#145(21日目・夜・セイン)

「さすがは兄ちゃんにゃ。こうなっては仕方ないにゃ。全力で…、いかせて…」

「まえ振りが長すぎる。さっさと来い!」


 結局、ニャン子が無意味な遠距離戦を仕掛けてきたのは、近接戦で殴り勝つ自信がなかったためだ。


 ニャン子は俺が戦っているところを何度も見ており、当然、俺が格上であることは気づいている。いくら拳闘士が有利と言っても、それだけで勝負が決まるほどL&Cは甘くない。ニャン子は、正攻法を信じて、懐に飛び込む勇気がなかったのだ。


 いくらセンスや経験があっても、根っこの部分でメンタルが弱い。ニャン子の弱点はそこにある。


「う、それじゃあ、行きますにゃ」


 低い姿勢で滑るように間合いに突っ込んでくるニャン子。


 まず右手の攻撃を逆の方向に回避して、追撃の左を短剣で受け流す。本来なら、もう一度右が来るはずだが…、俺が左側面に回り込んだため3発目が放てなくなる。


「そこ!!」

「にゃ!?」


 回避するさいに崩れた体勢を利用して、そのままニャン子の脇を蹴りつける。


 そのせいで手をついてしまったが、ニャン子は見事に蹴りをくらってふき飛んだ。短剣使いでも足技だけなら普通に使える。もちろん格闘関係のスキルや熟練度は、ほとんど上げていないのでダメージは微々たるものだが、それでも得意の格闘戦で打ち負けたショックは大きいだろう。


「どうした? この程度か??」

「スー、すこし頭が冷えました。 …いきます!」


 すこし雰囲気が変わったか?


 打って変わって、スリ足てジワジワと距離をつめてくるニャン子。本来ならこういう攻め方には中距離武器で引きながら攻撃するのがセオリーなのだが…、あえて今回は短剣1本で対処する。


「いいだろう。相手になってやる」


 バカ正直に正面から打ち合う。


 拳闘士の攻撃は、速度だけなら短剣の二刀流を凌駕する。なので今回はあえて片手でいく。避けられる攻撃は全て避け、避けられない攻撃だけ短剣で受け流す。


 お互い、一歩も引かない高速の攻防が10秒だか、10分だか、時間の感覚がマヒするほど続き…。


「にゃっ!!」

「ぐっ! …ふっ、やるじゃないか」


 甘くイナした右の一撃を、そのまま力任せに押し込まれ、今度は俺がふき飛ばされた。


「はー、はー、兄ちゃんこそ、ありえないにゃ。攻撃速度はコッチの方が上なのに…」


 打ち負けたのは俺の方だが、正確に言うなら「逃げられた」ってところだろう。攻撃はガードの上からなので大したダメージは入っていない。速度勝負で押し切る作戦だったようだが、基本攻撃速度の差をあっさり埋められ、たまらず打ち合いから逃げ出した。


 これが並の短剣使いなら、速度で張り合おうとして二刀流を発動させ「速度で勝てない、スタミナ消費でも勝てない」の状態に追い込まれていただろうが、俺はスタミナを維持したまま高速の連撃に対応した。


 あのまま打ち合いを続けていたら「どちらが先に集中力を切らすか」の勝負になっていた。しかし、ニャン子はその勝負から逃げ、安手で早上がりする選択を選んだ。判断が正しかったかは置いておいて…、実際に戦ってみると、メンタルの弱さがよくわかる。


「結局、最後に勝負を分かつのは…、心の強さだな」

「ん~、さすがは兄ちゃん。メンタル的な部分まで読み切るとは、完全に達人の域だね」

「それで、もう降参か?」

「 …いや、降参はしない! 負けるにしても、ちゃんと負けてみせるから!!」

「好きにしろ」


 あいかわらずのブッキラ棒な返答に、すこし口元をゆるませながらニャン子が距離をつめてくる。


 フッ シュシュシュ! フッ シュシュシュ!


 短く息を吐き、浅い3連打。それをテンポよく繰り返してくる。


 別段、奇抜さも脅威も感じないが…、ここにきて基本の立ち回りに戻してきた。俺の勘が当たっていれば…、これは"スタミナ調整"だ。


 こう言った、お互いの戦法が噛み合ってしまう打ち合いでは"スタミナ管理"が重要になってくる。L&Cは、あくまでVRゲームであり、根性論では限界を超えることはできない。したがって「スタミナが切れる瞬間の強制クールタイムをいかに見切るか」が1つの鍵となる。


①、初心者はまず、魔物のスタミナ切れの隙を狙う事を覚える。


②、中級者になると、自分のスタミナを温存して、相手のスタミナが切れる瞬間まで我慢することを覚える。


③、上級者になると、わざと隙を見せて、相手にスタミナ消費の高い技を空打ちさせて、隙を作ることを覚える。


④、ランカーになると、スタミナをわざと全回復させずに戦い、相手にスタミナ量を悟らせない立ち回りを覚える。


 ニャン子が出来るのはココまで。俺はすでにニャン子のスタミナ量を知っているのであまり意味はないが…、気持ちを切り替えるのには有効な手だ。もし、ニャン子が奥の手を使ってくるとすれば…。


「いきます!     


 左の拳に上手く短剣を引っ掛けられ、お互いの動きが突然止まる。


 思考が加速して、刹那の時が無限とも思える広がりを見せる。


 体で上手く隠しているが、必要以上に引いた右手のある方から僅かな光が漏れる。




 ゆっくりとした動きで…、輝く拳が俺の腹部に滑り込んでくる。


   はぁぁぁああ!!!」


 すかさず後方に大きく飛び、バーカウンターの上に静かに着地する。ある程度、読めていたとは言え…、避けれたのは半分マグレだ。いや、タイトな打ち合いで感覚が冴えわたっていたからだろう。ニャン子と同じく、俺も充分に集中を高める時間はあった。


「ふっ、剣を止められたのは久しぶりだ」

「なにそれ、奥の手もお見通しって感じね」


 ニャン子の奥の手は、ナックルに剣の柄を引っ掛けた状態から放つ<闘気拳>だった。このスキルは通常の物理ダメージに魔法ダメージを上乗せする技で…、受けるには物理防御と魔法防御を両方あげている必要がある。ほとんどの相手に確実なダメージを与えられる信頼性の高い技だが、かわりに拳闘士では生かしにくい魔法攻撃力を上げる必要がでてくる、扱いの難しい技でもある。


「そうでもないさ。スキル攻撃までは予測していたが、それをどうやって当てるつもりだったのかが、最後までわからなかった。おかげで魔法ダメージはしっかりくらってしまった」


 なんとか拘束をといて拳を回避したものの、纏った闘気ダメージにHPを2割ほど持っていかれた。幸い型が未完成なので微々たるダメージだが…、それでもダメージレースではニャン子が優位に立った。


「まぁいいわ。アレが通用しなかった以上、もう最後の必殺技を使うしかない」

「おぉ、まだなにかあるのか? いいだろう…、来い!!」


 プレイヤーは魔物に比べて体力が低い。ヘタをすれば8割でも一瞬で持っていかれる。レベルやステータスからして、もう切り札と呼べるものは無さそうに思えるが…。




 そんな事を考えながら、試合は第3ラウンドに突入する。

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