#095(14日目・夕方・ユンユン)
「「「お疲れさまでした~」」」
「すみません。また足を引っ張っちゃって…」
「気にしない気にしない。マシンスペックもそうだけど、魔法使いなんて、どこも最初はこんな感じだから」
夕方。収録も終わり、ミコトが話しかけてきた。
彼女はマジメなのにゲーム好き。脱線しがちなPTをいさめたり、知識面でサポートしてくれる頼もしい人材だ。しかし、使っているVR機の問題で要求スペックの一番低い魔法職しか選択の余地がなかった。ただでさえ反応が悪いのに、転職するまで魔法は使えない、ステータスも実質初期値のまま。これでは戦闘面で足を引っ張るのは仕方ない。
「"マジックシューター"が使えればいいんだけどね~」
「はぁ~、便利な救済アイテムがあるのに、使えないのはモドカシイわね…」
気怠いノリで話しかけてきたのはアルミ。
彼女はかなりライトではあるものの、L&C経験者なので、初心者ばかりのPTを戦闘面で引っ張ってくれている。ファンクラブ会員にはもっと詳しい人や強い人もいるのだが…、彼らはあくまで裏方。動画内では存在しないものとして…、本当に危ない時以外はフォローしない事になっている。
まぁ、これも動画やアイドルを長く続けるための秘訣だ。ファンとは遠からず、近からず、程よい距離感で不可侵の線引きは厳守する。若いアイドルは目先の反応や同世代のアイドルを意識すぎて、過剰にファンサービス合戦に陥りがちだが…、それではファン間で格差がうまれたり、最悪事件に発展する場合だってある。
話はそれたが、彼女たちの程よい知識と、程よい戦闘力は動画に上手く貢献している。これは経験談だが…、こういう事はガチな人に頼むと高確率で失敗する。結局、最速攻略を目指しても動画的にはあまり面白くならないのだ。それよりも、もっと私たちが、笑ったり怒ったり、失敗したり成功したり、そういう過程を売りにしていく方が万人受けする。
「まえまえから聞こうと思っていたのですが、そのマジックシューターとは何ですか? 名前からして魔法関係の装備のようですけど…」
「えっと、マジックシューターは、…。…。」
あいかわらずマイペースなのは小麦。
それくらい調べておけよ! と思ってしまうが、動画的には彼女は逸材と言わざるをえない。基本的に面白系のゲーム実況者は、攻略法を調べない。普通なら空いた時間に攻略サイトを見て、隠しアイテムの位置などを調べてしまうが…、それでは動画は盛り上がらない。効率重視のプレイは、一部の既存プレイヤーにはウケるが、実際には視聴者のほとんどが未プレイユーザーであり、謎解き要素にちゃんと悩む姿や、道化師のように程よく失敗してオチをつけるのも必要なのだ。
ちなみにマジックシューターとは、魔法攻撃が飛び出すマジックアイテムだ。見た目はマスケット銃だが…、射出されるのは鉛玉ではなく、速射系の魔法で、属性は購入時に4種類から選べる。
魔法使いになれば同じ魔法が装備を選ばず使えるので、対応した魔法を覚えるまでの繋ぎアイテムなのだが…、それ以外にも大きな欠点がある。マジックシューターは、あくまでマジックアイテムなのでMPさえ消費すれば誰でも使える反面、魔法関係のステータスの影響を受けない。つまり、魔法攻撃力をいくら上げても攻撃力は一定なのだ。だから、高いわりにお世話になるのはほんの僅かな期間に限られる。したがって、資金を融通してくれる仲間がいる場合や、転生後のお助け装備の位置づけとなっており…、間違っても初心者がいきなり買える価格設定ではない。
結局、お助けアイテムはあっても、買う資金がないのだ。そして、資金が揃うころには…、もう魔法使いに転職しているだろう。
「そういえば…、スバルお、さんは、今日はいらっしゃいませんでしたね」
「え? あぁうん、そうだね。特訓したいって言っていたし、仕方ないんじゃないかな?」
話の途中で飽きてしまい、他のことに気が行ってしまう小麦。彼女は本当にマイペースなので、興味のないことに対する集中力は小学生並だ。
「ははは、セインって人、本当に強かったからね~。負けていられないって思ったんだよ~」
「いや、あの人は、レベルも装備も違い過ぎましたので、勝てる相手では…」
「そういう問題じゃないんだよな~」
「そうなんですか?」
まるでイベント戦闘で強制敗北したかのように受け止めているミコトに対して、アルミは負けた本当の意味を理解している。
セインの強さは知識や装備だけでは埋められない。才能・努力・そしてゲームに時間をさける環境。すべてを惜しみなく費やして、はじめて立てる場所であり…、その倍率は1万分の1に相当する。MMOの頂点は、その1万人に1人の逸材が何人もあつまり、血で血を洗う争いの末に決まる修羅の世界なのだ。
当然、凡人には理解も及ばない世界なのだが…、私みたいにゲーム歴が長かったり、スバル君のように才能のある者には、その差が理解できてしまう。
「そう言えば…、あのセインって人はどうしているのでしょう?」
「あれ~、ミコがすすんで男の人の話をするなんて~、ぐしし~」
「茶化さないの。でも、本当に珍しいわね」
ナチュラルに話す3人を尻目に、撤収作業をすすめるファンのお兄ちゃんたちの動きが一瞬止まる。付き合いの浅い私たちにとっても、"小麦が男性を気にかける"という行為はそれくらい衝撃的なことだ。
「わ、私を何だと思っているのですか。私だって、殿方の名前くらい、覚えられます!」
「「いや、そこまでは心配していない」」
さすがは小麦! 撮影中でなかったのが非常に残念だ。
「ただ…、あの人、どことなく覚えのある雰囲気をしていましたので。それが気になって…」
小麦の感性は独特のものがある。あのビーストをお姉様と呼ぶのは彼女くらいだろう。ちなみに…、私はお姉様と呼ばれたことはない。
いや、私にそういう趣味はないので全然OKなんだけど…、でも、あの筋肉ダルマに負けたと思うと、ちょっと…。
「それなら、リアルでセインお兄ちゃんに会っているのかもね」
「え、いやどうなのでしょう…、私、殿方との接点は…」
「そう言えば女子校だったわね。それじゃあ…、妹さんの方かも」
「はい?」
「いや、セインお兄ちゃんには妹がいるから、そっちと知り合いなんじゃない?」
「あぁ、あぁ~、なるほど、なるほど…、…。」
ぶつぶつと呟きながら会話の途中で去っていく小麦。
余計なことを口走った気がしなくもないが…、発してしまった言葉は戻らない。
私はこの事を"気づかなかったこと"にして記憶から抹消した。
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