#152(4週目月曜日・夜・セイン)
「改めて言っておくが…、"影犬"の奇襲は厄介だ。警戒は怠らないように」
「はい、兄さん」
「うぃ~」
夜。俺たちは旧都の夜エリアの貴族区画の隅の方を慎重に探索していた。
狙っているのは影犬と呼ばれる闇属性のハウンド、シャドーハウンドだ。ステータス的にはハウンドと大差ないので、奇襲されなければなんとか勝てるくらいの程よい相手なのだが…。特性がかなり厄介で、むしろその特性が全てと言えるような相手だ。
「猫、今のはフリと言うものです。わかっていますね?」
「にゃ~ん、猫わかんないにゃ~」
「つまりですね。役に立たないから、せめて死…」
「大丈夫にゃ! 鼻はきかなくとも、背後の警戒はまかせるにゃ!!」
「別に、死んでもかまわないのですよ?」
あいかわらず仲良しな2人。何だかんだ言っても仕事はキッチリこなしてくれるので文句はないが…、こうやってカシマしく話している姿は、やはり「女の子だなぁ」と思ってしまう。まぁ、若干会話の内容が殺伐としている気もするが…、それは個性と言うことで無理やり納得しておく。
それはともかく、影犬はハウンドの亜種ではあるものの、特性はハウンドとは全く別物になっている。影犬の種族分類は"動物型半霊体"。つまり形が動物なだけで種族はドッペルゲンガーなどと同じオバケの類なのだ。完全な霊体ではないので物理攻撃も通じる。一応、物理攻撃耐性を持っているが、物理防御がほぼゼロなので無属性の物理攻撃でも普通に倒せてしまう。
「grururururu…」
影犬が現れた。影犬は、初期状態では気配を消して強襲攻撃を狙ってくるが、視界にとらえてしまえば"奇襲失敗"となり、通常の戦闘AIに切り替わる。
「2人とも、お喋りは終わりだ。もと来た道に引き込んで倒すぞ」
「はい」
「うぃ~」
影犬は、足こそ速いが嗅覚など感覚器官は退化?しており、索敵能力や追尾能力は低い。その辺はゾンビウルフと同じなので、群れで連携するなどの複雑な戦闘パターンは持っていない。そう言う意味では、無印よりもやりやすい相手だ。しかし、半霊体だけあって臭いや音による探知をすり抜けてくる。調子にのって警戒を怠ると…、あっという間に間合いを詰められ命を食いつくされてしまう。おまけに…。
「タゲは俺がもつ。作戦通りニャン子は周囲警戒。アイはキルを狙ってくれ」
「うぃ~」
「はい、おまかせを」
漫画だと、霊体系の敵は都合よく物体をすり抜けて一方的に攻撃してくるが…、L&Cはそのへんを明確に定義している。霊体がすり抜けれるのは非生物のみで、通常攻撃は直接精神攻撃に…、つまり魔法防御力が物理防御力のかわりとして計算される。防具に関しても同様で、魔法耐性のない装備はダメージが貫通してしまう。
相手は半霊体なので両方の数値が適応されるが…、ようはアイの場合だと完全に防御しても半分ダメージが通ってしまうのだ。せめて対魔法盾でもあれば話もかわってくるのだが…、強力な魔法を使う相手がいない現段階では、他に使い道のない装備を用意するのもバカらしい。だから、今回は俺が回避に専念して、アイにアタッカーを務めてもらう作戦にした。
「クリアリングOKにゃ!」
影犬の突進を紙一重でかわしながら、細かくダメージを刻んでいく。影犬の特性は奇襲で真価を発揮する。逆に言えば、肉薄した状態では本家の劣化版でしかない。避けきれずに1発もらっても、マメに回復していれば即死する心配はない。
「いくぞ!」
「はい、兄さん!」
キルゾーンに誘い込み…、絶妙なタイミングでアイの溜め攻撃が影犬の頭部に吸い込まれる。打撃攻撃は特性として、頭部にヒットするとスタン率にボーナスがつく。もし倒しきれなくても、スタン(一瞬行動不能になる)が入ればスキル攻撃後のスキをカバーできるし、仲間がいれば追撃も可能。武器によって狙うべき場所が変化するのはL&Cの奥深いところだ。
「やったかにゃ!?」
「いや、見ればわかるだろ?」
倒した影犬が、光になって消滅する。PCであっても、その場に死体が残ることはないので、死んだフリなどは出来ない仕様になっている。それをしないと、死体の状態で周囲を観察する無敵監視が使えてしまうからだ。因みに、光は徐々に霧散して1分で完全に消滅してしまう。蘇生は、この光を対象にして使用するので、蘇生リミットも1分と言うことになる。
「兄さん、猫の知能は人の5分の1にも満たないそうですよ」
「いや、フラグチックなことを言えば、即湧きしてくれるかにゃと」
「えっと、お大事に…」
「心配されたにゃ!?」
「それよりドロップだ。素材が集まりしだい、撤収するぞ」
狙っているのはアンコモンドロップの[消えない影]。半霊体系全般が落とす素材アイテムで、集めると[シャドーブーツ](影靴)と交換できる。影靴は半霊体系装備で、重量が軽く、足音の軽減効果もある。おまけに僅かだが魔法防御力まで上昇する。かわりに防御力が低いので対人戦だと部位破壊を狙われるリスクが高まるが…、それは使う場所や戦闘スタイルでカバーできる。なので影靴を愛用するPCは多い。
「あぁ、そういえば兄ちゃん」
「ん?」
「コノハにゃんの事はよかったにゃ?」
「 …兄さん」
アイの冷たい視線が突き刺さる。
あいかわらず恋愛否定派のアイは異性との交流に過敏に反応するが…、俺としても中身の分からない異性に恋するほど、恋に恋していない。むしろ疑われること自体、心外だ。
「そんなんじゃないから。つか、なんでニャン子がソノ話、知っているんだ?」
「いや~、ホームに来るとき、バッタリ会っちゃってにゃ~」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるニャン子。
どうやら何か勘違いして、余計な気を回したようだ。ユンユンやスバルは、アイがログインする時間帯は絶対にホームに来ない。たぶんニャン子が「アイを怒らせるとゲストIDを抹消される」とアドバイスしたのだろう。ニャン子は、そういう変なところの勘は本当に鋭い。
「兄さん、あとでお話が」
「にしし~、兄ちゃんも男の子だからにゃ~」
「おいニャン子、適当なことを言うな!」
コノハにはPKの指南を頼まれただけで、そんな色っぽい関係ではない。たぶん、ナツキと入れ違いでログインしたところで出くわしたのだろうが…、コノハにはメールで「土日、それも時間があいていたら付き合う」と、あえて素っ気なく返してある。自警団の伝令役候補だった以前と違い、今は内部事情を探るスパイとしての利用価値はない。ナツキの事もあるのでもう少し様子を見るつもりだが…、何か自警団が有利になるような状況にでもならないかぎり、自警団をPKする必要性は感じられない。
こうして、多少バタバタしながらも…、結局、影犬狩りで夜は潰れてしまった。
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