#171(4週目木曜日・午後・セイン2)

 形あるものには、いつか必ず終わりが来る。それは、完成度や運営の手腕しだいで先送りにすることもできるのだが…、なかなかどうして、全てが揃っていても上手くいかない時は上手くいかない。流行りだったり、競合相手の有無だったり、中にはスポンサーやファンに振り回されて改悪するパターンもある。


 残念ながらBOは、途中参加のファン層の意見と資金の問題に振り回されてサービス終了を余儀なくされたが…、L&Cは、今のところはブレずに独自のスタイルを維持している。もちろん、主流のアイテム課金制ではないことや「誰でも簡単に楽しめるゲーム」ではないせいで、常に中途半端な人気と売り上げに留まっている。しかし、L&Cは「こう言うゲーム」として確固たる地位を確立している。今後も、L&Cの人気や売り上げが首位にあがることは無いだろう。しかし、L&Cはそれでいい。そう、L&Cは"こう言うゲーム"なのだから。




「3対2になっちまったが、まぁいいよな? ゲームって言うのは事前にどれだけのものを用意できるかが重要だ。スポーツみたいに公平をことさら叫ぶのはフェアではあるが、"本物"ではない」

「そういうこと、卑怯もクソもあるか。備えていない方が悪いんだよ」

「弱い者イジメみたいで気は引けるが、悪く思うなよ」


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、徐々に立ち位置を調整していくアンダーの3人。位置取りを怠らないのは評価できるが…、なんと言うか、初心者を狩っていい気になっている中堅程度の印象しか受けない。BOが具体的にどんなゲームだったのかは知らないが…、こんな連中が代表者ズラしているようでは評価を下げざるをえない。


「スバル、相手にしたいヤツはいるか?」

「はい! あの、パイブレッドと…、特にビックティッツはボクにやらせてください!!」


 いつになく殺気のこもった表情を見せるスバル。見たところ、パイブレッドは速度重視の日本刀使いで、ビックティッツは重装備の鈍器使い。同じポン刀使いとしてパイをライバル視するのは理解できるが…、ビックは相性の悪い相手だからだろうか?


 刀がいくら斬撃に特化した武器とは言え、L&Cの世界では漫画のように金属防具をスパスパ斬ったりは出来ない。重装備の相手には、鈍器や両手剣などの重い武器で衝撃ダメージを通すか、レイピアなど細身の武器で防具の隙間を通すしかない。


 すでに何度かやり合っているようなので、もしかしたら装備とは関係のない因縁があるのかもしれないが…、問題はアンダーの3人ではなく、便座カバーの存在。便座に、俺やスバルの手の内を見せていいものか。スバルは、スカウトの目に留まるだけの活躍を既に披露してしまったわけだが…、それが"本気"だったかと聞かれれば、スバルが本気になれる相手が早々いるとは思えない。それは俺も同じだが、本気でなくても見るものが見れば"本当の実力"や"本当の戦闘スタイル"を看破されかねない。最悪、俺が元魔王だとバレる可能性だってある。便座カバーが魔王である可能性がある以上、迂闊な行動はとれない。


「まぁいい。それじゃあ俺は…、マロン何とかと便座だな」


「マロンスクワーだ!」

「あの~、俺は敵じゃないんですけど」


 レイピア使いのマロンは、見事に挑発に乗ってくれたが、便座は「なんで俺が?」と言った表情を見せる。元凶のくせに調子のいいヤツだが、ここはハッタリでも威嚇しておくべきだろう。


「師匠、やっぱり手の内は隠した方がいいですか?」

「せっかくだし、"普通"に相手したらいいんじゃないか?」

「なるほど、普通ですね!」


 ワザとらしく相手を無視して相談をする。見くびられて怒り心頭のアンダーに対して、ハッタリを真に受けていないのか、便座カバーは余裕の表情だ。




 スバルと背中を合わせて互いにエモノを構える。状況は3人に囲まれている不利な状況だが、負ける要素は感じない。


 スバルは、[カタナ]を正眼に構えるベーシックな戦法をとる。俺も、愛用の曲刀短剣の[バンク]を気怠く掲げる。お互い基本の戦術であり、ある意味では手の内を見せているわけだが…、これは問題にならない。なぜなら、誰でも知っている基本であり、奇策と違って知ることに意味はない。精々、実力が如実に出る程度だ。


「いくぞ!」

「「おう!!」」


 セオリー通りに同時に仕掛けるアンダーの3人。


 スバルは、パイの突きを難なくいなし、そのままパイを盾にする形でビックの攻撃を躱し、そしてすかさずパイの胴に1撃を入れる。


 俺は、マロンの首を狙う鋭い突きをいなし、そのまま武器をロック状態にして引き寄せ、相手のミゾオチを蹴り飛ばす。


「ぐふっ!?」

「終わりだ」

「なっ、はやぃ!!?」


 怯んだ隙に、すかさず持ち手を掴み上げ、逆に首を斬り落としてやった。相手からすると、突然、目の前に自分の腕が広がり、その死角から奇妙な形の短剣がヘビのように絡みついてくるようなもの。状況を理解するまもなく視界はブラックアウトして、無慈悲なシステム画面が「セーブ地点から再開する」かを訪ねてくる。


 [バンク]の刀身は三日月になっており、上手く使えば栓抜きの要領で相手の刀身をロックできる。リアルでこの技を使えば、ロックではなく武器を落とす技になるのだが…、L&Cには「相手の武器を略奪するスキル」は存在しておらず、本人が故意に<武器投げ>などのスキルを使わない限り、装備が完全に体から離れる事はない。これを利用して武器を掴んで相手を投げ飛ばす、リアルでは再現不可能な技も存在する。




「しま!?」

「 …。」

「って! やめっ! ちょま!!」


 スバルは、胴を斬られて動揺したパイの心の隙を見逃さず、無言で連続攻撃を繰り出し、一気にパイの体力を削り切ってしまう。


 いくらスタミナやHPに余裕があったとしても、人が操作している以上、心の隙は埋められない。動揺などのデバフは、ゲームシステムとは関係なく常に戦況を左右する。


「嘘だろ!? 強すぎる!!」

「本当に対人ゲームをやっていたんですか? 素人さんを相手にしているようで気が引けます」

「なっ! ふざけやがって!!」


 怒りをあらわにするビックだが、リアルで本格的に剣を学んだスバルと、ゲームを数年やり込んだ程度の自称達人様では、格が違いすぎる。パイもBOではそれなりに活躍していたのだろうが、スバルからしてみれば素人に毛の生えた程度でしかない。




「ん~、これは完全に選択ミスだなぁ。まさかここまで使えないとは…」

「人のせいにするなよ。実力を見抜く眼力も、立派な自分の能力だろ? なぁ、EDの人事担当さんよ」

「ごもっとも」


 愚痴をこぼす便座に、すかさず回り込んで退路を断つ。俺の狙いは始めからコッチであり、マンガの主人公みたく、あっさり大物を取り逃がしたりはしない。


 とは言え…。




 戦況的には有利だが、情報戦ではむしろ不利。そんな状況下でも何かしらの決着はつけないといけない。問題は最後のツメをどうするか。それに全てがかかっている。

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