#035(6日目・午後・スバル)

「そんな~~!!」

「「ははは…」」


 いやまぁ、予想はしていたけど…、まさかここまで驚かれるとは…。


「うぅ、そんな、ツバサお姉様が、殿方だったなんて…」

「いや、男性アバターを使っているだけで、中身は女のままだから。変な言い方やめてよ」


 土曜日の午後、ボクは中学の頃の後輩とその友達に"無理やり"誘われて、一緒にL&Cをプレイすることとなった。


 しかし、ボクが男性アバターを使っていたことがよほどショックだったのか、ゲーム内で出会って早々、ツムギちゃんを落胆させてしまった。


「そういえば、先輩、一人称が"ボク"なんスね」

「あぁ、うん。アバターにあわせて使っていたら、昔の感覚がよみがえっちゃって。せっかく中学に入って"ボク"を卒業したのに…、またこうしてボクってます」

「ボクってますって…、ボクはいいんですけど、なんで殿方…」

「いやそれは…」

「あぁ、ツムのことは気にしないでください。いつもの病気なんで」

「あ、うん」


 はじめは違和感があったけど、しばらくして昔の感覚がよみがえったのか、今ではログイン中は自然と私は"ボク"に切り替わる。


 心配事と言えば…、そのうち現実でも"ボク"って言ってしまわないかだ。


「あぁ、先輩。私のアバターの名前は"アルミホイル"っス。アルミホイルでもアルミでも、好きに呼んでくださいっス」

「え、あぁうん。私は"スバル"だから」


 あいかわらず八重は独特の感性をしている。いや、ゲーム内だと変わった名前は珍しくない。これでもマシな方だ。


「えっと、私は"ミコト"にしました。コトミがミコトになっただけですけど、よろしくお願いします」

「うぅ…、私は"コムギ"にしました。お見知りおきください…」


 もともとアカウントを持っていた八重…、ではなくアルミは別として、のこりの2人は名前も体格も、現実の姿によせてきたようだ。


 ボクの場合は、最初に現実の体をトレースする機能を使って、ボクそっくりのアバターを作り、そこから性別を変更して、ちょっと髪形やパーツの色を調整しただけ。だから体格はそのままだったりする。


「えっと、それで、何かしたいこととかあるの?」

「あ! そうです、お姉様を探しているのです! お姉様はどこですか!?」

「いや、何度も言っているけど、知らないからね。あと、知っていても本人の了承なしには教えられない」

「うぅ、そんなぁ~~」


 まるで有り金を溶かしたような顔でウナだれるコムギちゃん。


 この子は全寮制の中学で育ったらしく、世間知らずで面白いのだが…、なぜか年上の女性に強い執着を持っている。わかりやすくて嫌いではないのだが…、ボクはこれでもレッキとした女で、憧れている"男性"の先輩だっている。本人はあまり自覚していないようだけど…、ハッキリ言って、もう手遅れなくらいにアレだ。だから仲良くしすぎないよう、注意する。


「まぁまぁ、その話は置いておいて、とりあえず序盤の攻略法を調べてきたので、さっそくレベルを上げにいきましょう!」

「え、あぁうん、そうだね。移動しながら話そうか」


 マジメそうに見えて、意外にゲーム攻略に乗り気なミコトちゃん。わりとお堅い性格のようだが、ゲームは結構好きなようだ。


「それで、どうするっスか? 先輩にあわせるっス」

「いや、ボクはともかく、スタートしたばかりの2人にあわせるべきでしょ?」

「了解っス」


 なんだろう、アルミの言動がパシリっぽい。ボクはそんな風に指導したつもりはないのに。


 本当だよ?


「えっと…、それじゃあキャンプ地の近くでスネークを狩ろうか。あそこなら商人が回復アイテムを売ってくれるから便利だよ」


 私も最初はアソコでしごかれた。いきなり戦うには厳しい相手だけど、倒せない相手じゃない。それに、ゲームと言ってもある程度は本気で挑むのは大切だ。楽しさ優先で自由にやるなら、それはそれで良いと思うけど…、さすがにそんな"お遊び"には付き合いきれない。


「えっと、ちょっとまっててください。オススメリストに無かったので、すぐ調べます!」

「ははは、このエリアだよ~」


 攻略サイトをオープン表示にして情報を確認する3人。余談だが、こういう別のソフトを共有表示できるようになったのは第7世代かららしい。


「え!? ココ、推奨レベル10~20ですよ!?」

「あぁ、そうらしいね」


 攻略サイトの推奨レベルは、ハッキリ言ってアテにならない。なにせ相手の攻撃を避ける反射神経さえあれば、どんなに強い相手でも倒せてしまうからだ。


 30レベル以上のエリアは周囲攻撃もあるので難しいらしいが、逆に言えば初期レベルでも30レベルまでは相手にできてしまう。


「えっと、大丈夫なのですか? 私たち、まだレベル?1なのですけど…」

「大丈夫。ボクも、師匠にソコで鍛えられたから」

「「えぇ…」」


 ちょっと意地悪な気もするけど、少なくともボクは先輩を恨んではいない。むしろL&Cというか…、戦闘ゲームの醍醐味を味わったと思っている。


 もし怖い思いをして投げ出すようなら、彼女たちは最初からこのゲームは向いていない。その時はそれまで。終盤はもっと強大な敵と戦うことになるのに、この程度の相手に文句を言っているようでは…、選ぶゲームを間違えているとしか言いようがない。


 似たような動機でL&Cをはじめた彼女に肩入れしたくなる気持ちはあるが…、ボクはそんなにあまくない!


 この世界はゲームであり、楽しむことは重要だ。しかし! "楽しむ"ことと"ふざける"ことは別物だ。ただ仲間内でバカをやり合いたいだけなら大勢の人が参加するネットゲームは不向きだ。せめて3人で自己完結してくれるなら構わないが…、巻き込まれるボクやお姉様?にとっては迷惑でしかない。


 だからボクは…、やるからにはキッチリやる。付いてこれないなら切り捨てる。なかには皆で仲良く、世界平和みたいな事を言う人もいるけど…、向上心のある者はあるもの同士、無い者は無い者同士でつるんでいるのがお互いのためなのだ。


 そう、それが…、憧れの先輩に教わった大切な教訓なのだから…。




 こうしてその日は、3人の悲鳴を聞きながら過ごした。

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