#093(14日目・午後・セイン2)
「つきました。港町アーバンです」
「うにゃ~、潮の香りが…、するわけないか」
「仮想空間だからな。しかし、結局ほとんど馬車が使えなかったのは誤算だったな」
昼すぎもすぎ、俺たちはやっとの思いでアーバンにたどり着いた。
時間がかかった理由はいくつかある。馬車が初期状態で移動速度が遅かったとか、人目を避けるために徒歩も併用したなど色々あるが…、1番の大きな理由は、やはり一瞬で移動できてしまう転送サービスとの認識の差だろう。
今までお金さえ払えば一瞬で特定の場所まで行けたのが…、今はお金がかからなくなって任意の場所に自由に行けるようになった半面、移動にタイムロスが発生するようになった。いくら早く移動できると言っても…、〇でもドアと自動車では比べるべくもない。
「それで、これからどうするにゃ? すぐに"海底神殿"に行くかにゃ?」
「アーバンに来たら、まずは"本日の特産品"をチェックだろ? 王都は、なんか居心地が悪いから…、しばらくコッチで活動するのもアリだしな」
自警団のトップは別にしても、連中は基本的に正義のために活動している善人だ。ゆえに一般PCや自警団の下っ端にとって、俺たちが王都襲撃事件で活躍した英雄である事実はかわらない。避けて行動するのは考え過ぎな気もするが…、どうにも今の王都の雰囲気は肌にあわない。このまま新しい自警団の方針が王都で受け入れられるようなら、活動拠点を変えるのも考慮に入れておく必要があるだろう。
「決まりましたね。猫は1人で海底に沈んでいてください。私は兄さんと2人きりで、その、で、ででで…」
「アイにゃんは、ときどき自分で言って恥ずかしくなるのにゃ。あと、ときどきブラコンがガチすぎにゃ」
なんだかんだ言って仲良しな2人を無視して、俺はアーバンに並ぶ露店をチェックして回る。
アーバンはイベントや特定のアイテムを集めるために一時的に利用するだけの街であり、水棲特攻装備を揃えているPC以外は、まず定住する旨味はない。露店の数も王都とは比べ物にならないが…、買い付けに来る商人などはそれなりにいるらしく、NPCが販売する期間限定商品を転売する露店の割合が多い。
「あんたら、見ない顔だな。イベントアイテムをとりに来たなら、俺たち商人から買うのが手っ取り早いぜ!」
すれ違った商人風のPCに声をかけられた。アーバンにはアーバンの魅力があるが…、やはり本格的に稼ごうと思うと人口の多い街が1番であり、ココで活動している時点であまり期待はできない。しかし、なにも効率だけが全てではない。王都ではスキルの自動決済機能を利用してオートで販売するのが基本であり、こうやって商人の方から声をかけられる機会はない。
「そうだな、それじゃあ…。…。」
観光がてら自分で集めるのもいいが…、やはりザコから手に入るドロップは割高になっても買った方が早い。多少の金銭的なロスはあっても、俺たちなら空いた時間でもっと効率のいい狩りができる。
それに、こういうクチで稼ぐタイプの商人は人脈があって、レアな商品も融通してくれる。普段来れない場所だけに、代理で買い付けを頼めるツテは確保しておいて損はない。
「よし、それじゃあ御代は…、70kだ。端数はマケといてやるよ!」
「それじゃあ、御代の代わりに"コレ"なんてどうだ? ココなら捌きやすいと思うけど」
「ん? って! [コボルトの魔結晶]じゃねぇか!? これじゃあこっちが得しちまう」
俺が出したのは[コボルトの魔結晶]。効果は水棲特攻なのでココでは人気の高い商品になる。王都を散策していると、こういう用途がピンポイントなアイテムは捨て値で露店に並ぶこともあるが…、ココでは需要の高い商品であり、安定した価格が付けられる。多分だが取引価格は100k弱、少なくとも70kで買うのは不可能だろう。
「代わりと言ってはなんだが、コッチ産のレアで欲しいものが出たら確保して欲しい。もちろん色は付けさせてもらう」
「へへっ、そう言う事か。ソレならコッチも願ったりだ。俺の名前は"草餅"だ。連絡は…。…。」
草餅と連絡先を交換する。これでアーバンに足を運ぶ回数を減らせるし、在庫の魔結晶をさばいた上に、現金も使わずにすんだ。金銭効率はともかく、時間効率は充分プラスになっただろう。
「兄さん、なにか良いものは手に入りましたか?」
「あぁ、面白い装備を持っていたから、つい買ってしまった。ほら、[ショートフック]だ」
[ショートフック]は短剣カテゴリーの鎌で、ダメージ判定は刺突のみなのに刺突スキルが放てない変則装備だ。槍に[バトルフック]という兄弟武器もあるが、どちらも特殊能力に特化しており攻撃力はあって無いようなもの。特性は攻撃ヒット時に相手に吸着して、一定時間相手の姿勢を崩したり距離を調整できる。実戦で使われることは滅多にないが、一応、タンク役がタゲを抱える時などに使われる。
「それで、どっちが装備するにゃ? やっぱりタンク役のアイにゃんかにゃ?」
「いや、しばらくは俺が使う。タゲの調整はコレじゃなくても出来るし、もしやるならエンチャントして強化する必要がある」
「そうですね。兄さんにお任せします」
結局、その程度の装備だ。一応、コレを使った特殊な型も存在しているので、今回はそちらで調整してみるつもりだ。
その後も3人でアーバンを見てまわった。
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