#060(8日目・夜・セイン2)

「ちょうど3対3になったな。ハンデなしで悪いけど、後がつかえているんだ。大人しく死んでくれ」

「ザッケんな! こんなところでキルされてたまるかよ!!」

「チッ! 調子にのりやがって。おい、絶対にコイツラを生きて返すな! デスペナなんてどうでもいいが、指名手配は厄介だ!」


 のこり3人と見張り2人。商人狩りは、辺境のNPC狩りと違って粘ると高確率でPCに目撃される。そんなことは常識であり、相手のキレっぷりに少々困惑してしまう。


 それはともかく、このエリアが商人を襲うのに適している理由は3つある。

①、ひと気が少ない事。周辺に目ぼしい狩場がないため他のPCが来ることは滅多にない。


②、見晴らしがよく、接近する馬車や他のPCを察知しやすい。馬車はそれなりの速度で駆け抜けていくので、察知が遅れるとせっかくのチャンスをふいにしてしまう。


③、指名手配に必要なNPCが遠い。もし無関係なPCに犯行現場を目撃されても、街やNPCに接触する前に殺してしまえば目撃判定をリセットできる。


「3対3って、まだこっちには2人いるんだぜ? ちょっとはデキるらしいが調子にのりすぎたな!」

「それは、むこうにいる2人が来るまで持ちこたえられればの話だろ?」

「なっ!?」


 スライディングをするように低い姿勢で一気に懐に飛び込み、股間を切り裂くように[バンク]で相手の体を真っ二つに切り上げる。


 クリティカルの裏テクニック。急所に攻撃を入れて、そのまま体まで一気に切り裂けば、防具の防御判定を回避して大ダメージを叩きこめる。


「な! 短剣で1撃とか、どんな火力してんだよ!?」

「よそ見はいけないにゃ!」

「「なぁ!?」」


 狼狽えているスキをついて、すばやくニャン子が相手の背後に回り込む。


 相手も慌てて振り返るが、素人連携の弱点。奇襲に対して、全員で反応してしまったり、逆に誰かが対応してくれるだろうと思って誰も対応しない…、なんて事がよくおこる。


「まったくです」


 今回は両方振り返ってしまい、アイがすかさず片方の後頭部をフルスイングで打ち抜く。


 残った1人もニャン子と俺の挟み撃ちで、即座に体力を削りきってやった。




「恐れいった、見事な手際だな」

「まさか俺たちがつめる間に4人とも倒しちまうなんてな。ひよっこどもにも経験をつませるつもりだったが…、裏目にでちまったな」


 ひと足遅れて見張りに出ていた残りの2人もやってきた。これがアニメや漫画なら、ご都合主義の瞬間移動で窮地にカッコよくわって入る局面だろうが…、現実はそう都合よくはいかない。


 はじめから相手が駆けつける速度を考慮しての速攻アタックだ。これに上位の移動スキルなしで割り込めるなら、それは間違いなくチートで、通報すれば相手を無期限のアカウント停止にできるだろう。


「よく逃げなかったな。間に合わないのは見てすぐわかっただろうに」

「そうなんだが…、まぁ後輩を見捨てるわけにもいかないからな」

「ここで見捨てたらデスペナだけでなく指名手配でキャラデリ不可避だろ? さすがにそれじゃあ寝覚めが悪い」


 のこりの2人は妙に落ち着いている。どれくらいの順位かは分からないがランカーと見ていいだろう。


「なるほど、にゃんころ仮面と…、名前は忘れたが、なかなかの手だれらしいな。Lにしておくのは惜しい」

「おいおい、こいつら、つまらない小競り合いで√落ちしたらしいぜ? 王都のまわりをウロウロしているザコなんて見捨てりゃいいものを」

「ん? もしかしてお前ら、俺を煽っているつもりか?」


 俺たちはL√のガチ勢として名を売っている。表向きは、初心者のために√落ちしたってことになっているが…、本当はPKをする口実に助けただけにすぎない。それを知らない2人は話術で平常心を崩そうとしてきたわけだ。


 実際には、√落ちは予定通りであり、何とも思わないのだが…、ちょっとくらいは動揺しておいたほうが真実味があったのだろうか?


「なるほど、吹っ切った後だったか。まぁいい、自己紹介をしておく。俺の名は"バハム~チョ"。聞き覚えくらいはあるよな?」

「うわ~、はじまったよムーチョさんの勝利宣言! 名前を名乗った以上、確実に仕留めないと指名手配されるからな!!」


 "指名手配=ゲームオーバー"では無いものの、こういうノリでPKを楽しむヤツは少なからずいる。まず間違いなくPK専門のプレイヤーだろう。


「お前は名乗らないのか?」

「よしてくれよ、俺はそんなガラじゃない。まぁでも、名前がないのも不便か? それじゃあ一応、"丸"と名乗っておくか。正式なキャラネームは俺に勝てたら教えてやるぜ!」

「そうか(どうでもいい)」


 バハム~チョは確か中堅ランカーだったはずだ。戦闘スタイルまではわからないが、タイマンならニャン子といい勝負ができるくらいの腕前だろう。


 丸の正体は不明だが、雰囲気からしてバハム~チョと同等のランクなのだろう。


 先ほどの流れで俺たち3人もランカー級であることは察したはずだが…、中堅ランカー2人でこの余裕。なにかしらの奥の手を持っていると見ていいだろう。


「「 ………。」」


 お互い、ジリジリとスリ足で間合いを調整していく。さすがのアイも嫌な気配を感じ取ったのか慎重だ。


「ヘケケ、まずはタンクからいただき!」


 丸が<毒瓶>でアイを毒状態にする。紫の泡のエフェクトで、アイに継続ダメージが発生していることが見て取れる。嫌らしい策だが、防御重視の盾持ちを削るには有効な手だ。


 なるほど、毒使いか。


 すかさず俺はアイにアイコンタクトをおくる。


「どうやら[毒消し]は持っていないみたいだな。不用心だぜ? 狩場的に必要なくても、念のために異常回復は常備しておくもんだ」


 毒を回復しないアイを見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる丸。アイは好戦的な性格だが、バカでも無ければ戦闘狂でも無い。安い挑発には乗らないし、何より俺の指示を見逃さない。


 PT会話なら相手に聞かれる心配はないとはいえ…、どうしても会話という行為は脳内のリソースを消費してしまう。その点、俺たち兄妹なら視線を合わせるだけで瞬時に意思疎通が可能だ。




 相手はよほど自信があるようだが、ここからはお互いの手札の読み合い。すこしは骨のありそうな相手で楽しめそうだ。

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