#056(8日目・午後・スバル)
「おぉ、スバル君よくやった! これで仕上げにはいれる!!」
「えっと、がんばってください」
夕方、ボクはユンユンさんに会って動画に出演する話をしていた。
とは言っても動画のメインは後輩3人であり、ボクはオマケにすぎない。だけど問題はそこではない。ユンユンさんが本当に喜んでいるのは、正式な協力者として先輩の言質を取り付けてきたところにある。
「実はオープニングとか細かい部分はもう作ってあるのよね。編集が無駄にならなくて、本当によかった…、本当に…」
しみじみウナだれるユンユンさん。よく知らないが動画制作は本当に大変なようだ。
「えっと、ところで3人の方はよかったんですか?」
「あぁ、あっちは大丈夫。一応、チラッとこの前の風景を出すけど…、第一話はプロモーションみたいなものだから。3人が登場する本編は2話以降になるかな?」
「なるほど…」
「週1話を予定しているから3人の方は、まだ余裕がある感じ。そっちも、どう見せていくか悩ましいところだけど…、こっちに比べれば前例がある分まだマシよ」
「なるほど…」
なるほど、としか言えない。なんとなく大変そうなのは分かるが、動画に詳しくないボクには具体的な苦労はまるで想像できない。
そんな話をしていると、ユンユンさんはボクと話しながらも指で宙をなぞりはじめた。もしかして…。
「あぁ、ごめんなさい。いてもたってもいられなくって」
「あぁ、ぜんぜんいいです。ボクも気がきかなくって。その、がんばってください、動画制作」
ユンユンさんは遊びで動画を作っているわけではない。もちろん楽しむ気持ちはあるだろうが、ゲームをするのも動画を作るのも、生活のためにやっていること。気分がノラなかったからといって休めるものではない。
「そう言えばスバル君はこのあとログアウトするだけなのよね?」
「はい、いつもはこの時間くらいまで狩りをしていますね」
別に、夜間学校に通っていることを秘密にしているわけではないが…、やはり口にするのは気が引ける。ボクも通いだす前はあまりいいイメージはなかった。
実際に夜間学校に通ってみると、いろいろな人がいて、意外に雰囲気がよくて驚いた。考えてみればそうだ。さまざまな理由はあるにしろ…、社会にでてから、あらためて自分の意志で勉強をしたいと考えた人たちが集まる場所だ。昼間の学校と違ってギスギスした感じが全くない。
1つ問題があるとすれば…、みんないい歳なので学校帰りに先生も含めて飲み会へいく流れになりやすいところだ。もちろん無理に誘われることはないのだが…、ボクだけ不参加なのはやはり申し訳ないと思ってしまう。
「悪いんだけど、時間の許すかぎりでいいから、ちょっと編集に付き合ってくれる?」
「それはいいですけど…、ボク、何もできませんよ?」
「だいじょうぶ、作業はあくまで私がやるから。スバル君は私が悩んだ時、率直な意見をくれればそれでいいから」
「はぁ、それなら…」
黙々と作業をはじめるユンユンさんの隣で、ボクは攻略サイトを開いて狩場情報をチェックする。
「スバル君って、もしかしてVRをはじめたのは第7世代になってから?」
「はい、だから他のゲームや前のバージョンのL&Cはよく知らないんです」
たしかVRのベース規格が統一されて、少ないデータ量で、高い品質のサービスが利用できて、なおかつ他のソフトとも連携できるようになったとか…。
「前はログインしたまま編集作業はできなかったし、こうやって…、編集中の画面を他の人に見せることもできなかったわ」
そういって例の動画のオープニングを見せてくれるユンユンさん。見せてもらったのは一部だけだが、シンプルな作りながらも戦闘の熱さが伝わってくる。
「へぇ、それって、例の襲撃事件の時のですよね? なんだか手に汗握りますね」
「ありがと、まぁ半分はオープニング詐欺なんだけどね」
考えてみれば映像で活躍している先輩や猫耳のPCは動画の本編には出演しない。一応ユンユンさんも戦闘には参加しているけど…、それらしいポーズをとっているだけで連携らしいことはしていない。
「えっと…、言われてみればオープニングの雰囲気と、本編の内容が全然違いますよね」
「こっちのオープニングはどちらかと言えばL&C既存プレイヤー向けかな? ガチな人たちから見ても、見ごたえのある内容に仕上がっていると思うんだけど?」
「はい、とくにこの人数差をくつがえすところが。細かい技術もさることながら、セインの強さと、手に汗握る緊張感が伝わってきます」
「そうそう、最初はインパクトが大事だからね。まぁ場合によっては詐欺だって叩かれるかもしれないけど…、それでも動画が話題になってくれればオツリがくるわ」
少し悲しい顔で語るユンユンさん。動画投稿者としては、純粋な面白さで勝負したいが…、悪目立ちする形で動画をアピールすることも時には必要だ。たとえ批判的な人が相手でも再生数が伸びれば広告収入は同じように増える。長い目で見ると手放しでは喜べないが、短期的にアピールするには有効な手のようだ。
「その、結局はそのあとの頑張りしだいじゃないですか? ボクもできる事は協力しますから!」
「そうなのよね。うん、スバル君、これからもよろしくね」
「はい!」
こんな言い方をするのは失礼かもしれないが…、ユンユンさんは思った以上に普通の人だ。人前ではアイドルを演じているが、根はマジメで、ちゃんと気遣いもできる。
ボクのイメージは、もっとこお~、高飛車でチヤホヤされている感じだけど、ユンユンさんはそのイメージとはまるで違う。ちゃんと苦労して、ちゃんと努力をしている。つい応援したくなる感じの…、普通の人だ。
こうして僅かながらも動画制作に協力して、その日は解散となった。
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