#159(4週目水曜日・午後・セイン)

「別に、私は面白い画を撮るために通っているだけだし」

「だから、立場と言うものが!!」

「まぁまぁ2人とも…」


 昼。いつものようにギルドホームに顔を出すと、いつもの…、かと思ったら、そうでもなかった。1人ゲストが増えているので、多分スバルかユンユンが分裂したのだろう。


「おい、なにを騒いでいるんだ。外まで…、聞こえるわけはないけど、ガキの喧嘩か?」

「あ、これはその、この人たちが…」


 困惑している女性PCは、残念ながらスバル♀でもなければユンユン2号でもなく、ラナハ改めナツキだった。分かってはいたが…、やはり、ナツキは喧嘩するところから入るタイプのようだ。


「 …ふん!」

「えっと、その、えへへ~」


 ご機嫌斜めのユンユンと、どうしていいかわからず苦笑いを浮かべるスバル。これだけで、大体何があったか理解できてしまう不思議。


「ナツキ、ちょっと来い」

「は、はい…」

「 …、ふん!!」


 突然呼ばれて、恐る恐る前に出るナツキの頭を…、無言で殴り飛ばす。


「ひゃ!? イタッ…、あれ? 痛くない??」

「素手での攻撃スキルを持っていないからな」

「(いいな…)」


 スキルが無いのでダメージこそないが、物理演算が動作して反動だけは発生する。人の感覚は視覚や三半規管に依存する部分が大きい。実際にはVRは"痛み"を再現していないはずなのに、本当に殴られたような強い衝撃を感じてしまう。


「スバルもユンユンも、俺が許可を出してホームに招いている。文句があるなら俺に言え!」

「ですが、相手はアイド…(パシーン!!)な、ブチましたね! 親にもブタれたことないのに!!」

「(そんな、2回も! ナツキさんだけズルい!!)」


 今度は顔を張り倒す。リアルでやったら訴えられそうな行為だが、L&Cの世界では顔を攻撃してもハラスメントの判定は発生しない。


ナツキおまえの喧嘩っ早さは甘やかされて育ったからか?」

「そんなことは!」

「そうやってすぐ反射的に言い返す。お前は何様だ! もっと相手の事情や自分の立場をわきまえろ!!」

「それは、でも…」

「(なにアイツ、あんなに先輩にかまってもらって…)」


 何事も最初が肝心。悪いことをしたら確り叱る。妹の事で多少は柔らかくなったと思ったが…、他人に対しては、まだまだ好戦的なようだ。


「何でもかんでもハッキリ言うのは正義でも無ければ勇気でもない。そんなものはただのエゴだ。自制もできずに周囲に当たり散らしているだけの不良と何ら変わらない!」

「それは…」

「目に見えているものが全てと思うな! 常識が絶対的なものだと思うな! 自分の行いを都合よく美化するな!!」


 ナツキの頭を掴み、目をそらせないようにしてハッキリ言う。言い訳や自分の行いはこの際、気にかけない。"躾"と言うものは、これくらい強引な方が心に残る。理由とか細かい部分は、本人に考えさせるなり、後付けで適当にフォローすればいいのだ。


「えっと、その…、すみません。私、どうにかしていました」

「わかればいい。こんど悪いことをしたら、何度でも叩いてやるからな」

「え、あ、はい!」

「(ギリギリギリ…)」


 頬を赤らめ晴れやかな表情に戻るナツキ。普通なら、こんな強引な叱り方をしても相手を不機嫌にさせるだけなのだが…、妹の事もあり、ナツキは素直に躾を受け入れられたようだ。


