#074(11日目・番外編・チヒロ)

「千尋くん、おつかれ…」

「あぁ、おつかれさまです、サクラさん。来ていたんですね」


 VRゴーグルを外して、車イスに乗り換え…、資料の山に埋もれているダラしない恰好の女性のもとへ向かう。


 この気怠い感じの白衣の女性は、乙女おとめ秋桜こすもすさん。本人がキラキラした本名を気にしているので…、サクラさんとアダ名で呼ぶのがルールだ。


「ちょっと資料を纏めにね~」

「手伝いましょうか?」

「もう終わるから大丈夫」


 どうやら机の上に積み上げられた資料は処理済みのようだ。サクラさんは見た目こそ…、いや、私生活もダラしなくて介護が必要だと思えるほど問題のある人だが…、研究者としては優秀で、実力主義の局長が何処かの研究所から引き抜いてきた逸材だ。


「サクラさん、お昼は食べましたか?」

「? …あ、うん、食べた…、よ?」

「なるほど、ゼリーで済ませたわけですか。手伝うので、終わったら一緒に社食に行きましょう」

「うぅ、なんでバレちゃうのかなぁ…」


 この人、本当に私生活はダメダメだ。とくに朝が致命的に弱く、毎朝起こしにいかないと夕方まで寝ている始末。ウチの会社みたいに社員寮が併設している研究所でないと、勤務不可能だっただろう。


「あ、この資料って…」

「あぁ見てしまったんだね。フフフ…、キミはもう、生かしては…」

「へんな言い回しはよしてください。これくらいの機密なら自分も知っています」


 そう言えばサクラさん、ちょっと雰囲気がニャン子に似ている気がする。まぁ、サクラさんの運動神経はご臨終しているので間違いなく別人なんだけど。


 資料は…、俺と同じモニターの成果に関するレポートだった。


「あぁ、そう言えば千尋くん」

「はい?」

「局長が終わったら連絡してくれって言っていた…、気がする」

「えっと、思い出してくれたことは褒めておきます」

「えっへん!」

「皮肉ですけどね」

「うぅ…」


 こんなんでもこの人、俺の上司だったりする。まぁ、前の上司は威張るばかりで何もしない人だったので…、サクラさんが上司になってくれて本当に感謝している。まぁ、つけあがりそうなので本人には言わないけど。


「ちょっと連絡してきます」

「はぁ~ぃ」


 内線で確認すると…、どうやら急ぎのようではないらしく、"食事ついでに少し話がしたい"とのことだった。


「ん~、珍しいですね…」

「どうしたの?」

「いや、局長が夕食ついでに話がしたいって」

「?」


 サクラさんは他人に無頓着なので気にしていない様子だが…、局長は仕事人間ではあるものの、仕事とプライベートはキッチリ分ける今どきの仕事人間だ。


 まぁこのパターンなら、あの話で間違いないだろう。


「あぁ~、もう1つ忘れてた」

「はい?」

「例の企画、やっぱり千尋くんでいくことになりそうだから~、覚悟しておいてね」

「ぐっ、やはりやるんですね。目立つの、好きじゃないのに…」

「はじめからそう言う契約だからね~」

「はいはい、わかってますって」


 そんな愚痴をこぼしながらも、書類を手早くまとめて、社食へ向かう。





「 …それでだ、娘が動画デビューしてしまったのだよ。このまま全世界に娘の可愛さが知れわたるようになったら…」

「はぁ…」


 局長を加えて、3人で食事をしながら話を聞く。


 予想はしていたが、やはり娘の話だった。局長は優秀な人だが、親バカが過ぎる部分があり…、娘の話になると手が付けられない。


「動画って~、歌とか歌ったり、レビューするヤツですか? サングラスかけてオフ会するやつ」

「いや、VR限定だ。さすがに顔を出すと色々と問題があるからな。娘にも確りクギをさしてある」

「え、それって…」


 顔出ししていないのにそんな心配をする必要はないと思うが、親バカこの人に言っても無駄だろう。


 局長の娘とアイは歳が近いらしく、その縁で何度か相談をもちかけられた。


「はぁ、こんなことなら呼び戻すんじゃなかった…」

「いや、局長が娘に会えないのが寂しいって言ったんじゃないですか。いいんじゃないですか? 娘さんだって考えて行動しているでしょうし。下手に手を回しても嫌われるだけですよ?」

「そ、それは困る!」


 まぁ、もう手遅れなんだけど。


 局長は、自分の娘に悪い虫がつくのを嫌がって、全寮制のお嬢様学校に娘を送り込んだ。その甲斐あって娘は見事に男が苦手になったが…、ついでに自分も嫌われるオチ付きだ。まぁ寮のことがなくても、思春期の女の子が父親を邪険にするのは、よくある話なので心配はないだろう。


 ちなみに今その娘は、家に戻って一般の女子校へ通っているらしい。と言うか、アイと同じ学園だ。アイもそうだが、"家から1番近い女子校"と言うだけの理由で選んだ学校なので、見事にカブってしまった。


「 …。…ですから、顔出しやプライベートなことを話さないように注意しておけば大丈夫ですよ。最悪…、成績をチェックして、下がったらヤメさせるって手もありますし」

「なるほど! さっそく成績の統計をとって、動画出演における成績の変動をレポートにまとめよう!」


 そう言うところが娘に嫌われる原因だと思うのだが…、正直に言って全く興味がないのでクチは出さない。


 俺はこの後も部屋に戻ってL&Cの続きをする予定なので…、早く話を終わらせたいだけだ。


「ちなみに娘さんは、なにをやってるんですか~」

「(こらコスモス! 余計なことを聞くな!!)」

「ん? もちろんL&Cだ。あれならいくらでもコネがきくからな。私の権限でいくらでもログを参照できる」

「局長、それは職権乱用です。もしやるなら…、やったことは絶対に自分には話さないでくださいね」

「ははは、さすがは向井くん、人類を最も殺した男は伊達じゃないね」

「ぷぷぷっ」

「いや、まぁ…」


 そろってニヤニヤ、悪い笑みを浮かべる2人。2人は成果さえ上げれば内容は気にしないタイプであり、結構ウマがあうようだ。


 まぁ俺も、耳ざわりを追求した理想論や道徳を振りかざされるよりはよっぽどマシだと思っているので…、ある意味同類なのかもしれない。




 結局その場は、"ゲーム内で娘の面倒を見てくれ"の一言を何とか回避して、その場を後にした。

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