#108(16日目・午後・セイン2)
「 …そんなわけで、自警団は今、けっこう人が入れ替わっちゃいましたね~」
昼過ぎ。俺は久しぶりにレイにあって、自警団の現状を聞いていた。正直なところ、こんなくだらないことに時間をとられたくないのだが…、ほかに用件もあったので、あえて勇者の息のかかっていないレイを選んだ。
「そう言えば、自警団の評判はいいみたいだな。俺も人のことは言えないが…、かわりに敵も増えた感じだけど」
「ははは、セインさんも大変ですね~。ココだけの話ですけど…、実は、追い出された人たちが中心になって新しい組織を設立しようって話が持ち上がっていまして…。…。」
当然と言えば当然だが、追い出された旧団長派が結束して新しい組織ができつつあるようだ。組織の名前は"自由連合(仮)"。カッコがあいかわらずなのは置いておいて…、今度は√を問わず連携してL&Cを楽しみましょうって感じの、あいかわらずフワフワした組織のようだ。
違いはやはり、√を限定していない点だろう。自警団がL√PCのための組織だったのに対して、自由連合はエンジョイ勢のための組織であり…、ぶっちゃけて言うと「ガチ勢のゴタゴタに巻き込まれないように情報交換をしましょう」という集まりのようだ。
「なるほどな。まぁ、君子危うきに近寄らずって事か」
「そうですね。なのでアッチはセインさんの手を煩わせることはないと思います」
「それはコチラとしても願ったりだ。何かできるわけじゃないが…、少なくとも自警団よりは応援しているよ。ところで、最近ミーファにはあったか?」
「え? ミーファちゃんですか? そういえば最近会ってないですね…。まぁ彼女はリアルの仕事が忙しいらしいですから、会うのはラナハさんの方が多いかな?」
レイは勇者同盟の情報屋リストに名前を連ねていなかった。口の軽さを考えれば無理もない話だが…、レイの顔が広いのは事実で、ライトユーザー層の細かな動向に関してなら下手な情報屋よりも鮮度の高い情報を持っている。結局のところ、人材は適材適所なのだ。
それに、こういう口の軽いタイプは…。
「いや、あの子、大事なギルドの設立式に欠席しただろ?」
「えぇ、たしか、身内に不幸があったとか」
「これは噂に過ぎない話なんだが…、どうにも彼女、本当はアカウントロックをくらっていたらしいんだ。理由は"誹謗中傷の流布"。つまりは悪口だな。心当たりはないか?」
「え、あ、あぁ…」
虚空に目をやりながら、なにやら目まぐるしく表情をかえるレイ。
レイなら、ミーファに俺の悪い噂を吹き込まれていても不思議はない。しかし俺を敵視していないことから判断するに…、信じなかったか、あるいは"俺の性格をよく知っている相手"だからと避けられたか。
結局のところ、ラナハやレイのように、俺の性格を知っている人物にはセクハラなどの悪い印象をすり込むのは無理がある。下手をすれば嘘を見破られて作戦が露見してしまうからだ。ミーファにしてみれば噂さえ広まれば流す相手は誰でもいい。それなら事情をよく知らない人の方が都合がいい。
「レイも知っていると思うが…、俺にはセクハラの疑いがかかっているらしい。恋愛否定派としては"なんで俺に?"って感じなのだが…。いや、彼女が犯人だとは言わないぞ? ただ、女性ならセクハラ問題には敏感だったはず。俺に恨みを持つPCに、なにか吹き込まれたかもしれない。できればその真犯人が分かると助かるのだが…、心当たりはないか?」
「ん~、どうでしょう…、ちょっと思い当たる相手はいませんね…」
あからさまにミーファを犯人扱いしないのがポイントだ。レイはミーファの信者である可能性が高いので、あからさまに犯人扱いしてしまうと反発される危険がある。こういうのは、他人から犯人として押し付けられるより、"自分で気づいた"と思わせるのが効果的。最初は半信半疑でも潔白を証明するためにミーファの身辺を洗う流れに持っていければ最高だ。
もし、バカ正直に真犯人が他にいると信じた場合でも…、それはそれでミーファの周囲に犯人がいると探りを入れてくれる。ミーファにとってはこの上なくウザい展開だろう。
そう、レイとハサミは使いよう、そう言うことだ。
「いや、すまない。つまらない話をしたな。忘れてくれ」
「いや、そんな…」
「それよりも、気になるのは自由連合の方だな! ウチも基本は自由行動だし。また、詳しいことが決まったら教えてくれ」
「あ、はい! あ、あと、そういえば…」
「ん?」
「その、ラナハさんをキルしたのって本当ですか? いや、その、デフォルト顔の別人が犯人って可能性もありますけど…、なんだか自警団内では、無かったことにされてて」
すっかり忘れていたが…、そう言えばあの戦いのことをラナハはどう報告したのだろうか? 予想通りバカが罠に引っかかり動画が投稿された。しかし、真相は本人に聞けばわかる事であり…、つまりラナハの言い分しだいなのだ。もちろんラナハの性格なら真実を捻じ曲げてまで俺に都合の悪い報告をすることはないと思うが…。
「たぶん、本人に直接意見を聞くまで、正式な発表は控えているのだろう。俺とラナハが戦ったのは深夜であり、そのままログアウトしたから、本人に事情が聴けるのはラナハが帰宅してログインできてからになる」
「え、じゃあ…」
「ラナハをキルしたことは事実だ。しかし、俺は指名手配されていない。なぜなら…、決闘を申し込んだのはラナハの方からで、合意の決闘だったからだ」
「え? えぇ!?」
レイが俺を犯人だと思わなかったのは、俺が普通に王都を出歩いているからだろう。一方的なPKで仮面も装備していないなら、指名手配は回避できない。それが普通に出歩いているのだから…、考えられるのは偽物の犯行か、それこそ本当に俺がチートを使っている場合だけだ。
「いや、なに。もともとラナハとは稽古をつける約束があったんだけど…。それとは別に俺が、完全に自警団から縁を切る話を持ちかけたわけで…、それじゃあ最後に"本気で手合わせしよう"って流れになったわけだ。俺もキルするつもりはなかったが…、ラナハはそういう中途半端なのは許せなかったみたいだ」
「あぁ、なんとなくわかります。言われれば、確かにラナハさんなら言いそうだ…」
あいかわらずレイは、都合のいい形で納得してくれる。
俺の言った事は真実であり、場合によっては捻じ曲げられた形で公表される可能性もあるが…、その時はレイに前もって事情を話したことが生きてくる。
こうして俺は、吊り上がりそうになる口元を必死でこらえて、レイのもとを後にした。
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