#169(4週目木曜日・午後・セイン2)

 ビワスールは、王都の南に位置する未開拓地帯だ。位置的には、西に行けばコボルトや遺跡があったサーラム。東に行けば港町アーバン。南に行くと敵対地域であり、戦士セットの素材を求めて毎晩通っているシズムンドとなる。


 王都周辺はゴブリンなどの人に害なす魔物が多いのだが…、RPGのセオリーよりもリアル設定を重視するL&Cでは、都市から離れたビワスールの方が人を積極的に襲う魔物が少ない。もちろん、強い魔物はそれなりにいるが、あくまで人や人里を襲うタイプの魔物が少ないという意味だ。


 出現する魔物は、トレントなどの植物系とスパイダーなどの虫系、そして稀に純精霊や精霊系の動物が出現する。僻地でありプレイヤーを見かける事は滅多にないが、魔法系職業のレベル上げや、素材の収拾のために使われる場所であり…、王都の法律が適用されないシズムンドに面している事もありプレイヤーキラーPKが出没するエリアでもある。




「あ!? ししょ~」


 駆け寄ってくるスバル。レベル差があるとは言え、それでも全く狩場で出会わないので「どこでレベル上げをしているのか」と思っていたが、まさかこんな僻地で狩りをしていたとは。


 スバルは、攻略情報をマメにチェックしているようだが…、どうにも根性論と言うか、山籠もりとか精神修行のようなバトル漫画にありそうな修行を好む。現実世界では、レベルアップの概念がなく、装備も統一して同一条件で競い合うのが当たり前なので、そう言ったゲーム的な勝ち方を軽視する部分があるようだ。


 メンタルやプレイヤースキルを重視するのは賛成であり、どちらかと言えば俺もソッチ系のPCに分類されるのだが、スバルの場合はソレが極端すぎる。別に個性を否定する気はないが、これでも一応"師匠"らしいので、そういう部分は上手く導いてやりたい。


「お座り!」

「え? はぁ!? わんわん!!」


 一瞬、戸惑う表情を見せたものの、勢いよく目の前に滑り込むかたちで"お座り"をするスバル。


「お手」

「わん!」

「伏せ」

「わんわん!」


 ノリノリで犬のマネをするスバル。クチを半開きにして「はぁはぁ」と息を荒げる仕草まで再現する迫真の演技だ。スバルは"武"に対しては愚直なものの、基本的には面倒見がよく、ノリのいい性格をしている。


「そう言うわけで、スバルこいつは俺が面倒を見ているPCなんだ。悪いが他をあたってくれ」

「これは…、ん~、まいったな…」


 やはり、EDがスカウトしに来たのはスバルだった。PKの多いエリアで修行をしていたのなら何度かやり合った事はあるだろうし、スカウトが来るのも頷ける。


「わんわん! はぁはぁ、はぁはぁ…」

「いつまでやっているんだ。邪魔!」

「きゃうん!」


 スバルが悪ノリをして、犬のマネを続けて擦り寄ってきたので反射的に踏みつけてしまった。なんだか、あのまま放置していたら足や手を舐めてきそうな勢いだった。


「仲がいいようで…。しかし、まいったな。わりと本気でアテにしていたんだけど」

「別に本人の意志を尊重するつもりだから、コイツがやりたいって言うなら止めないが…、俺は反対する。それでも説得したいって言うなら、迷惑行為にならない程度に頑張るんだな。つか、もしかしてコイツ、PK界隈では有名だったりするのか?」

「え? あぁ、ここで"グリーンバグズ"を狩りながらPKちょうせんしゃを待っている刀使いとして、それなりに」


 バグズシリーズは、虫の群れの魔物で、小さな羽虫が纏まった"群"の魔物として存在している。基本的には初心者向きのザコなのだが、その特性から魔法職向けの魔物として。ソロの魔法使いが時々狩りに来る。


