#090(13日目・夜・セイン2)
「あの! セインさんですよね?」
「いえ、人違いです」
「えっと、私です。ラナハです!」
うん、知ってる。最近、完全にこのカエシが板についてしまった。
「兄さん。この女は何ですか…」
凄い形相で問いかけてくるのは我が妹。アイは人付き合いが苦手で、知らないPCに話しかけられただけでも不機嫌になる。特に相手が女性だった場合は、いつもこんな感じだ。
そして…、ウチの飼いネコは目を背けて他人のフリをしている。この2人、同じ人見知りなのだが、それに対しての対応が真逆をいっている。
「自警団の伝令役のラナハだ。レイがハブられて、今はこの子が代わりを務めている…、らしい」
「セインさん、なんですか、この女」
「貴女こそ!」
「「 ………。」」
「まてまてまて!!」
しまった、ラナハもアイと同じで、好戦的な人見知りだった!
無言で武器をかまえるアイを、あわてて制止する。
「兄さん、どいてください、そいつ殺せません」
「落ち着け、2人とも、話せばわかる!」
「いえ、セインさんに妹がいることは知っています。説明は不要かと」
「知ってるなら聞くなよ!!」
なんなんだこの2人。性格も似ているし、意外に気が合うかも? なんて思っていた自分がバカみたいだ。同族嫌悪なのか…、まさかここまで相性が悪いとは思わなかった。
「それで、自警団の狗が兄さんに何のようですか?」
「 ………。」
「えっと、ラナハさん?」
「"さん"は不要です。用件と言うか、見かけたので声をかけただけです」
「そうですか、それでは用件も済んだことですし、お引き取りを」
「さっきから、なんですか貴女は!」
「貴女こそ!!」
なんなの、この2人。あと、ニャン子がさっきからずっと他人のフリをしていて、ムカつく。
「ラナハ、頼むから妹を刺激しないでほしい」
「私は! いえ、私としたことが取り乱しました」
「いや、こちらこそすまない。ウチの連中は俺も含めて、致命的に社交性が欠落しているんだ」
「そ、そう、ですね…」
フォローのしようもないと言った表情のラナハ。これに関しては、もう、どうにもならないので許してほしい。
「それで、本当に声をかけただけなのか? こちらも時間が惜しいから、ないなら…」
「待ってください! その、2つだけ…」
「ん?」
「 ………ッ」
アイが険しい表情で睨みつけているが、今度はギリギリのところで堪えてくれたようだ。
「いま、セインさんに悪い噂が立っているのはご存知ですか?」
「あぁ、セクハラ疑惑だろ?」
「はい、それで…、自警団でも問題になっているんです」
「いや、ん? あぁそういうことか…」
「はい?」
「いや、続けてくれ」
新団長は、事実無根の言いがかりだから協力するなら擁護する…、みたいなことを言っていたが、実際はまったく信じていなかったようだ。あるいは、従わなかった事に対する報復か。現状では判断できないが、これは本当に、自警団との付き合いは終わりかもしれない。
「えっと、今までの自警団の活動はNPCやPKをする人たちを阻止するものでしたが…、これからは狩場でのマナーやオープン会話のマナー、それに…、セクハラなどの迷惑行為も取り締まろうって話が出ていまして…」
「それで、掲示板?などでセクハラ疑惑がかけられている俺をマークしようってことか?」
「まだそこまでは決まっていませんが…、自警団の中には、セインさんが自分の立場を利用して…、その…」
「俺はこれでも、恋愛否定派なんだがな…」
そもそも相手が本当に女性かどうかもわからない世界だ。別に自分が面食いだとは思わないが…、性格だけで相手を好きになれるほどロマンチストではない。
「私も! セインさんがセクハラをするような人だとは思っていません。でも、最近、団の中にも過激な意見の人が増えて…」
「増えたっていうか、過激な連中だけでギルドを構成したんだろ?」
「それは…」
「兄さん、騙されてはいけません! ソイツも、同じ思想の連中です!!」
「アイ!」
「うぅ…」
「ラナハは結局ギルドに入ったのか?」
「え、はい。でも、最近分からなくなって…」
「ん?」
「私も! 最初は迷惑なことをするC√の人たちや、自分だけが楽しければソレでいいって人たちが許せなかったんです。だから自警団に入って、それで…、私ももっと厳しくした方がいいって思っていたんです…」
「 ………。」
「でも、実際にそういう方針になったら…、その…、怖くなって。本当にこれでいいのかなって…」
「なるほどな。ラナハは"スタンフォード監獄実験"を知っているか?」
「はい?」
「何の変哲もない一般人に、囚人役と看守役を演じてもらい、その経過を観察する実験だ」
「えっと、どこかで聞いた気がします。たしか…、あまりに役に成りきってしまうから、途中で中止したとか…」
「そう、実験は2週間を予定していたが、あまりにも看守役が役に入り込んで、しだいに暴力までふるうようになった。結局、実験は1週間もしないうちに中止になったが…、俺は今の自警団も同じ状況だと思っている」
「そんな! 私たち、そこまでするつもりは!!」
「つもりはなくとも…、人は本質的に環境に流されやすい生き物だってことだ。連中の行動が"怖い"と感じたなら、今後は距離をとることをオススメする」
自分が絶対的な常識、絶対的な正義だと思っている事でも、実はそれは環境にすり込まれた局地的な常識にすぎない。例えば同じ人でも、生活した国や時代背景、あるいは周りにいた人が変われば、違った常識を持った自分になってしまう。常識なんてものは、所詮は自分が置かれた環境での最適解にすぎないのだ。
ラナハはもともと協調性のないタイプだったので、まわりの豹変ぶりについていけなくなって気づけたが…、普通は気づかないうちに変わってしまうもので、具体的に誰かに命令されたとかでもなく、環境が人を変えてしまうのだ。
「その、すこし、考えさせてください…」
「そうしてくれ。ところで…、あと1つは何だったんだ?」
「えっとそれは…、その…(もじもじ)」
「ん?」
「 ………。(ギロリ!)」
聞けば、ラナハの用件は、盾の使い方を特訓したから、もう1度見てほしいと言うものだった。
俺はその申し出を…、丁重に断って、3人で普通に狩りをつづけた。
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