#071(10日目・午後・セイン3)

 やってきたのは"アルバの草原4"。ここは開始当初からこれる雑魚エリアで、ノンアクティブの飛行型モンスター"パピヨン"が配置されている。


 パピヨンは名前のとおり蝶の魔物で、イベント交換用の収集品や回復アイテム、料理系の合成素材の[蜜]や、魔法使い系の防具の素材に使われる[艶やかな糸]、おまけにこのランクでは珍しい属性素材である[風の欠片]もドロップする、金銭的においしい魔物だ。


 しかし、パピヨンを狙うものはそれほど多くない。理由は3つほどある。

①、湧きが微妙に悪い。1度倒すと再出現までにクールタイムがあるので少し狩る分には問題ないが、本格的に狩ろうと思うと効率が悪くて嫌になる。


②、回避能力が高く、攻撃が当たらないのでストレスが溜まる。飛行系の魔物の共通の特徴だが、体力や防御力が低いかわりに回避能力が高く、ステータスが低いうちは本当に当たらない。


③、飛んでいるのでリーチの短い武器だと、射程外から一方的に攻撃を受ける。もちろん常に高高度にいるわけではないが、やはりテンポが悪いと効率は落ちるし、なにより狩っていてストレスが溜まる。


 それでもパピヨンを狩りに来るPCが途絶えることはない。攻略サイトで情報を見ると、回避以外のステータスは軒並み低く、ドロップも豪華なことから効率を計算していないPCは挑戦しに来る。


 しかし、飛行系の真の価値は別にある。こいつらは"技"のステータスをひたすら上げていく製造職にはカモなのだ。実際、弓の攻撃が体に当たれば即死で、羽にあたっても回避力を大きく低下させられる。


「さて、それじゃあ軽く肩ならしだ」


 [ウイップ]に持ち替えて近くにいるパピヨンを攻撃してみる。


 バシン! っと鳴り響く甲高い音とともに、赤い状態異常エフェクトを発しながら…、パピヨンはみるみる高度を落としていく。


「さすがに当たったか…」


 俺は"技"に殆どポイントを割り振っていない。それでもレベルはボーダーをこえているので、体にこそ当たらなかったが、レベル補正でなんとか羽には当てられた。


「よし、この調子なら…、今日中に"次"にいけるな…」


 ぶっちゃけパピヨンはただの肩ならしだ。この程度の相手なら、わざわざ自分で狩りに行かなくても、露店でドロップを買えばすむ話。


 それでも戦った理由は、なれない武器で戦う感覚を掴むためのテストであり…、本当の狙いは、さらに上のランクの魔物だ。そちらは慣れない武器で行き成り挑戦しても勝てる保証はない。


 鞭の射程や、攻撃速度、ダメージ量や、武器をスイッチするタイミング。一通り掴んだところで次のエリアへ向かう。





「さすがに人が全然いなくなったな…」


 アルバの山道1。ここからは推奨レベル30オーバーの魔物が出現するエリアであり、物見遊山な初心者が気軽に挑戦できるボーダーをこえている。


 出現する魔物はマンティスと"キラービー"。


 マンティスは何とでもなるが…、厄介なのは少数出現するキラービーだ。回避率はパピヨンと同等程度だが、移動速度と攻撃力が格段に向上しており、おまけに毒攻撃まで使ってくる。マンティスに気をとられていると、あっさり背後から辻斬り…、もとい、辻刺しされてしまう。


 したがって、マンティスを素早く処理する殲滅力と、常に周囲を警戒する探知能力が必要となる。




 無心でマンティスを処理していると…、耳に残る不快な振動音が聞こえてくる。キラービーは厄介な相手だが、なにも救いが無いわけではない。


 鳥系の魔物と違って、羽の音が非常に耳につく。俺はすかさず音を意識しながら<マーク>を発動させる。ミニマップの敵マーカーは相手を視認するか、ある程度意識を向けていれば勝手に強調表示されるが…、レベルが低いうちはすぐにロックが外れてしまう。ロックが外れた状態だとスキルやステータスの補正が適用されないので…、<マーク>を発動させて肝心なところで補正が切れないようにしておく。普段は不確かな補正に頼らない戦い方を心掛けているが…、今回は自分の腕を過信せず、頼れるところは頼っていく。


「ちゃんと鞭が当たってくれますように…」


 ボソりとつぶやく。


 キラービーの攻撃を回避する自信がないわけではないが、あまり処理に手間取ると次が来てしまう。慣れない装備で余裕をかませるほど、俺は完璧超人ではない。


 1度、空中で待機してコチラの行動をうかがうキラービー。実際にはそんなことを考える脳は持ち合わせていないが、AIにプログラムされた基本行動が、それらしい行動を再現している。


「 …っ!」


 思ったよりも早い突進に驚いたが、注意していれば避けられないことはない。早いだけで突撃は直線的、槍をよける感覚に近いものがある。そして、攻撃を終えたキラービーは大きく減速したのち、慌てて高度をとろうと上昇する動きを見せる。キラービーの攻撃手段は尻の針であり、攻撃に移行した後は一気に失速する。鞭で攻撃するなら上空に待機している約3秒間か、攻撃後の失速時だろう。


 飛行系の魔物は素早さこそ早いが、攻撃の間隔はかなり長い。秒間ダメージが低いのはありがたいが…、上空に攻撃できる手段がないと処理に手間取り、どんどん追加が来てしまう。確実に初撃をカウンターできる実力がない近接攻撃職だと、それだけで詰みかねない相手だ。


 しかし、焦って闇雲に仕掛けるのは素人のすること。まずは焦らず相手の行動パターンを分析する。慣れない武器、慣れない相手と戦う時は決して欠かせない。


 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。そう言うことだ。




 そして、その後はひたすら作業だった。なれてしまえばむしろカモ。

①、最初の上空待機中は鞭で攻撃して、当たればそのまま落ちたところを一方的に攻撃する。


②、当たらなければ短剣に持ち替えながら攻撃を斜め後ろに回避する。


③、回避した後は、失速したところを短剣で切り伏せる。失速中は回避率も落ちるので余裕で倒せてしまう。


 それを夕方まで繰り返したが…、最後は鞭を切り替えるのが面倒になって、短剣でのカウンター狙い1本に絞っていた。




 つまり…、鞭はいらなかった。

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