#033(6日目・午前・セイン)

 その日、L&C7のサービスが開始して、最初の休日をむかえていた。王都アルバは朝から大勢のPCでにぎわい、大通りは行きかう人と立ち並ぶ露店で埋め尽くされていた。


「みんな、C√の連中の妨害に迷惑しているんです!」

「わるいが答えはかわらない。キミたちの活動には協力できない」


 酒場につくと、そこでレイが白ずくめの魔法使いを勧誘していた。俺は他人のフリをして聞き耳をたてる。


「そこをなんとか! 間接的にでもいいので。ディスさんに協力してもらえれば、戦力だけでなく、今よりももっと人があつまります!」


 なかなかの大物が出てきた。


 白ずくめの魔法使いで、名前がディスなら…、美徳の勇者の1人。"白の賢者ディスファンクション"で間違いないだろう。ここで元勇者のアバターを確認できたのは大きい。


「ハッキリ言わせてもらおう。我々6時代の勇者や上位ランカーは…、C√の活動を妨害するつもりはない」

「えっ…」


 驚きの発言に唖然とするレイだが、俺にその感情はない。


「たしかにC√の連中は敵だ。しかし、それはあくまでストーリー上、敵対しているにすぎない。もちろん行く手を阻むなら容赦はしないが…、基本的にC√の連中が事件を起こすのは"容認する方針"だ」

「え!? いや、でも!」

「倒すべき相手がいなければ、戦士は英雄になれない。イベントは一時的に潰されても、日をおけばすぐ復活するだろう? それに重要なNPCはシステム的に守られているから完全に詰むことはない。それよりも…」

「いや、でも、"聖戦"は早くても1年後じゃ…」


 聖戦とは、ほかのMMOで言うところのGvGにあたるシステムで…、細かい部分はかなり違うが、ようは週末の夜に開かれるPC間の大規模な戦闘だ。


 現在は、おたがいの戦力が不十分なので開催されていないが、両ルートの進行度が一定以上に達すれば、次の週末からすぐ聖戦がはじまる。そしてなにより、お互いの√を極めるには、そこでしか入手できないアイテムを集める必要があるのだ。


「それは今の調子でいけばの話だろう? 我々だって本気だ。さすがに半年は厳しいだろうが、8カ月以内を目標にしている。それには…」

「C√の連中にも進行度を上げてもらわないといけない?」

「そういうことだ。別にキミたちの活動を邪魔するつもりはない。しかし、本当の敵は…、いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。とにかく、そう言うことだから」


 蹴落とすべきは"敵"ではなく"ライバル"だ。それが頂点を目指すものの宿命。


 名前はふざけているのに、行動はストイックなPCが俺の横を素通りする。


 ただ、すれ違っただけだが…、体感速度は驚くほど遅く。空気は蜂蜜のようにネットリ重かった。




「ははは、ヘンなとこ見られちゃいましたね」

「まぁ、あれも1つの意見だ。別に悪いことをしているわけじゃないんだから、気にしすぎるなよ」


 当然、レイは俺のことに気づいていた。気まずそうに話しかけてくるレイに俺はフォローを入れる。


 すこし同情する感情はあるが、自警団の活動は俺にとって都合がいい。わりと酷い事をしている自覚はあるが…、俺だってこのゲームを"遊び"だとは思っていない。


 わるいが俺も、お前たちを利用させてもらう。




 あらためて個室に移動して話をすすめる。


「それで、これが[ゴブリンの魔結晶]の代金です。どうぞ」

「たしかに」

「それで、提案なのですけど…」

「?」

「カンパが多めにあつまって、あと200kほどあります」

「それは自警団の運営資金にすればいいのでは?」


 わざわざ余剰金を見せると言うことは、ソレを何らかしらの交渉材料にするつもりなのだろう。あくまで俺は[ゴブリンの魔結晶]を1Mで売っただけ。タダより高い物はないと言うが…、ヘンに欲を出して面倒ごとを背負い込むのは真っ平だ。


 近すぎてもダメ。遠すぎてもダメ。自警団とは、今後も程よい距離を維持していきたい。


「まぁそういわず、セインさんはその資金でギルドを設立するのですよね?」

「えぇ、まぁ…」


 もう、嫌な予感しかしない。


「それで、できればギルドの設立に立ち会わせてもらいたいんです。200kはそのお祝いにしたいと思います」


 予想では、レイ本人か、自警団の団員を何人かギルドに入れろと言ってくるものだと思っていた。


 しかし、レイの提案は驚くほど控えめと言うか…、回りくどかった。ある意味頭を使ってきたとも言えるだろう。


「すみません。リアルの都合もあって、身内で粛々とやるつもりなんです。ですからお気持ちだけ…」

「そこをなんとか!」


 レイ…、いや、自警団か? 連中の魂胆はよめる。


 ギルド設立に大々的に関わって、おまけに出資までしたことにするつもりだろう。そうなれば世間や自警団の下っ端は、俺やニャン子が自警団の一員、あるいは別動隊のように見える。


 つまり外堀を埋めてしまう作戦だ。素直に"ギルドに入れてくれ"と言ってくれた方が、まだ断りやすかった。


「ウチはあくまで身内のためのギルドなので」


 レイには悪いが、ここはキッパリ断る。あまり無下にしているとレイの立場が悪くなるだろうが…


 さすがにコレは譲れない。




 こうして俺は、シコリを残しながらも、ギルド設立の資金を手に入れた。

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