手の気持ちを…」

「うざっ。つかさ、コクって来たのは女生徒こいつの方だし。つまり、OKってことでいいじゃん!」

「あの、でも…」


 いいところに割り込まれて怒りをあらわにする春日先輩と、状況を理解できずに、ただただ狼狽える女生徒。どうやら呼び出したのは女生徒の方だったようだが…、だからと言って行き成りエッチなことを強要するのはレイプとかわらない。


 私は、持っていた傘を構えて春日先輩に相対する。


「つか、マジでシラケるわ。なんで俺が悪者みたいに言われなきゃならないわけ? ホント、マジでお前なによ?」


 傘を構えた私に動じることなく、迫りくる春日先輩。正直に言って負ける気は全くしないのだが…、中学生みたいな見た目の私では、やはり迫力不足だったようで、完全に相手を逆上させてしまった。


「私はこれでも武術の心得があります! ことを大きくするつもりはないので引いてください!!」

「うるせぇ、まだ毛も生えてなさそうなチンチクリンの貧乳が! ハッタリかましてんじゃねぇぞ!!」


 ………。


 もう、斬っちゃっていいよね? むしろっちゃうべきだよね?


 なんでこんなクズがモテるのか、理解に苦しむが…、どうやら少し痛い目を見せた方がいいようだ。


「 …いいでしょう、かかって来なさい」

「いいだろう。先輩が、上下関係ってものを…、指導してやる!」

「いや、ダメー!!」


 女生徒の叫び声がコダマする中、ゆっくりとした動きで春日先輩が飛び掛かってくる。あまりの遅さに失望しながらも…、傘で相手の軸足を叩き、最小限の力で先輩を転倒させる。


「え?」

「「「 ………。」」」


 完全に舐めていた相手に一瞬で倒され、状況を理解できないまま沈黙がその場を支配する。


 そして…、その沈黙を破ったのは、思わぬ人物だった。


「お前たち、そこで何をやっている!!」





「なるほどな。それで、その後はどうなったんだ?」


 ボクは先輩に認めてもらった事(PTメンバーに加えられた)により、当初の目的であった「学校を辞めることになった経緯」を先輩に聞いてもらっていた。プライベートの持ち込みを嫌う先輩には迷惑な話だろうが、それでもボクが前に進むには必要なことなので無理を通す。正直なところ、もうそこまで気にしていないのだが…、初志貫徹、これからもL&Cを続けていくためにケジメとして話さないでは、ボクの剣が濁ってしまう。そんなわけで、細かい部分を濁しながら話は続く。


「その後は、たまたま通りかかった用務員の人に見つかって、職員会議。一応、未遂だったのでサッカー部の先輩は退学にはならなかったんですけど…、謹慎処分で大事な大会は欠場。そのせいでサッカー部は敗退。噂はすぐに広まって…、先輩にはスポーツ推薦やスカウトの話もあったらしいんですけど、それもすべて白紙になって…、最終的には自主退学しちゃったんです」

「まぁ、そうなるだろうな」


 自分の意見は言わず、ただただ事の流れを精査していく先輩。その仕草が、なんだか先輩らしくて…、思わずホッとしてしまう。


「でも、それだけでは終わらなかったんです。先輩のファンクラブの人たちは納得できなかったらしくて、その…」

「嫌がらせをうけるようになったか?」

「まぁ、そんな感じです。もちろん、擁護してくれる人も多かったんですけど…、そのせいで、なんだか学園全体がギスギスしちゃって…」


 女生徒がファンであり、告白のために春日先輩を呼び出したのは事実だった。だからと言って性的行為を強要するのは容認されるものでは無いが…、未遂であり、本人だけでなく、クラブや学校も大きな痛手をこうむった。春日先輩に関しては自業自得なのだが…、そのせいで人生が大きく狂ったのは事実で、仕打ちが酷すぎると言う意見も少なからず上がった。


「それで学園に居づらくなって、お前も辞めて夜間に転校したわけか」

「はい…」

「そうか」

「「 ………。」」


 しばしの沈黙。実は、その女生徒はボクよりも酷いイジメを受けていたらしく…、彼女も自主退学してしまった。ボクが辞めた1番の理由はコッチの方だったりする。


「まぁ、そんな感じです。だから夜はインできないので、ログインは平日の午後と、土日祝日になります」


 一応、詳しいログイン時間を説明するのを口実に、身の上話を切り出したわけだったりする。


「そうか。まぁ…、終わった事なので何か出来るものでも無ければ、今さら掘り返すものでもないのは理解した。そうだな、部外者の俺に言えるのは1つだけだ…。スバル!」

「はい!」


 そう、別にボクは先輩に何かを期待していたわけではない。あくまで"ケジメ"として聞いてもらいたかっただけ。ボクも、春日先輩は充分すぎる制裁を受けていると思うので、これ以上責める気はない。女生徒やファンの娘達のやるせない思いは「無理に掘り返す」よりも「そっと寝かせて時の流れに任せるべき」だと思っている。


「これからも、よろしく」

「ぐっ、こちらこそ、よ、よろしく、おねがい、じばず…」




 何年ぶりだろう?


 ボクの頭に手を置いて、簡潔にそう答える先輩の手が…、なんだかとても温かくて、ぼろぼろと泣いてしまった。

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