#061(8日目・夜・セイン2)
「どうやら[毒消し]は持っていないみたいだな。不用心だぜ? 狩場的に必要なくても、念のために異常回復は常備しておくもんだ」
「なるほど、経費を度外しして搦め手で戦うタイプか。これは毒以外も警戒しておいたほうがよさそうだな」
「ご名答! 俺は様々な方法で相手を揺さぶっていくのが得意なのさ!!」
とりあえず話を合わせてみたが…、この雰囲気なら毒以外の搦め手を仕込んでいる可能性は低いだろう。いくらスキルを無制限に覚えられるとはいえ、実戦で複数の小細工を駆使するスタイルは完成が非常に遅い。そして何より、この手のスタイルの最終奥義は"ブラフ"だ。スキルでも装備でなく、話術で相手を追い込んでいく。
まぁ、連携しだいでは結構面倒になるのだが…。
「短剣使いか。丁度いい、男の方は俺がもらう。女は任せていいか?」
「あいよ~、まぁ任せとけって!」
どうやら、バハム~チョは同じ短剣使いの俺とサシで勝負したいようだ。本来なら相手の誘いにのること自体愚策なのだが…、今回はあえて誘いにのっておく。スバルにしろ、ある程度本気をだせる相手は貴重だ。同じ短剣使いなら…、何か得るものがあるかもしれない。
まぁ、相手も同じことを考えているだろうけど。
「2人とも、そっちの毒使いは任せた。適当に付き合ってやってくれ」
「はい、おまかせを」
「まぁ兄ちゃんがそう言うなら」
ニャン子は少し不安そうな表情だが、アイは落ち着きはらっている。わざわざ言葉にしなくても意思疎通できるのは俺たち兄妹の強みだ。
「さて、時間もおしい、そろそろはじめるか」
「そのまえに1つだけ。提案にのってくれたことに感謝する」
「名前は面白いのに、根はマジメか」
「ふっ、小学校のころにウケたネタをいまだに引きずっているくらいにはマジメさ」
「お、おう…」
なんなんだコイツ…。
相手のペースにのせられつつも、俺とバハム~チョは場所を移しながら仕掛けるタイミングを探り合う。
L&Cに限った話ではないが…、対人専門のPCは個性的なヤツが多い。純粋に対人戦闘に特化するガチプレイヤーばかりと思いきや、特定の武器やロールプレイに特化して新たな奇形戦術を編み出してしまう異常者の巣窟。そもそも、ゲームのメインシナリオを無視して"殺し"に人生を浪費している人種だ。まともな思考回路を持ち合わせているわけがない。
「「 …はぁ!!」」
挨拶代わりに派手に刀身をぶつけ合う。特に意味はないが…、しいて言えば無駄なお喋りで狂った調子を切り替えるためだ。
最初は細かい攻撃で牽制しあう形から入っていく。柔道に例えれば、帯の取り合いに近い状態だ。お互い、素早さを重視して最低限の防具しか着こんでいないので、間合いの探り合いが重要になってくる。
「なるほど、強いな。これは学ぶものが多そうだ」
「アンタこそ、防具に頼らない短剣の戦い方を知っている。俺から教わる事なんて無いんじゃないか?」
妙に謙虚な姿勢で話しかけてくるので、どうにもやりにくい。丸のようにブラフで相手の行動を抑制しようとする気配は感じられない。純粋に強いヤツとの戦いを楽しんでいる雰囲気だ。
「そうでもないさ。実際、ジリジリ押されているのはこっちだ。アンタ、防御が上手いな。てっきりフルアタッカーかと思ったが、どうやらカウンター型のようだな。勉強になる」
「そうかい。まぁ盗みたかったら、ご自由に。盗み終わるまで…、ライフがもてばいいけど…、なぁ!!」
勘違いされがちだが、短剣は突き詰めれば防御もこなせる万能武器だ。ほかのゲームは知らないが、L&Cではスキル無しでの武器パリィ(受け流し)が可能になっている。つまり攻撃速度の速い短剣はパリィに要する切り返しも早いのだ。もちろんタイミングや武器重量の制限があるので、ゼロダメージの完全なパリィを決める難易度は高いが…、重い攻撃なら避ければすむ話。相手の装備にあわせて回避とパリィを使分けられる短剣は、上級者の間では"防御重視装備"にカテゴライズされている。
「ぐっ!! どうやら出し惜しみしている余裕はなさそうだ。それならコレは…、どうかな!!」
「なるほど、<二刀流>か。やり込みご苦労様」
短剣は、全武器カテゴリーの中で、もっとも<二刀流>の解禁難易度が低い。これによって不足しがちな攻撃力を手数で補ったり、片手で攻撃をパリィしながら逆の手で攻撃を入れるといった運用が可能になる。
