#054(8日目・午後・セイン2)
「いやいやいやいやいや! せん、じゃなかったセイン! ボクがセインに勝つなんて不可能じゃないですか! それともなんですか? マンガみたく、攻撃を当てることができたら勝ちとか、円の中から一歩も出ずにって感じのやつですか!?」
面白いように驚くスバル。普段は澄ましているが、やはりコイツ、根っこの部分ではノリがいい。後輩に付き合っていたのも、嫌よ嫌よと言いつつも心の深いところでは楽しんでいたのだろう。
俺も男だからそう言うの、わかるぞ? 別に自分自身はハシャぎたくないのだが、そう言う雰囲気に混ざっているのはちょっと楽しい、そういうの、あるよな。うんうん。
「もちろんハンデなしだ。条件は同じだから勝てないってことはないぞ」
「いや、理論上はそうでも、積み重ねてきたものが違いすぎます。運でなんとかなる問題じゃ…」
「なんだ、やる前から諦めているのか。なるほど、それなら勝つのは不可能だな」
ああは言っているが、実は剣の腕だけ見ればスバルは俺と同等かそれ以上だ。たぶんリアルで剣道の勝負をしたら俺より強いだろう。
しかしそれはあくまでリアルの話。ゲーム内の処理は現実とは微妙に異なるし、ゲームならではのテクニックもある。
つまりスバルは、ゲームの感覚やテクニックを完全に覚えてしまえば、1対1で俺に勝つだけの実力を、すでに持っているわけだ。
「ぐっ…、わかりました。胸をかりるつもりでいかせてもらいます。詳しいルールの説明を」
「よしよし、そうこなくっちゃな。ルールは…
ギルドマスター権限でホーム内の設定を変更して、[戦闘:ON]、[ダメージ:ON]、[残りHP表示:ON]、[装備耐久減少:OFF]、[死亡:OFF]に設定するから、
お互いフル装備で戦い、先にHPを1割以上削る攻撃をくわえたほうが勝だ」
「なるほど、それならボクにも勝ち目がある」
ようは先に有効打を入れれば勝ち。それこそ奇抜な動きで意表をつくだけで勝てる。
スバルの剣はお綺麗なところがあって、有利な行動を着実に積み上げていく傾向がある。もちろんそれは悪い事ではないが…、もうすこし発想に柔軟性が欲しい。
L&Cの対人戦は、道場に通って徹底的に基礎を叩き込むリアルの剣術とは違い、奇抜な我流戦法が非常に多い。実際の戦闘も、条件はあってもルールはない。とうぜん審判なんていないので邪道まがいの奇形戦法が横行している。
スバルには、ゲームならではの仕様だけでなく、対人の青臭い戦い方を、もっと学んでほしい。
「挑戦は1日1回、昼のこの時間でどうだ?」
「はい! お願いします!!」
「さて、何日かかるか楽しみだな」
「ふふ、まるで負けるのが待ち遠しいみたいですね」
「当然だ。本気を出せる相手が身近にいれば、もっと強くなれるからな。それに…」
「?」
「剣の腕だけで決まるほど、L&Cは甘くないぞ?」
「なるほど、それは楽しみですね!」
お互い武器をとり、酒場のフロアーで睨み合う。
さながら酔っ払いのケンカだが、もちろん二人ともシラフ。見た目は酒場でも、二人の中ではリングであり、試合会場だ。
「さぁ、タイミングはそっちにまかせる。自分のタイミングで仕掛けてこい」
「そうですか。ではお言葉に甘えて…」
目を閉じ、相手の目の前で堂々と精神統一をはじめるスバル。
やはりスバルは試合ナレしている。焦って作戦を練るでもなく、闇雲にしかけるでもなく、選んだのはまず落ち着くこと。綺麗な剣術のスバルにお似合いの選択だ。
1分だか5分だか、長い沈黙のあと…、金属のこすれる音とともに腰に下げていた[カタナ]が鞘から解き放たれる。
スバルのエモノは人気はあるが使いこなすのが難しい上級者向きの軽量片刃剣。中距離での斬撃が強力だが、突きでも当たれば充分なダメージが出る。
これが現実の勝負なら短剣使いの俺に勝ち目はないだろう。
「そろそろか」
「はい、いきます」
中段の構えのまま、スリ足でジリジリと距離を縮めてくるスバル。
まずは初撃の反応勝負。そこで決まらなければ、つづけざまの連撃で一気に勝負をつける作戦のようだ。
対して俺は構えはしない。しいて言えば[スティレット]を肩の高さまで上げている程度だ。
!!
思ったよりも遠い間合いで、予想を超える速さの突きが真っすぐ放たれる!
俺が絶対の間合いを読んでいると見て、あえて遠い間合いからの強引な突撃。しかしやることはかわらない。
この戦法なら、コンマ何秒の遅れなど関係ない。ただ正面から突っ込むだけだ!!
「甘い!!」
「そんな!?」
勝負は一瞬だった。
たしかにスバルの攻撃は見事だったが、攻撃が素直だったため合わせやすかった。
俺はスバルの斬撃を、短剣で受け止め、そのまま力任せに前に出て肉薄した。あとはそのまま一突きして終わり。かなり強引な勝ち方だが、これ以上ないってくらいにRPGのセオリーを物語る勝ち方だ。
「終わりだ」
「うぅ、まいりました。 …はぁ~。やっぱり強すぎです! いけると思ったんだけどな…」
「下手な小細工に頼らず、反射神経、速度勝負に持ち込んだのはよかったが…、まだ違う武器を相手にするのに慣れていないな。あと、力関係をリアル基準で考えない方がいい。ここはあくまでゲームの中であり、スバルの体格でも"体"に極振りすれば現実の相撲取りを凌ぐ強力な突進が可能になる。短剣だからと油断しているから"当たり負け"したんだ」
リアルの試合なら、よほどの体格差がない限り腕力に大きな差は出ない。体格で言えば俺が有利だが武器自体の重さはスバルが上。
リアルならここまで極端な当たり負けはしないだろうが、俺はステータスポイントを"体"に厚く振っている。正面からぶつかり合えば当たり勝つのは俺で、肉薄した状態で強いのは軽量で素早い短剣だ。
こうして1回目のギルド入団試験は不合格に終わったが…、スバルの表情は、なぜだか晴れ晴れとしていた。
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