#107(16日目・午後・セイン)

「一応言っておくが…、多分これからは自警団とは完全に敵対、ついでに一般PCからも目の敵にされる可能性があるから…、俺と繋がりがあることは、あまり言わない方がいいぞ」

「いや、ボクは別に。どうせC√で、ほかのプレイヤーとも繋がりはないですから…」

「それ、いまさらじゃない? もしかして、私をキルしたのも、これを見越してなの?」


 昼。相変わらず人のギルドに入り浸るゲストに軽く事情を説明する。


 ちなみに、草餅のおかげで入手したアイテムを順次換金している。そのおかげで、クルシュナにもギルドホームを設置できた。折角買った馬車の使いどころが減る一方だが、これで自警団に察知されることなく街を移動できるようになった。


「しかし、お兄ちゃんも回りくどい手を使うよね~。潔白は証明できる証拠があるんだから、素直にソレを使えばいいじゃない」

「まぁそうなんだけど…、それでも証拠を信じてくれる保証はないだろ? 一応、犯人を吊るして自警団と仲直りする手もあるけど…、新しい自警団は、面倒なだけで付き合う価値は感じられない。それなら完全に縁を切ってしまうのもアリかと思ってな」


 そう、俺は魔王として、6時代は散々目の敵にされてきた。もちろんミーファを煩わしいと思っているのは本当だが…、この程度のことで今さら彼女を特別視する感情はない。


 むしろ、面倒なL√から離れる切っ掛けを作ってくれた事に感謝しているくらいだ。そのへんは、もともと自警団との付き合いに非協力的だったアイやニャン子も同意見のようだ。


「ん~、私としてはあまりギスギスしてほしくないんだけど…、私は私で団長に目の敵にされているからね~。他人事じゃないんだけど、とりあえずは現状維持でお願いしますって感じかな?」


 ユンユンは俺よりも先に、自警団から追い出されている。本来ならばアイドルが加入しているのはセールスポイントになりそうなものだが…、影響力の多い存在に権限を与えるのは諸刃の剣。"1日団長"くらいなら害はないだろうが"毎日役員"は百害になる。そう判断したのだろう。


 まぁ、そこにもミーファが1枚噛んでいそうな気がしなくもない。あの手のタイプはラナハのように自分を引き立ててくれる同性には優しいが…、自分の地位を脅かすライバルにはとことん厳しい。


「それじゃあセインは、その、ミーファさんに仕返しとかはしないつもりなの?」

「少なくとも、今はその時ではない。今は自警団やミーファに有利なカードを見せておいて、"増長させる時"だ」

「つまり、上げて落とす作戦なのね。お兄ちゃんって本当にちゃっかりしてるよね~」

「強いカードを隠して、弱いカードからきっていくのはゲームの基本だろ?」

「持ってもいなかった弱いカードを見せてまで、相手に有利だと思わせる、その徹底ぶり。汚い! さすがお兄ちゃん! 汚い!」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 いまのところミーファはコチラの予想通りに動いてくれている。ハッキリ言って彼女はL&C初心者だ。リアルでは自分の思い通りに我がままを通してきたのだろうが…、それがゲーム内でも通用するとは限らない。


 とくに彼女の武器は読者モデル、つまり"美貌"なわけで…、リアルの容姿はゲームでは反映されない。自警団の連中は、俺を勧誘した時のようにリアルの情報をチラつかせて落としたのだろうが…、出来るのはそこまで。間違っても個人を特定できる情報は喋らないだろう。


 そもそも、L&C古参プレイヤーにセクハラだのチートだのと言っても、今さら相手にはされない。例の動画を見て俺を違反PCだと思うのは新規プレイヤーと彼女の信者くらいだろう。