「ここからが本番だ! さぁ、この俺に! 死線の先にあるものを、見せてみろ!!」
「なるほど、
突然声を荒げて、高速の斬撃で強引に押し込んでくるバハム~チョ。
繊細だった攻撃が、打って変わって荒々しい力押しにかわる。どうやらコレがバハム~チョの奥の手だったようだ。普段は謙虚な姿勢でセーブしつつ、ここ一番で感情を爆発させて戦う豹変型バーサーカー。<二刀流>による攻撃速度と感情の変化で相手を翻弄していき、変化に戸惑う隙を突いて一気にたたみかける。
「どうした! 余裕がなくなっているぞ!! アンタの実力はそんなものか!!?」
「そうでもないさ。むしろ今の方が戦いやすくなったくらいだ」
「強がりを!!」
まぁそう思うのなら、どうぞご勝手に。
実際のところ、数ある型において<二刀流>が最強とは決まっていない。実際、リアルの剣術では"突き詰めれば一刀流の方が強い"とさえ言われている。
結局のところ<二刀流>はそれだけ扱いの難しいスタイルであり…。
「おいおい、だんだんキレがなくなってきたぞ?」
「くそ! こしゃくな!!」
攻撃のキレは落ちるばかり。<二刀流>をこの短期間で習得したのはいいが…、肝心のステータスが追いついていない。<二刀流>はSP消費の激しいスキルであり、頼りすぎれば自分で自分の首を絞める諸刃の戦術だ。
SP(スタミナポイント)は全ての行動で一定量消費される。いくら軽い短剣とは言え、ここまで激しい連撃を繰り出せば、あっという間にSPは尽きてしまう。その欠点を短剣使いの俺が知らないはずはない。幸いココはひらけたエリアで、いくらでも下がって回避できる。
つまり、押されていたのではなく、押されているフリをしてSPがつきるのを待っていたのだ。
「おわりだ!」
「なんの!!」
「ねばるね。それじゃあ…、コレはどうだ?」
「なぁ! <二刀流>だと!?」
「いつから俺が、一刀流だと勘違いしていた?」
アクセサリー2にセットしておいた[スティレット]を左手に装備して…、今度は俺から仕掛けていく。あれだけ荒々しかったバハム~チョの斬撃も、SPがつきてしまえばどうしようもない。
「くっ、そう言う事か…。アンタ、はじめからこの展開が読めていたな!?」
「ご名答。まぁ、頑張った方だと思うよ? これに懲りずに、また挑みに来てくれ」
「ハハッ、その時はまた頼むぞ!」
完全にSPがつき、防御もできずに切り刻まれるバハム~チョ。しかしその顔には苦痛や後悔はなく、清々しい笑みが浮かんでいた…。
「兄さん、どうやら終わったようですね」
「あ~、なんかごめんにゃ。空気読めずに倒しちゃったにゃ」
「いや、こちらこそ悪かったな。わざわざお膳立てしてもらって」
アイとニャン子は一足先に丸を倒していた。
アイは商人であり、とうぜん解毒アイテムは持っていた。しかし、あえて解毒はせずに食糧を食べて毒のHP減少をおさえる策を"とってもらった"。そこには相手を油断させるための意図もあったが…、1番の理由は、バハム~チョと俺が一騎打ちに専念できる舞台を整えるためだ。時間を稼ぎたかったのはむしろコチラ。
丸は、あえて2人を相手にして毒で時間を稼ぎ、バハム~チョが1対1で心おきなく戦える局面を作る作戦だったようだが…、そもそもアイのサブウエポンは[クロスボウ]。つまり逃げ回る相手への攻撃手段はあったわけで、しかも性格的にアイにブラフは通じない。最初から圧倒的に有利だったわけだ。
まぁ、結局ニャン子が空気を読まずに、足をいかして速攻で倒してしまったようだけど…。
「それでは…、次を仕留めにいきましょうか」
「さすがはアイにゃん。まだやる気だったにゃ~」
「まぁ行くのはいいが…、ってそう言えば、丸の名前って結局なんだったんだ?」
「あぁ…、まぁあれにゃ」
「聞かない方がいいかと」
「お、おう…」
そう言われると逆に気になってしまうが…、どうやら本当にくだらない名前だったようだ。
その後、俺たちは別のポイントに向かったが、さすがに撤収したあとで…、結局その日は近場で適当に狩りをして終わった。
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