#072(10日目・夜・セイン)
「 …そんなわけで金銭効率は良さそうだから週末まで通ってみるつもりだ」
「なるほど、これなら週末の売り上げは期待できますね」
「今週の午後はインできそうにないから、そっちは兄ちゃんにまかせるにゃ~」
夜。狩りに出かける前にギルドホームで軽く会議をしていた。焦点となっているのは、キラービーのドロップを利用して作った[毒針]だ。
[毒針]はCランクの短剣なのだが、Cランクの短剣の中では攻撃力が最下位。しかも刺突のみで、斬ることができない。コイツの存在価値は名前のとおり追加効果にある。そう、追加効果は毒。[毒針]は消耗アイテムを使わずに相手を高確率で毒化させられる。射程が短いことや100%でないなどのデメリットはあるが、武器重量は軽いので気軽に持ち歩ける。それに、メインはあくまで毒のスリップダメージなので短剣系のスキルを伸ばしていなくても使える。効率は悪いが…、これがあれば毒耐性のない魔物限定ではあるものの一方的に倒せてしまう。
最終的には価値が暴落して捨て値で取引されるようになるが…、サービスがスタートして間もない現状では、追加出費無しで厄介な魔物を倒せる[毒針]の需要は高いと予測できる。まず間違いなく売れるだろう。
「それで、予定していた"炭鉱"の攻略はどうしますか?」
「それは予定通り行く。[毒針]なんてネタ装備だ。やはり"アレ"は、なんとしても確保しておきたい」
消耗品の出費を嫌がるPCは多いが、それは逆に非効率だ。[毒針]のモトをとるのに数百体も魔物を狩る必要がある。しかも射程や確率を考えると[毒瓶]の下位互換でしかない。そもそも毒で倒すこと自体、致命的に非効率なのだ。
そもそも毒は即効性がないので対人でも滅多に使うものはいない。1つ利点があるとすれば、使っていると嫌でも毒関係のスキル経験値が稼げる点だろう。手に入るものは手に入れておきたくなるのが人のサガ。気分転換に毒系スキルも習得しておきたいという…、コンプリート欲?を満たすための装備だ。
「そう言えば兄ちゃん。自警団の依頼はいいのかにゃ? C√の過激な連中も狩る必要があると思うけど…」
「あぁ、自警団はギルドの設立でバタついているのか、依頼は来ていない。過激な連中は…、しばらく好きにやらせてやるつもりだ」
「まぁ、兄ちゃんがいいって言うなら、それでいいにゃ~」
最近ニャン子が、行動方針を俺に丸投げしている気がするが…、それはさて置き、自警団の依頼は結局いまだにゼロ件のままだ。レイも書き込みをしてくる気配がないので、このまま新体制が決まるまで、主だった活動はないのだろう。
詳しくは知らないが、商人狩りや兵士狩りは、散発的ではあるがまだ続いているようだ。幸い、件数が少ないので市場には大きな混乱はない。結局のところ、転生1回目のハードルは低い。√さえ確定させてしまえば、あとはコツコツ条件や称号を集めていけば済む話しで…、どこかの誰かみたいに、最初の1週間で転生までに必要な条件を殆どそろえてしまう必要はないのだ。つまり、今の状況がL&Cの"日常"であり、過剰にNPCを狩るPCを制裁しようとする動きこそが"異常"なのだ。
もちろん、なかには面白半分にNPCを乱獲したり、PKに執心するPCもいるので油断はできないが…、まぁしばらくは様子見でいいだろう。現在の情勢はL√有利。むしろC√に協力したいくらいの状況だ。
*
「おぉ、けっこう賑わってるにゃ~」
「一応、ダンジョンだからな」
やってきたのは"アルバの炭鉱ダンジョン"。鉱物などがドロップする炭鉱系ダンジョンの中では最も難易度が低く…、6時代は見事に過疎っていた。しかし7に移行して資産が初期化された今は見事に賑わいを取り戻している。
出現する魔物は"ゾンビワーカー"と呼ばれる炭鉱夫ゾンビと、"モール"と呼ばれるモグラの魔物で…、奥に進むと"ノッカー"や"ブラットフライ"、そして最深部にはボスも待ち構えている。
「兄さん、1階は混雑しています。私たち"だけ"で2階へ行きましょう」
「猫もいるにゃ?」
「?」
「そうだな、今更モールを狩っても意味はないだろう」
「スルーされたにゃ」
1Fはモールがメインで、少量ではあるがワーカーも出現する。
モールは[毛皮]や[モールの爪]を落とすが…、爪で作れる装備は[バグナウ]であり、そのランクはすでに卒業している。
モールはノンアクティブという事もあり、俺たちは完全に無視して2Fへ向かう。
「よし! やっと新装備の披露の時にゃ!」
「ゾンビワーカーはアンデッドなので特攻は乗りませんよ?」
「ま、まぁ、基本アタックも上がっているから充分強いにゃ!」
正直なところ、ニャン子の新装備である[ブラッティファング]は便利だが…、それほど優先するべきものではない。しかし、現実問題として物事には順序がある。いきなり都合よく必要な強力装備が手に入るほど、現実はトントン拍子に出来ていない。
「なんだか2階も結構混んでいるな。まぁドロップを考えれば当然か」
「そうですね。とりあえず奥へ進みましょう。最悪、3階で狩る手もありますし」
2Fはゾンビワーカーが大量に沸く。攻撃力と体力はソコソコ高いが、足が遅く、攻撃モーションも分かりやすいので、よく見ていれば回避もしやすい。推奨レベル30の魔物の中では狩りやすい部類だろう。
だが…。
「おい、そこのキミ、後ろも気をつけろよ」
「へ?」
たまたますれ違ったPCが、背後をとられていたので声をかけたが…、やはり気づいていなかったようだ。
攻撃力と体力は高いので、処理に手間取っているとオカワリがどんどん追加される。人の多いダンジョンは回転が速いので、クリアリングが済んだ場所でも安心はできない。油断していると、あのPCのように突然スポーンした魔物に奇襲攻撃を決められてしまう。
「まぁ、忠告はしたからな。成仏してくれ」
「すでにセーブポイントで蘇生してるけどにゃ~」
死んだプレイヤーがリスポーンを選択すると、デスポイントに残っていた光が消滅する。PTで行動していれば仲間に蘇生してもらうことも可能だが…、デスペナは等しく払うので、このランク帯ではわざわざ高価な蘇生アイテムを使う者はいないだろう。なにせ…、入り口のNPCに話しかければセーブポイントとして登録できるのだから。
「PTメンバーはいないようだな。それじゃあ…、ありがたくタゲを貰いますか」
「ついでに先ほどのPCの遺品も貰っておきます」
「ショッギョムジョにゃ~」
フリーになったワーカーを手早く処理する。この程度の相手なら1対1でも余裕なのだが…、ダンジョンは時として信じられないほど魔物が一ヶ所に溜まる、いわゆる"モンスターハウス"が発生する。数十体のワーカーに取り囲まれれば、俺でも無事ではすまないだろう。
「兄さん、先ほどのPCのドロップに[鉄鉱石]が10個ほどありました」
「あぁ…、アイツ、今ごろ発狂しているだろうな」
ワーカーのアンコモンドロップは[鉄鉱石]であり、各種金属製品の素材に幅広く使える。ほとんどのPCがコレを目的に集まってくるといっても過言ではない。
結局その日は、2Fと3Fを往復する形で、時間いっぱいまでワーカーを狩って狩って、狩りまくった。
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