#160(4週目水曜日・午後・セイン)
「それじゃあ、少し遅くなったが今日の試合をはじめようか。挑戦者は…」
なんとか、VR機について解説する流れを回避して、日課の試合までこぎつけた。まぁ「試合に勝てたら」と言う条件なので、負けると解説しなければいけないのだが…、流石にナツキに負ける気はしないので問題ない。
むしろ…、なんでコイツラ、こんな無茶苦茶な条件を飲んでいるんだ?
「はい! お願いします」
最初に名乗りを上げたのはナツキ。当然と言えば当然だが…、なにやらスバルが渋い顔で悩んでいる。まぁスバルの事だ「最初くらいは挑戦権を譲ったほうがいいか?」とでも考えているのだろう。
「師匠!」
「ん、なんだ?」
「今回の試合、ボクに受ける側をやらせてください!」
「それは、俺のかわりに戦うと言う意味でいいんだな?」
「はい!!」
スバルはスバルで、何やら思うところがあるようだ。スバルの場合は「勝てばギルドに加える」と言う条件で参加しているものの、実際には試合自体が目的であり「稽古の場」になっている。明言はしていないものの、それを悟っているからこそ、俺を「師匠」と呼ぶのだろう。
「ちょ、なんでアナタが!?」
「ふん!」
「ぐしし、面白くなってきたわね~」
そっぽを向くスバル。面白がっているユンユンは置いておいて…、やはり、武人として気に入らない部分があるのだろう。スバルは、人当たりがいいので勘違いしがちだが、今だにソロで活動しており、"武"に対してはとことんストイックだ。
「 …分かった。スバル、俺の替わりに戦え」
「そんな!?」
「ふふ~ん」
対戦相手が突然かわり驚くナツキに、ドヤ顔のスバル。一応、(僅かに)難易度は下がるのでナツキにとっては良い話のはずなのだ。
「もちろん、スバルに勝てればVRのアドバイスはするぞ?」
「いえ、そういう話では…」
「でも~、スバル君がわざと負ける可能性だってあるよね?」
「そんな! ボクは!?」
ユンユンの疑問はもっともだが…、それは無いだろう。スバルはそんな性格ではないし、なにより俺がソレを許すほど甘い性格でない事は理解しているだろう。もし、それでもわざと負けるようなら…、スバルにはキッつ~いお仕置きをする事になる。
「俺がソレを見抜けないと思うか?」
「あぁ…、無理なのね」
「まぁ、しかしそうだな…。スバルが勝ったら何か報酬を与えるか」
「え!?」
「期待するなよ。俺は養殖とか身の丈に合わないアイテムをバラ撒く行為は肯定しない」
「はい! ボクも、むしろそういうものの方が」
あいかわらずマジメなスバル。こういう愚直に自分のスタイルを貫けるヤツは、長い目で見れば期待できる。逆にダメなのは、流行りモノに流されてフワフワしているヤツだ。そういうヤツは、何処までも二番煎じで頂点には立てない。
「ですが…」
「文句があるなら勝ってから言え。ここは仲良しごっこをする場所じゃない!」
「くっ、わかりました…、やります」
渋々条件を飲むナツキ。多少の策があったとしても、奇襲が成功すれば勝てるスバルの方が勝算がある。決して悪い話ではないのだが…、やはり2人の性格的な相性は思った以上に悪いようだ。
「それでは審判は私! 両者、構えて…」
「よろしくお願いします!」
「え? あ、えっと、お願いします」
「 …はじめ!!」
ちゃっかり、今日も仕切るユンユン。試合には参加しないくせに、こう言うのは好きなようだ。
「ふっ、どうやら出来るらしいですけど…、私にだってイジ…」
「喋っていると舌を噛みますよ?」
「なぁ!」
最初に軽く言葉を交わそうとしたナツキに対して、スバルはバッサリそれを切り捨てる。因みに、VRなので舌を噛むことはありえない。これは「お喋りに付き合うつもりはない」と言う意思表示だろう。
本来、性格だけ見れば攻撃的なのはナツキの方だが…、今回は相手が格上だと意識しているのか立ち回りは控え目なのに対して、スバルは逆に殺気に満ちている。1日1回の試合に割り込まれて不満があるのは理解できるが、それ以上に性格的な相性がスバルの精神を逆なでしているようだ。人当たりがよくて真面目なスバルなら仲良くなれるんじゃないかと思っていたが…、どうにもそう都合よくはいかないようだ。
無言の中、最初に仕掛けたのはスバル。
おもむろに刀を納刀して、低い姿勢で構える。これは紛れもなく<居合>の構えだ。このスキルは発動すると待機状態になり移動などに大きなデバフ(弱体補正)を受ける。そして、次に放つ攻撃に加速とダメージアップのボーナスがつく。俺には見せたことのない技であり、奥の手だった可能性もあるが…、<居合>は日本刀使いなら覚えていて当然の技であり、モーションも誤魔化しがきかないので不意打ちには使えない。一応覚えてみたが、使いどころがなかったのでこの場で使ってみたって感じだろうか?