 特性は、単体物理攻撃が1ダメージ固定であり、倒すのに15回攻撃する必要がある。(グリーンバグズのHPは15)つまり、グリーンバグズは15体の羽虫の集合であり、1回の攻撃で1体しか倒せないのだ。もちろん、上手く当てれば1回の攻撃で数体を巻き込むことも可能だが、グリーンバグズのAIは「どんな攻撃でも必ず1体は当たる」ように設定されている。基本回避能力は高めに設定されているものの、どんな攻撃でも1ダメージを受けるので、単純に軽い攻撃を連打すれば倒せてしまう。


 そして、バグズはランクアップしても1体あたりのHPは1固定であり、周囲攻撃に極端に弱い。なので魔法による範囲攻撃があれば1発で倒せてしまう。まさに魔法使いのレベル上げのために存在している魔物だ。


「スバル!」

「はい! えっと、バグズは攻撃力が低くて剣の修行にはもってこいで、あとは…、なんか成り行きでPKの人と戦って経験値と装備を集めて、軍資金に…」


 言われてみれば、確かに面白い練習方法だ。バグズは攻撃力が低いので囲まれても、それほど痛くはない。しかし、マトが小さく、バカ正直に攻撃をヒットさせるのは至難の業。リアルで言えば飛んでいるハエを両断する様なもの。素人どころか達人クラスの技術が必要になる。


 加えて、PKも時々挑戦しにくるので、有力な装備などのドロップも期待できる。流石に過疎っているエリアなのでジャックポット状態とはいかないだろうが…、臨時収入と実践訓練を同時につめるのは魅力と言えば魅力だ。



「なるほどな…。事情は理解した」

「それで、勧誘自体はOKなら、一応、勧誘したいんだが…」

「勝手にしろ」

「??」

「それでは…、俺の名前は"便座カバー"。PKに興味はないか? 我々、"永劫の厄災"はキミを歓迎する用意がある」

「え? えぇ??」


 突然の事に戸惑うスバル。しかし、EDメンバーなのは分かっていたが、便座カバーときたか…。PCネーム自体に聞き覚えはないが、このゲームにおいて"ベンザ"と言う単語は無視できない意味を持つ。もしコイツが本人だとすれば…、非常に厄介なことになるだろう。


セインかれと親交があるのは理解した。しかし、ウチのギルドはわりと自由だから、今の活動はそのまま続けてくれてかまわない。大きな作戦には極力参加してほしいが、基本的には自由であり、強制はなしだ。なんなら、彼と一緒に所属しても…」

「俺はやらん!」


 俺に、目配せをする便座カバーの言葉を一刀両断する。俺が対人特化なのは、勇者と戦うためであり、雑多なPCを狩って悦に浸るためではない。


「すみません。ボクはソロですけど、これでも色々な人と交流があるので…」


 やんわり断るスバル。実際のところ、ユンユンの動画にも裏方として参加しているので、機密保持の観点から見れば完全にアウトだ。


 しかし、それゆえにスバルをEDに送り込んで内部事情を探る手も使える。EDの動向が気にならないと言えば嘘になるが…、その場合は逆にこっちがEDの関係者として要らぬヘイトを買う危険がある。


「そうか…、残念だが、今回はあきらめよう。一応、連絡先を貰ってくれないか? 2人ならいつでも歓迎したい」


 あっさり引き下がる便座カバー。肩透かしな気もするが、実際のところ、顔が広いPCはPKには向かない。完全にソロだと思っていたPCが、実は交流関係が広いとわかり、補強メンバー候補としての順位が大きく下がったのだろう。


「えっと…」

「まぁいいだろう。アドレスくらいなら」

「じゃぁ、ボクも」


 普段なら相手にしないのだが、今回は気になるところもあって受け取ることにした。


 俺の頭の中にあるのは、怠惰の魔王"ベンザロック"。便座カバーがベンザロック本人とは限らないが…、派手な行動を嫌い、陰湿な手を好むベンザロックがPKギルドや勇者同盟と何らかの繋がりを持っていても不思議はない。




 結局、新しいEDメンバーと面識が生まれただけで終わった…、と思っていたら。


「おいおい、今日は随分と大所帯だな」

「まぁ丁度いいじゃないか。3対3、これで難癖をつけられる心配もない」

「さて、悪いがお前ら、装備と有り金、置いていってもらおうか!」




 何をトチ狂ったのか、バカなPKが勝負を仕掛けてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る