#069(10日目・午後・スバル)

「それでスバル、今日も挑戦するのか?」

「あ、はい。もちろん!」


 ユンユンさんのことですっかり忘れていたが…、ここに来たのは先輩と勝負して、先輩の仲間に加えてもらうためだ。


 まぁ、ボクもユンユンさんもゲスト枠とはいえ、自由にココに出入りできるので焦る必要はない気もするが…、やはり居候?と背中をあずけられる戦友では天と地ほどの差がある。


「お~、やれやれ~。ついでに録画もするからな~」

「「 ………。」」

「いや、いいですけどね…、今回のはあまり参考にならないですよ」

「?」


 ユンユンさんは完全に観戦ムードのようだ。


 動画にするとしたら例の戦闘講座に使うのだろうが…、こういうのはある程度戦いを熟知した人が解説しないと、素人にはどこをどう見ていいか判断がつかない。先輩もイチイチ解説したりはしないだろうし…、よくてアイキャッチなどのショートムービー素材だろう。


 いや! 余計なことを考えるのはやめよう!!


 いくら勝利条件を簡単にしてもらっているとは言え、少しでも甘い動きを見せれば容赦なく蹴落としてくる。先輩はそういう人だ。


「それじゃあいくぞ」

「 …え!?」


 構える先輩の手元を見て、思わず目を疑った。そこに握られていたのは、いつもの短剣ではなく…、なんと"鞭"だった。


「どうした? こないなら、こっちからいくぞ!」

「ちょちょ!!」


 充分離れていたはずの距離をものともしない攻撃が襲い掛かる。その間合いはなんと3メートル。当然、鞭なんて相手にしたことはないので、どう対処したらいいか全く分からない。


 パン! という破裂音とともに、音速をこえる打撃が目の前を、本当に一瞬で駆け抜ける。


 しかし、いくら早いと言っても軌道は単調。リーチはあっても距離がある状態なら回避は可能だ。問題は、避けるのに距離をとっていては懐に飛び込めない点だ。一か八かで突っ込んでも、それは先輩も予測しているだろう。鞭はリーチのわりに軽い。槍よりも、とっさの切り返しは早いはずだ。


「そら、逃げてばかりでは勝てないぞ!」

「うぅ、でも! 軌道は見えています!!」


 負け惜しみを言ってみたが…、いまいち良い対処法が思い浮かばない。間違いなく懐に飛び込んでしまえば無力化できるタグイなのだが、1割でもダメージを受けてしまえば負けのルールで捨て身の戦法は使えない。


 ボクもL&Cをそれなりに勉強してきたつもりだが、鞭は趣味武器としてオススメされていなかったので完全に意表をつかれた。確かに魔物相手には微妙なんだろうけど…、このルールでは脅威でしかない。これはどうにもならないかも…。


 いや、弱気になっちゃだめだ! まだ手はあるはず。そこまで強い武器なら、もっと大勢のPCが使っているわけで…、そう! なにか弱点があったはずだ。思い出せ! たしかにボクは攻略サイトで鞭の記述を1度は読んでいる。


「がんばれスバルく~ん、負けても、へんな性癖に目覚めちゃダメだぞ~」


 ユンユンさんが面白半分に声援?を送ってくる。


 別にボクは変態さんじゃないので、その心配は心外だ。まぁ、愛花なら鞭で叩かれたいって言う人は多そうだが…。


 ボクも先輩になら…。


 フュン!!


「おぉ、鞭の攻撃を紙一重で避けるか。さすがだな」


 ごめんなさい。ちょっと妄想していたら当たりそうになっただけです!


 危うく先輩に縛られて、あんなことやこんなことをされる想像しながら逝ってしまうところだった。


「頬が緩んでる。この猛攻を楽しんでいるとか、スバル君もやっぱり武闘派だよね~」


 やめて、見ないで! ボクにそんな趣味はないから!!


「さて、俺もそこまで暇じゃない。逃げ回るだけなら失格にするぞ」

「いえ! 大丈夫です、ごしゅ…、師匠!!」

「「ごしゅ?」」


 大きく息を吐いて、[カタナ]を下段に構える。


 そう、ボクは攻略サイトで鞭の存在を確認していた。斜め読みして"使えない"と判断したのですっかり忘れていたが…、鞭が実戦で使われない理由は3つ。


①、鞭は遠心力を利用する武器で、レベルが上がっても攻撃力があまり増加しない。つまり使えるのは序盤の限られた時期のみなのだ。


②、武器重量も軽いので防具越しにあててもダメージが殆ど通らない。(武器重量が重いほど防御越しに与えるダメージが増加する仕様がある。)


③、耐久値が低く設定されている。とくに革製の鞭は、金属製の剣と撃ち合うと簡単に壊れてしまうくらいに脆い。



 そう! 狙うは武器破壊!!


 あの音速の打撃を…、一刀両断する!!




 意識を極限まで集中させる。


 鞭の打撃は何度も見たので、どれくらいまで加速するかは分かっている。あとは先輩のモーションを見ながらタイミングを合わせるだけ。


 実にシンプルでボク好みだ。


 先輩から放たれる打撃が加速する。


 その加速とは裏腹に…、ボクの認識世界はみるみる速度を落としていく。


 スローモーションで飛んでくる鞭の先端を…、同じくスローモーションの斬撃であわせる。


 パシン!!


 突然鳴り響く破裂音に、ボクの意識が一瞬、眩む。




「残念でした。俺の勝ちだ」

「へ?」


 気づけばボクが手にしていたはずの[カタナ]が消え、かわりに先輩が[カタナ]を持っていた。


「ルールで武器の耐久値を減らなくしたのを忘れたか? 鞭は特殊スキルがあって、当たったモノに巻き付いて引き寄せる事ができる。実際には耐久値やステータスも関係するから、なかなか決まらないが…、耐久値減少OFFで、ステータスも俺が勝っているんだから、打ち合えば鞭スキルの効果が発動する」

「あぁ…」

「それじゃあ覚悟しろ。勝負は先に1割削ったほうが勝ちだからな」


 そう言ってボクにトドメをさそうとする先輩。しかしボクの手にはもう…、武器がない。


「師匠!!」

「なんだ、話術で切り抜けるつもりか?」

「その…」

「?」

「トドメは、鞭でお願いします!!」




 こうして、今日もボクは負けてしまった。

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