「お~、スバル君がそれっぽい! これは衣装からコーディネートする必要があるね!!」
「そこのアイドル、お前、イロモノっぽい仕事はNGじゃなかったのか?」
「ちゃんとしたヤツならイイのよ。舞台衣装とか…」
「そうか…、でも」
「?」
「いや、なんでもない」
スバルの装備はいまだに低ランクの軽量装備で固められている。回避重視の戦闘スタイルならソレもありなのだが…、変な拘りに振り回されて色々と疎かになっている所は、愚直さの悪い側面だろう。
「来いと言うわけですね。盾持ちの私に…」
「 ………。」
盾も居合も、相手が積極的に攻撃してくることを想定したカウンター寄りの戦術だ。特に<居合>は極端で…、構えの性質上、攻撃の軌道が非常に読みやすい。だからいくら早くても防御自体は容易。じゃあ、どうやって対人で<居合>を決めるかと言うと…、相手が攻撃してくる瞬間に<居合>を、それもほぼ同時に発動させるほかない。発動タイミングが同時なら、加速ボーナスがある<居合>の方が先にヒットする。もちろん、フェイントや二刀流などで対処される危険はあるが…、後出しでもダメージレースで上をとれる<居合>は、使いこなせば非常に強力だ。
ジリジリと盾を構えて距離をつめるナツキ。
しかし、ナツキにも勝機が無いわけではない。盾使いなら盾系の攻撃スキルがある。盾スキルなら攻防一体であり、攻撃時の隙が少ないので反応系の攻撃に対して有利をとれる。まぁ、キャラをリセットしたナツキがソレを習得しているかって問題はあるが…。
「いきます!!」
「 …っ!!」
勝負は一瞬で決まった。
最初に動いたのはナツキ。<居合>の軌道を完全に潰す形で、盾を構えたままの突進。これでは<居合>を発動しても速さに関係なく盾にあたって終わり。その後は、上手く盾で相手の剣を弾いて、スバルが体勢を立て直すより早く一突きを入れられるかの勝負になるところだったが…、スバルはこの展開をよんでいた。
体を捻りつつ、<居合>をキャンセルして普通に抜刀。そのまま倒れ様にナツキの足を一突き。倒れながらの攻撃なんて、リアルでやったら邪道もいいところだが、スバルにしては珍しくゲームならではの泥臭い戦術を選んできた。
「勝負あり! 勝者、スバル!!」
「そんな!?」
「ありがとうございました」
邪道に出し抜かれて納得のいかない表情を見せるナツキに対して、スバルは驚くほど冷めている。もしかしたら、本人もこの勝ち方は不本意なのかもしれない。
スバルは非常に武人気質な性格をしている。基本的に邪道は使わず、実力で圧倒する戦い方を好む。しかし、今回使ったのは紛れもない邪道。本来、邪道はどうしても勝ちたいときに使うものだが…、スバルにとっての邪道は「価値の見いだせない戦いで使い捨てるもの」なのかもしれない。
「まぁ、実力もレベルも開いていたからな。当然の結果だろう」
「くっ、わかってはいましたが…、ここまで一方的に負けるとは…」
「 ………。」
こうして、スバルとナツキの試合は…、お互いに納得のいかない結果に終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます