#154(4週目火曜日・午後・セイン)
「師匠! それは!!?」
「いや、ただのロッドだが…」
「あぁ、杖だったんだ。てっきり七夕でもやるのかと思ったわ…」
昼。なんとなく予想はしていたが…、ギルドに顔を出すなり盛大にツッコまれてしまった。
俺が背負っている装備は[バンブーロッド]。名前の通り竹槍なのだが…、竹槍は[竹槍]として別の装備として存在している。竹を斜め切りした槍判定の竹槍は[竹槍]の方。[バンブーロッド]はロングロットと呼ばれる長めの杖にカテゴライズされている。見た目は、まぁ…、釣り竿だ。
見てわかる通りのネタ装備であり…、しかも長物なので非戦闘時もグラフィックが表示されっぱなしになってしまう。もはや罰ゲームの次元だ。
「おい、アイドル。そんな冷たい目で見るな。かぶり物とかイロモノをNGにしていると事務所から嫌われるぞ」
「ほっとけ! いや、その…、ごめん。忘れて」
わりとマジでキレるユンユン。冗談で言ったつもりだったのだが…、どうやらデリケートなゾーンに触れてしまったようだ。
「えっと、師匠! もしかして試合のために用意してくれたんですか!?」
「え? あぁ、まぁそうだな」
さっきからユンユンとスバルの温度差が凄い。
ユンユンの方は、まぁバラエティーのノリがNGな、女優寄りのアイドルってスタンスなんだろう。スバルの方は…、珍しい武器を相手にできるとあって喜んでいるようだ。
あいかわらずスバルは、見た目に反して結構な戦闘狂だ。戦うことに積極的で、危機的状況に追い込まれても、焦るどころか高揚してしまう。やはり天性の才能なのだろう。
「ソレ!
まずい。どうやらスバルは[バンブーロッド]をすでに研究済みのようだ。
[バンブーロッド]はネタ装備ではあるが、レアはレア。そうそう見かけるものではない。俺も露店でたまたま見つけて衝動買いしてしまったが…、珍しすぎて、逆にマークされていたようだ。まずい、完全に裏目、わざわざ露店で墓穴を買ってしまった。
「あ! いや、まずは抽選からだ。ユンユンとスバル、どちらが挑戦するか…」
「いや、ニャンコロさんもいないし、私は別に…」
「やった! これでボクが挑戦できますね!!」
くそっ! なんでニャン子は来ないんだ!? アイツ、相手するのが面倒で、わざと避けてるんじゃないか?
「えっと…、まだ[バンブーロッド]を使うと決めたわけじゃないぞ?」
「え!? そんな、酷いです師匠! それでいいじゃないですか!!」
ぐっ、やはり勝算の高いカードは見過ごせないか。
「でもなぁ、俺も使った事のない装備だからな。できれば充分に慣らしてから使いたい」
「そういうことなら、ボクを練習台に使ってください! ボクならいくらでも付き合いますから!!」
いや、対戦相手に手の内を晒したら余計に不利じゃないか。
いや、まてよ。これは逆に使えるかもしれない。
「あぁ、そうだな。本当は他にもネタを用意していたのだが…、お試しって事で[バンブーロッド]を使って見るか」
「はい! 是非!!」
「ただし、試合としてはノーカンだぞ?」
「全然OKです!!」
よっし! これでこの場は負けてもカウントされなくなった。あとは適当な理由をつけて本採用を見送れば完璧だ。一応、勝てる見込みがあって選んだ武器なのだが…、スバルがこうも自信満々だと、俺も流石に自信がなくなってしまう。
「それじゃあ、互いに、見合って見合って~」
「相撲かよ」
「えっと、見つめ合えばいいんですね!」
「 …のこった!」
相撲ネタを突き通すユンユン。
調子は狂うが、これはチャンスだ!
「いくぞ!」
「え? ちょ!?」
通常ならありえない距離から、ありえない速度の猛攻が降りそそぐ。
[バンブーロッド]は見た目こそネタだが、じつは長物系の中では断トツ1位の軽さを誇っている。その重量は短剣とほぼ同じ。そして攻撃速度の仕様は武器カテゴリーごとの固定値ではなく、ステータス依存の純粋な物理演算。反動に癖はあるが、短剣と同じ速度で2メートルのロッドを振り回す事が可能となる。しかも、鞭と同じで先端がシナることでバカみたいな速度で急加速、急転換をくり返す。なんというか、もう…、無茶苦茶な武器だ。
「うえ”、なにそれ! 竹ってそんなに強いの!?」
「ちょ! 師匠! これ、思っていたのと違います!!」
あまりの無茶苦茶っぷりにユンユンは驚きの声をもらし、スバルはたまらず距離をとる。
スバルはすでに対策を立てていたようだが…、所詮は攻略サイトを斜め読みしただけのニワカ知識。「短剣と同じ速度で攻撃できる」と言う一文を、そっくりそのまま受け取ってしまったのだろう。
しかし、現実は全く異なる。音速を超える鞭の一撃も秒間攻撃回数は短剣のソレには敵わない。鞭は、常に音速を突破しているのではなく、最大加速の一瞬の話であり、平均速度は短剣の方が上。対して[バンブーロッド]は、短剣並みの平均速度で振れる2メートルの硬鞭。その軌道は視覚や反射神経で追いきれるものではない。
「それ! どうした、対策を考えてきたんじゃないのか!?」
「え? いや、その…」
百聞は一見にしかず。やはり重要なのは経験だ。こういう1つ1つの積み重ねが対人戦では重要なのだ。
[バンブーロッド]の弱点は2つ。
①、耐久値が極端に低く、すぐに壊れる。これだけの速度とリーチがあれば殆どの相手を一方的に押し切ってしまえる。しかし、そんなバランスブレイカーを運営が見逃すはずもない。コイツの耐久値はほぼゼロに設定されており、エンチャント込みでもザコを数体倒せるかどうかとなっている。
②、攻撃力も極端に低い。普通のRPGなら武器自体の攻撃力が低くてもステータスで補うことが可能だろうが、物理演算を採用しているL&Cでは"軽さ"のせいで攻撃力がほとんど上昇しない。そのあたりの特性は鞭や弓などと共通で、いくら力を乗せてもシナって力が分散してしまう。
とは言え…、
「逃げてばかりでは勝てないぞ! いくら攻撃が軽いと言っても1割くらいなら充分だ!!」
「くっ! だめ、でも、ん!!」
勝機があるとすれば、速攻攻撃によるゴリ押しだ。長物系は、どうしても肉薄されるのに弱い。あまり綺麗な勝ち方ではないが、ダメージ覚悟で強引に剣の間合いに入ってしまえば充分に勝機はあった。
「そこまで! 勝者、セイン!!」
「うぅ…、まいりました」
「ふ~、勝ったはいいが…、やはり現実的じゃないな。コイツは封印してしまおう」
「な! そんな!?」
「そもそも、コイツはホームの外ではすぐに壊れる欠陥装備、対処法を考えるだけ時間の無駄だ」
「そ、そんな…」
両手をついて落胆するスバル。やはり対処法は看破済みだったようだ。次は確実に負ける。このまま勝ち逃げするのが、唯一の勝ちすじだ。
こうして、なんとか今日もスバルに勝てた。
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