「そう言えば、そっちの動画は大丈夫なのか? 未プレイユーザーが多いなら、アラシに釣られるヤツもいると思うけど」

「ん~、いないこともないけど…、とりあえず大丈夫かな? アラシとかアンチが出没するのは今さら。そう言うのはすぐにファンのお兄ちゃんたちがブロックしてくれるわ」


 ユンユンもユンユンで、ポっとでのアラシに荒らされるほど素人ではないようだ。


 アイドルの動画には面白半分で荒らそうとする者が定期的にあらわれる。当然、ファンも慣れたもので、即座にアラシコメントを書き込んだアカウントをブロックしてしまう。


 とくに自警団ギルドはユンユン親衛隊を排除した。つまり親衛隊はユンユンの味方のまま、むしろ結束を強めたくらいだろう。


「結局、喧嘩を売る相手を間違えたってわけか。まぁいいや、小者にこれ以上時間と手間を煩わされるのも癪だ。スバル!」

「はい!」




 何も言わずに、お互いが定位置につく。完全に日課となってしまった、入団?試験の時間だ。


「それじゃあ、はじめるね~って、お兄ちゃんが短剣を装備している。とうとうネタ切れか~」

「ほっとけ! そんなに何でもかんでも使いこなせてたまるか!!」


 もういい加減スバルを認めて、ラクになりたい気持ちもあるが…、俺にだってイジがある。手持ちの武器は数あれど、今のスバルに通用するレベルで使える武器は、もう残っていない。


 そもそも、ここまで同じPCと同一条件で戦ったのは、俺にとってもはじめての経験だ。魔王戦はいつでも気軽に挑戦できるものではないし、ランキング戦でも派手なふるまいは極力避けてきた。遭遇戦とか、地形、転生を条件に加えれば、まだいくつか手はあるが…、選択肢の限られる未転生の現状では、もう奇抜な作戦は残っていない。


「ボクとしても、正攻法での真剣勝負は望むところです。さぁ師匠! 覚悟してください!!」

「それじゃあいくよ~。 …はじめ!!」


 自分の師匠の首を嬉々として狙う、物騒な弟子との勝負がはじまる。


「たー! ふっ! はぁ!!」


 気のせいか、足運びや技のキレが増している気がする。まぁレベルも順当に上がっているだろうから不思議ではないのだが…、なにか特訓をしていると見るのが自然だろう。


 問題は、純粋な剣の特訓か、俺への対策としての特訓かだ。後者はまずないだろう。これだけ毎回エモノを入れ替えてきたのだから対策のとりようがない。つまり可能性として高いのは自分を強化する特訓。それならば対策はだいたい決まってくる。


「ふっ! ツケヤキバで倒せると、思うなよ!!」

「なんの! ツケヤキバも、馴染めば立派な刃です!!」


①、まずは安全マージンをとって、紙一重の攻防をさける。油断大敵。"ない"と思っていた技に不意打ちされるのは絶対に避ける。


②、交戦距離に変化をつけてペースを乱す。本当にあるかは知らないが…、慣れない秘策は、それだけミスをする確率が高い。あせって空振りしてくれるのが理想だ。


③、体をぶつけて、さらにペースを乱す。体術スキルをとっていないのでダメージこそないが、当たり判定はたしかに存在している。とくに相手は得意な中距離での勝負に持ち込みたくて仕方ない。そこへ絶えず距離での揺さぶりをかければ、精神的な消耗は激しくなる。


「チッ! しつこく喰らいついてくるか」

「そう何度も! 同じ人に! 負けるわけには! いきません!!」


 距離を乱す作戦は、読んでいたと言わんばかりに対応してくる。もしかしたら特訓内容は"近距離や遠距離への対応"だったのかもしれない。


「まぁいい、次で終わらせる」

「はい! 望むところです!!」


 一度距離をとってから一呼吸おいて…、一気に距離をつめる。


 まずは射程の長いスバルに先制攻撃のチャンス。しかし、それは分かり切った攻撃であり、慣れた短剣での受け流しをミスするほど、俺は素人ではない。


 しかし、相手もすれ違い様の斬撃が容易く決まる相手でもない。当然のように体を返して躱すスバル。しかし! これが俺の狙いだ!!


 もらった!!


「ひゃん!!」

「ひゃん?」

「勝負あり! 勝者、セイン!」


 スバルなら死角からの攻撃を、見ずに回避してのけるのは予測できた。それならその攻撃チャンスは捨ててしまうのも手だ。


 俺は死角から攻撃すると見せかけて…、そのスキに装備を射程の長い鞭にスイッチした。あとは、まだ"攻撃がとどく距離ではない"と安心している背後に鞭の1撃を叩き込むだけ。


「うぅ、まさか、また鞭を使ってくるなんて…、はー、はー、それに、お尻なんて…」


 上がった息がなかなか整わないスバル。どうやら無呼吸で、返しの一撃に全てをかけていたようだ。もし鞭での奇襲が決まっていなかったら…、やられていたのは俺の方だったかもしれない。




 こうして、今日も際どい戦いをなんとか制した。

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