#118(17日目・夜・ユンユン)

「みんな、おはよっ。ちょっと遅れちゃった」

「おはようございます。まだ猶予はありますが…、ユンユンさんが後から来るのは珍しいですね」

「おはようございます。もしかして、自警団に絡まれたりなんて…」


 夜。すこし遅れて撮影現場に来ると…、小麦とミコトがすでにウォーミングアップをはじめていた。ちなみに本来の到着順は、私、小麦、ミコト、アルミの順で決まっていたりする。


「あぁ、そう言うのじゃないから。ちょっと…、初心に帰っていただけ」

「「??」」


 理解できずに顔を見合わせ小首をかしげる2人。まぁ私自身も「よく分からない事を言っている」と心の中で苦笑していたりする。


「アルミは…、もうすこしかかるかな? 2人とも、今日は何かやりたいこととかある? ないなら…」


 アルミは、本人がマイペースなのもあるが、基本的に夕食のタイミングが一番遅い。こればかりは家庭の事情なので誰も責めたりはしない。


「はいはい! 私、もっと難易度の高いエリアに行きたいです!!」

「あぁ、そうなると、マンティスとか、ゴブリンかな? ダンジョンへ行く手もあるか…」

「ゴブリンは…、例のアレが問題ですよね?」

「あぁ、そうだね…」


 ファンタジーの定番であるゴブリンは、現在、自警団が狩場を占拠しているので使えない。「治安を守るための組織が治安を乱してどうするの?」って感じだが、本人たちの主張では「悪用される可能性の高い対人装備を我々が管理する」って事らしい。


 一応、時間帯によってはそんなにガードが厳しくないらしいが…、それでも夜の動画を撮影している時間帯は、ボス狩りもあることから他のPCは締め出しているらしい。


 噂では、ほかのPCを追い出して大規模なトレインによる養殖とレア装備の量産がおこなわれているとか…。


「私的には、ユンユンさんだけでも先行して転職してほしいかな? 足並みを合わせるのも大事だけど、やっぱりヒーラーがいるかどうかでパーティーの安定感が決まるし」


 やる気満々の小麦に対して、冷静に効率のいい攻略を検討するミコト。


 私はログイン時間が長いので僧侶になる条件を満たしていたが…、足並みをそろえる意味と、C√攻略も見越して、教会にいくのは見送っていた。


 セイレーンになる方法はいくつかあるのだが、とりあえず直近の問題は…、普通に僧侶になるL√寄りのプランと、教会に登録しないで自力でスキルを覚えるC√寄りのプラン、どちらを選択するかだ。


「あぁ、その事なんだけど…、さっきデスペナをもらっちゃって、転職レベルをわっちゃった。悪いんだけどヒーラーの件は、もうすこし待って」

「え? たしかユンユンさんって結構余裕あったはずじゃ?」

「まぁ、そうだったんだけどね…」


 結局セインに乗せられて、バカみたいに死にまくって、バカみたいにレベルダウンしてしまった。まぁ、なんだかんだ言って楽しかったからいいけど…。


「おまたせ~。今日も私が最後だったか~」

「「「おはよ~」」」

「ははは、夜なのに"おはよう"って、やっぱり変な感じだよね~」

「そうですか? 私は気に入っていますけど」

「私だけか~」

「バイトしてる子は違和感ないらしいけど」

「なんだか"社会人になった"って感じがしますよね!」

「はぁ、バイトしたら、もっといいマシン、買えるのになぁ…」


 ついつい話がそれてしまうのはいつものこと。こういうところは今のところ動画にはしていないが、入れてみるのも面白いかもしれない。あくまで私の動画は、MMOの日常をえがくものであって、攻略動画ではない。ともあれ…。


「みんな。そろそろ撮影を始めようと思うんだけど…、その前に、聞いてほしいって言うか、提案なんだけど…」

「「「?」」」

「特訓、しない? 地味なやつだけど」

「え? いや、それはいいですけど…」

「自分も、まぁ…」


 微妙な表情を見せる2人。それもそのはず、今まで地味な特訓をさけていたのは他でもない、私自身だ。


 地味な特訓は、動画的に面白くないのもそうだが…、やはりハプニングが起きて欲しいという気持ちが大きかった。L&Cは奥が深いゲームであり、レベルと装備さえ揃えばなんとかなるゲームではない。それなら日常、とくにハプニングや笑い方面を取りに行く動画にするのが安パイだ。幸い、笑い方面なら小麦がいるので爆弾発言に困ることはない。ユリネタも男性視聴者にウケているし、今の路線でいけば充分な再生数が稼げるだろう。


 しかし、これでいいのだろうか? こんな打算に満ちたヤラセすれすれの動画で、本当にいいのだろうか? 私が目指していたもの、"私が面白い"と思っていたものは、なんだったのだろうか??


 そんなことをセインのイジメ…、じゃなくって、特訓をへて思うようになった。


「やりましょう! 私、強くなりたいです! 強くなって、お姉様に認められたいです!!」

「ぷっ、ムギはあいかわらずブレないな…」

「あはは~、まぁ、私も強くなってカッコよく活躍したいかな~」

「決まりですね?」

「はい!」

「ですね」

「いいんじゃな~ぃ」


 べつに、何かが大きくかわるわけじゃない。ちょっとひた向きに頑張るだけ。そう、気持ちの問題だ。




 こうして、動画の方向性が少しだけ変わった。

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