「うわ~、お兄ちゃんがお兄ちゃんみたいだ~」

「茶化すなアイドル。これでも俺は偏屈な妹を抱える本物の兄だぞ」

「うん、知ってる。ある意味、説得力あるよね。そうやって妹を篭絡したのか…」

「(うんうん)」

「人聞きの悪い言い方をするな!」

「 …ぷっ。これは完全にお兄さんですね」

「くそ、やはり女性が多いとしまらないな…」


 結局、ナツキにまで笑われてしまった。


 最後はカッコウがつかなくなったが…、ひとまず面々の口元がほころぶ。雨降って地固まった…、かは知らないが、これで少しはマシになっただろう。


「それで、ナツキさんは本当に何をしに来たの? 一応、私たちは毎日の日課があるんだけど…」

「えっと、それは…、セインに、攻略の事とか…、あとVRマシーンのことについて聞きたくて…」


 急にしおらしくなるナツキ。今まで片意地はってきたこともあり、人を頼るのは苦手なようだ。


「あぁ、VRマシーンの事なら私も知りたい。ランカーならVRも相当カスタムしてるんでしょ?」

「あ、それならボクも知りたいです!」

「え、いや、まぁそれなりに拘ってはいるが…、ソッチ系の話なら俺よりもニャン子の方が詳しいと思うぞ?」


 ニャン子は、機械全般に加えてソフトにも精通している。なにより俺はVR機自体に思い入れはない。もちろんパーツの意味くらいは知っているが、けっきょく必要なものを揃えただけなので、メーカーごとの特徴とか細かい部分に関しては全くの素人だ。


「いえ、私もそこまで拘りは無いので」

「そうか…」

「とりあえずVRは妹に上げてしまったので、今は妹の部屋からログインしています。本人も使っていいとのことなので、急いではいませんが…、安くてオススメな機種とか、あと手軽にできる調整などがあれば教えてほしいです」


 完全に俺がVR機について解説する流れになってしまった。別にそれくらいは構わないのだが…、必要以上に時間をとられるのは容認できない。この雰囲気だと、半日、下手をしたら継続的に時間を潰されかねない。こう言うのは一度受けたが最後、ズルズルと時間を拘束され続ける。


「そうか、だがそれには条件がある」

「え?」

「ぶ~ぶ~、お兄ちゃんのケチ~」

「やかましい! とにかく、俺に要望があるのなら、試合に勝つことだ」

「え? 試合ですか??」

「そう。俺たちは平日の昼過ぎに毎日…。…。」


 ナツキに昼の手合わせの説明をする。つまりは機械の話も、試合に勝って権利を獲得しろって事だ。


「いや、でも、私は学校もあるので毎日通うことは…。その、簡単でいいので、この場で…」

「甘ったれんな!!」

「えぇ!?」

「(まただ、アイツばっかりズルい!?)」


 突然、怒られて困惑するナツキ。スバルは、ガチ勢の俺に対して図々しい願いを言っている事に気づき、険しい表情に変わったが…、ゲーム初心者のナツキには「所詮は遊び」と軽く考えている部分があるのだろう。


「こっちにだって都合がある。とは言ってもソレはL&Cであり、つまりはゲームであり"お遊び"と言えるだろう。しかし…、それはあくまで他人の価値基準でしかない。いくらゲームでも、その人にとっては掛け替えのないものかもしれないし、配信などで家計の足しにしている可能性だってある」

「それは…」

「ナツキが、平日の昼間に頻繁に顔を出せないのは理解できる。しかし、それはあくまでナツキの都合であって、俺には俺の都合がある。どちらが重要かなんて関係ない。ナツキの都合はナツキの都合であって、対価も払わずに他人の都合を害していい理由にはならない。そうだろ?」

「はい、その通りです。私、また自分勝手なことを…」


 俺の言っていることは"狭量"かもしれないが…、それと同時にナツキの言っていることが"我がまま"であることも事実。別に俺の事を悪く思うのは構わないが…、それはあくまで、自分が我がままを言っている事を自覚した上でなくてはならない。


「わかればいい。俺も意地悪を言った、許してくれ」


 そう言って今度はナツキの頭を撫でてやる。やはり躾は、飴と鞭が肝心だ。


「いえ、そんな。悪いのは私ですから…」

「(ぐふふ、これは春の予感)」

「(アイツ、ボクの敵だ…)」




 こうして、妙にニヤニヤしている気持ち悪いアイドルと、妙な殺気を放つスバルをよそ目に、なんとかVR機の話を無しにした。

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