#088(13日目・番外編・ツバサ)

「それで、ここに来たという事は…、もう吹っ切れたと受け取ってよいのだな?」

「ん~、そうなのかな? 少なくとも、前みたいに思いつめてはいない、かも」

「そうか、まぁよい」


 陽も沈み、静けさを取り戻した道場で向かい合う。生徒さんたちはもう帰り、普段なら消灯している時間なのだが…、今日はボク…、じゃなくって私のお願いで、お爺ちゃん…、じゃなくって師範に残ってもらった。


 この雰囲気も久しぶりだ。昔は毎日続けていたのに、いつの間にか今の生活が当たり前になっていた…。


「それで、久しぶりに稽古をつけてもらいたくて…」

「 …まっておれ、今、巻き藁を用意する」

「え、いやそこまでは! それに私は…」

「かまわん。夜中にこっそり振っていたことは知っておる」

「え、あぁ…、ごめんなさい」

「べつに謝る必要はない」


 どうやらこっそり素振りをしていたのはバレていたようだ。


 私は幼いころから師範に剣の手ほどきを受けていた。ウチは剣道場を営んでいるので、当たり前にも思えるが…、実はそうではない。


 ウチ、羽島剣道場で教えているのは、あくまで礼儀作法と体づくりを目的とした今風の"竹刀稽古"だ。師範はもともと古流剣術の使い手だったが、このご時世、真剣の使い方を教えるのを生業にやっていくのは大変で…、自分の道場を持つにあたって、竹刀の使い方を教える剣道家の道を選んだ。


 しかし、その羽島剣道場も、あと何年続くか分からない。お父さんは準師範ではあるものの、家族を養うためにサラリーマンの道を選んだ。たぶん…、あとを継ぐことはないので、師範が引退したら、この道場は終わりになる。


「さぁ、用意できたぞ。いまさら言うまでもないが、くれぐれも気はぬくなよ」

「はい!」


 真剣を手元に置き、巻き藁の前に正座する。


 私は羽島剣道場の"生徒"ではない。羽島剣道場は、あくまで竹刀を教える剣道場であり、真剣の使い方は(2人の例外を除いて)教えていない。


 そう、私は師範の直弟子であり、剣道ではなく、真剣を振るうことを想定した剣術を教えられた。とはいっても私は師範の跡を継ぐことはない。私は…、"女にしてはそこそこ才能がある"だけに過ぎず、体格や腕力では到底、男の人には敵わない。柔よく剛を制すなんて言葉もあるが…、私の体躯が"剣を振る"あるいは"人に教える"のに適さないのはかわりない。


 結局のところ、師範は私に、"護身のため"に剣術を教えたのだ。それこそ柔術とか、もっと護身に適した術を会得していたなら、そっちを教えたと思う。


 竹刀を使った剣道は、体づくりや礼儀を教えるのには適しているが、護身術には向かない。当たり前だが、剣道は竹刀を持っていることが前提であり…、とくに女子剣道は男子のように無理やりにでも勝ちに行く泥臭さがない。もちろん人それぞれだが、やはり女子は体格の問題から優雅さや技の練度を重視する傾向が強く…、間違っても竹刀を持たずに殴り合うなどの荒っぽい事は教えてもらえない。


 そんなわけで、部活も剣道部ではなく陸上部を選んだ。正直に言うと、ちょっと腕試しで剣道の試合に出て見たかった気持ちはあるが…、剣道と剣術は似て非なるモノ。別に陸上が嫌いだったわけでもないし、競い合いたい気持ちは陸上で発散することにした。


 心の整理がひとしきりついたところで、真剣を手に、立ち上がる…。


 日本刀は迷いがすぐに太刀筋にでる扱いの難しい武器だ。半端な覚悟で放てば…、自分さえも傷つける。


 まぁ、これは師範の教えなんだけどね。


 微かな掠れる音とともに、ゆっくりと鞘から刀身が解き放たれ…、刀身にうつる道場の灯りが、ゆっくりと滑っていく…。


「   はっ!!」


 放った斬撃の余韻をかき消すように、流れる動作で納刀する。


「うむ、見事に…、なまっておるな」

「うぅ~、もう少しいけると思ったんだけどな…」


 巻き藁はなんとか両断できたものの…、切り口はブレている。1年前の私には、とても見せられないシロモノだ。


「だが…、1年ぶりにしては充分だ。正直なところ、斬り損じることも覚悟しておった」

「いや、まぁ…、そうだよね…」


 1年前の事件以来、私は剣を捨てた。結局、学校もやめることになって、私の生活は本当に一変した。


 しかし…、またこうして剣を握っている。我ながら本当に自分勝手だと思う。あの時は"2度と剣は握らない"と誓ったのに…、今はその時の気持ちは薄れ、ゲームで魔物や…、人にまで剣を向けている。


「うむ。切っ先はブレておったが、心に迷いはないようだな。それで翼よ、お前さんはどうしたいのだ?」

「えっ、いや、その…」

「歯切れが悪いな。ハッキリせい!」

「はい! その、勝ちたい人がいて、いやその、ゲーム内なんだけど…、ごめんなさいごめんなさい! 不謹慎なのは分かっています! でも、手も足も出なくって、それでそれで…」


 気が動転して、自分でも何を言っているか分からない。あんな事件をおこしておいて、剣をとった理由が"憧れの先輩にかまってほしかったから"なんて言えるはずもなく…。


「おちつけぃ! オマエがゲームをやっているのは前から知っておる。そもそも…、アレを買ってきたのはワシだ!!」

「え!?」

「ふん! そういうことだ」


 若干ほほを赤らめてそっぽを向く師範…、ではなくお爺ちゃん。


 私にVRやL&Cをすすめたのは愛花なのだが…、あの向井愛花が兄以外に気を使うことは考えにくい。おかしいとは思っていたのだが…、どうやらお爺ちゃんが裏で糸を引いていたようだ。


「その、ありがとう…。お爺ちゃん!」

「ぐふっ!」

「ぐふ?」

「なんでもない! しかし、ゲームとは言え、翼を負かすとは…、ソヤツはそれほどの実力なのか?」

「え、あぁ、うん。むちゃくちゃ強いよ。それに…、すごく実戦向きで、型破りなんだ!」

「なるほど、向井の嬢ちゃんみたいなタイプか」

「え、あぁ…、そうだねぇ…」


 いや、その嬢ちゃんのお兄さんなんだけど。


「それで、手も足も出なくて、もう一度鍛え直す気になった、と」

「 …そうなります」

「よし! そうと決まれば特訓だ!! 相手のエモノはなんだ!? 背格好は!? 次は確実に仕留めるぞ!!」

「え、えぇ!!?」


 驚くほどやる気に満ちたお爺ちゃん。いや、師範なのかな? よくわからないが、私よりも熱くなっている。


 本当は、もっと精神的な部分を鍛える予定だったのだが…、予想以上に実用的な特訓が出来そうだ。




 そんなこんなで、私は今一度、自分を鍛え直すことにした。

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