#144(21日目・夜・セイン)

 さて、どうしたものか…。


 夜。俺は空いた予定を何で埋めるか考えていた。


 自警団狩り狩りもそうだが、デュエルも連続でやると食いつきが悪くなる。昼間の時点で充分に目立つ目的は達したので…、今日は普通にレベル上げをするか…、あるいは最近サボっているクエスト関係をすすめるか…。


 アイはギリギリまで俺のところに残っていたので、ログインするまでもう少しかかるだろう。


 そんなことを考えていると…。


「兄ちゃん! アチシと勝負するにゃ!!」


 ニャン子が勝負を挑んできた。


「ん? 昼じゃだめか??」

「そういうのじゃないにゃ! これはアチシなりの"ケジメ"だにゃ!?」


 ケジメと言うからには、初心者の指導の話を蒸し返すつもりではないようだ。よくわからないが…、それなりに自分の中で感情に折り合いをつけてきたのだろう。


 まぁ、俺としては問題を持ちこまなければそれでいいのだが…。


「まぁいいか。ルールはどうする? せっかくなら無制限。それこそ、外でギャラリーもつけるか?」

「え!? いやそれは…」


 戦いはすでに始まっている。本来、短剣使いと拳闘士では、拳闘士の方が有利だ。お互い速さを重視した装備ではあるものの、より速いのは拳闘士。攻撃力は短剣が上とは言え防御の上から強引にダメージを通すほどの差はない。加えていつもの1割ルールだと、ナックルの攻撃力の低さをカバーされてしまう。


 ニャン子が深い部分で何を考えているかは知らないが…、やるからには俺も素直に負けるつもりはない。


「もうすぐアイもログインするだろうから、立ち会ってもらおう。あと…、そうだな、ついでに知り合いも何人か呼ぶのもいいな。今日は日曜だし、ユンユンやスバルあたりもこれるかも」


 俺も自分の手の内を見せびらかすつもりはない。これはあくまでブラフだ。ニャン子も何やら本気のようだし、奥の手を披露する事も考えているだろう。そうなれば、不特定多数のPCに見られる外での戦いは選べない。もちろん、警戒を怠るつもりはないが…、ギリギリの戦いは常にメタの張り合い。相手の行動を制限して、少しでも作戦を狂わせたり、躊躇する状況に追い込んだ方が勝つ。


「それは…、できれば邪魔の入らないサシの勝負が…」

「兄さん、お待たせし…、チッ!」

「あいかわらず、アイにゃんが塩対応で安心だにゃ。だけど涙が出ちゃう、ニャン子だもん」

「「?」」

「ぐはっ! 見事にスベったにゃ!?」


 よくわからないが、なにかのネタだったようだ。そんなやり取りをしていると、コノハからメールが来た。


『お忙しいなか失礼します。自警団をクビになったので、PKのやり方を教わりたいです。お時間がある時でかまわないので、よろしくお願いします』


「なんだこれ?」

「どうかしましたか? 兄さん」

「いや、まぁ、なんだろ?」

「「?」」


 自警団に入団しようとしていたはずのコノハが突然クビになり、なぜかプレイヤーキラーPKの道を進もうとしている。なにがしたいのかサッパリ分からない。


 うまくいけば自警団ギルド内部を探るスパイになるかもと思っていたが…、まぁこれも予想の範疇だ。自警団は、表向きは俺を邪険に出来ない。(団長は俺を引き戻したいと考えている)予定ではコノハがギルド員になった後に、俺と繋がりがあった事が発覚して、ミーファが焦ってコノハを追い出そうとしてヘマをするのを誘うつもりだった。しかし、これはこれで参考になる部分が多い。


 ともあれ、具体的に何があったか気になるし、その辺の事情を聞くついでに、もう少し面倒をみてやろう。最悪、ミーファが送り込んできたスパイと言う可能性もあるが…、それはそれで面白い。


「まぁいいや。アイ、合図を頼む。フル体力1本勝負だ。先に相手をキルした方が勝ち。他は無制限。補助アイテムも回復アイテムも、何でもありだ」

「うぃ! さすがは兄ちゃんにゃ!!」

「つまり、私も猫を襲っていいわけですね?」

「さすがはアイにゃん。清々しいまでの兄贔屓にゃ」

「ふっ、当然です」


 非常に分かりにくいが、アイもあれでニャン子の事を認めている。本来、アイは俺を贔屓していることを隠すし、ヤル気があるならとっくに仕掛けている。


「茶番はいいから、サッサと始めるぞ」

「はい」

「うぃ~」




 机を片付け、即席のリングを作る。一応、倉庫で必要そうなアイテムもいくつか補充しておく。


 お互い準備も済んだところで…、無言で睨みあい、戦闘用に気持ちを切り替えていく…。


「それでは…、はじめ」

「「 ………。」」


 あっさりとしたアイの掛け声で試合がはじまる。


 しかし、お互い動きは無し。お互い本気と言う事もあって、まずは相手の戦略を伺うところからスタートする。


 先に仕掛けたのはニャン子。


「スー、 …はっ!」

「ふっ」


 後ろに飛びながら[毒瓶]を投げてくるニャン子に対して、ノンタイムで[治療薬]を使用する。


「さすがは兄ちゃん。完全に読み負けたにゃ」


 初手は状態異常アイテム。攻撃アイテムや[煙玉]のように無効化されない状態異常の線もあったが…、攻撃アイテムは最初から切っていた。可能性はゼロではなかったが、即だしできる投げアイテムで致命的なダメージ量のものは存在しない。最悪、回避が間に合わなくても次から回避に専念すればすむ。(消耗アイテムもショートカットを使うので多数登録することは困難)


 そして[煙玉]などの範囲状態異常アイテムは更に愚策だ。一時的に目くらましをしても、遠距離攻撃手段を持たない拳闘士では効果範囲外から一方的に攻撃することができない。


 そもそも、アイテムを使った戦闘は片手を完全にフリーにできる短剣使いの十八番なのだ。その点拳闘士は両手にナックルを装備しているのでアイテムの使用にペナルティーがかかる。そしてなにより、この戦い方は拳闘士の特性を完全に殺している。もともと有利なのに、あえて得意な展開をさけて、不利になる選択を選ぶのなら…、


 考えられるのは、治療するスキをついて一気に懐に飛び込む作戦だ。これは対人戦ではよく使われる手で、その場合1番都合がいいのが毒となる。怯みなどは一瞬とは言え行動不能にできる強みはあるが、ステータスによっては距離をつめている間に解除されたり、最初から装備で無効化されている可能性もある。しかし毒なら、瞬間ダメージは低いので対策を切ったり、治療しないで受けにくるPCも多い。その場合は懐に入れなくなるが、かわりにアウトレンジで打ち合って、毒がまわる時間を稼げる。


 対策は、細かいことは気にしないで即座に治療アイテムを使ってしまうことだ。攻撃アイテムを交ぜてくる危険もあるが…、決め手に欠ける投げアイテムに複数のスロットをさいてしまうと、他のところに支障が出る。嫌がらせ特化の捨て駒要因でもなければ使えない戦法だ。




 さすがに初手で決着がつくわけもなく、お互い動きづらい滑り出しとなった。

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