#026(4日目・夜・セイン)

「兄さんも大変ですね」

「まぁこれでも社会人としてはラクな部類だと思うけどな。珍しく辞令が下りたけど…、ん~、抽象的で全然わからないんだよなぁ…」

「それで、どんな辞令だったのですか?」

「それが…」

「おまたせにゃ~」


 アイと酒場でのんびり話をしていると、遅れてニャンコロさんも到着した。昨日の話ではもっと早くログインできると言う話だったが…、なにかトラブルがあって合流がおくれたようだ。


「おつかれさまです。大変だったみたいですね」

「はぁ~、まいったにゃ。突然無茶言われたにゃ~」

「 ………。」


 アイは難しい顔をしているが、おおかた遅れてきたニャンコロさんを責めるべきか労うべきかで悩んでいるのだろう。ココはゲームの世界であり、基本的にはリアルの用事が優先される。だから今日みたいに急に予定があわなくなっても、安易に相手を責めてはいけないのだ。


「そ、その、ニャンコロさんが来たので、今から私は兄さんの、かかか、か…」

「彼女ってことでよろしくにゃ~」

「え? あぁ、今更ですけど、普通に友達とかでよくないですか?」

「な! それはダメです!!」

「そうにゃ、男女が毎日同じゲームでつるんでいるのはデートとおなじにゃ。 兄妹でも結構アウトすれすれにゃ~」

「はぁ、まぁいいですけど」


 別に"妹の友達"でいい気もするが…、そちらの方が自然なのだろう。しょせんは設定で、他のPCから質問された場合の言い訳にすぎない。へんに拘わっても無意味だ。


「それで、今日は何するにゃ?」

「それなんですけど…、とりあえずニャンコロさんの…」

「妹に"さん"付けはおかしいにゃ~」

「え? あぁ、それもそうですね」


 なんだか妙に恥ずかしい。俺の中で、ニャンコロさんはニャンコロ"さん"で定着している。ニャンコロさんは、たぶんリアルの性別も女性、それも年上のような気がする。根拠は特にないが…、1度定着してしまったイメージは、そう簡単には変えられない。つまり、ニャンコロさんの"さん"はお姉さんの"さん"なのだ。


「ぐししし~、もしかしてセイン、じゃなかった、兄ちゃん、テレてるにゃ~」

「いや、そんなことは…」

「第7世代VRの感情表現は凄いにゃ~」

「兄さん! デレデレしないでください!!」

「ぐっ、慣れの問題だから。それよりも話の続きを!」

「はいはい」


 くそぉ、ニャンコロさんが加わってから、徐々に俺の立場が弱くなっている気がする。


「とりあえず昼に2名、C√のPCを狩ってきました。そこで2つ問題が」

「ん?」

「1つは殺人フラグの問題」

「あぁ、にゃるほど…」


 いくら相手がC√プレイヤーと言っても、まだ√が確定していない場合がある。その場合、逆にコチラが指名手配されたり"L√から落ちる条件を満たす"危険性がある。もちろん回避方法はいくつかあるが…、L√PCを装っている俺が、そんな綱渡りなプレイングを積極的に続けるのは不自然だ。


「はい、俺はC√が確定しているので、あまり気にしていませんでしたが、本来はもっと気を使う必要があります」


 一応、兵士に攻撃した時点で相手には"犯罪判定"がついており、殺人を全面禁止している教会系のクエストを受けられなくなる以外のデメリットはないが…、結局、肝心の兵士を守れず、当然クエストも使用不可になってしまう。


「言いたいことはわかるけど、この作戦のキモは"依頼にかこつけてPCをキルする事"にゃ。キルしないで指名手配だけするのだと、さすがに時間の無駄にゃ」


 相手が兵士を奇襲するのに成功しても、それを第三者が目撃しており、その目撃判定を対応したNPCのところまでノーデスで持ち帰れば、相手を指名手配できる。本来、PKへの対策として推奨されているのは、むしろコッチだ。


 しかし、それでは本当にただの慈善活動でしかなく…、報酬は出るものの、やはりその程度のために時間をさく気にはなれない。


「結局、指名手配されていないPCを襲うこと自体リスキーなんですよね。NPCを守りたいなら、NPCの近くで何人かタムロさせていればいい話なんです」

「指名手配を優先するにゃら、NPCはあきらめてもらわないとにゃ」


 正直に言って、考えが足らなかった。はじめての√偽装とは言え…、未転生のうちは、もっと丁寧に立ち回るべきだ。まぁ現状では"うっかり安請け合いをしてしまった"と言えば誤魔化せる段階だ。ここから! 気持ちを切り替えて、本気で騙しに行く。偽装プレイも、これはこれで他では味わえない魅力がある…、と思えてはいる。


「まぁその辺は、依頼主にも相談して決めるつもりなので…、とりあえず今日はPKKは保留にしましょう」

「うぃ~」


「あ、忘れるところだった。あともう1つ。装備の話です」

「あぁ、最初に言いかけてたのはそれにゃ?」


 ニャンコロさんは、初期装備の[ナイフ]を強化して使っている。しかし、対人や今後の戦闘を考えると、装備の更新は必要不可欠だ。


 対人武器は1撃で即死、あるいは局部破壊までもっていけるかが重要になる。特殊能力のない初期装備の[ナイフ]ではいくら強化してもナメプにしかならない。


「ニャンコロさっ…、ってなんで[ナイフ]を使っているんですか? もう、装備の値段も落ち着いたと思いますけど」


 一時は跳ね上がった装備の価格も、今は許容できる範囲におさまっている。それに1人なら別の街に行って装備を新調すればすむ話だ。


「アチシは"拳闘士"志望だから、それまでの繋ぎとしか考えてなかったにゃ~」

「あぁ、なるほど…」


 拳闘士は戦士系の派生職で、名前のとおり拳で戦う。


 つまりニャンコロさんは、強化した[ナイフ]で周辺のザコを狩りながら、戦士レベルを上げて…、拳闘士になってから装備を新調する予定だったようだ。これなら初期装備でも問題ない。


「セ、セイン。それなら"ゴブリン村"へ行くのはどうでしょう?」

「あぁ、あそこなら装備はゴロゴロ手に入るし、[カート]もいかせるな」


 ゴブリン村とは、アルバの森1~3のゴブリンが出現するエリアの総称だ。ノーマルのゴブリンは装備などは持っていないが、奥に行くにつれ上位種の出現率が増し…、そいつらが各種Eランクの装備をゴロゴロ落とす。


 しかし、装備は他のドロップに比べて重量がかさむ。そこで昨日、商人クエストをすすめて手に入れた[カート]が役に立つ。


 [カート]は商人の特殊装備で、ようは拡張インベントリーだ。戦闘用のスキルが存在しない商人は、こういう痒いところに手の届くスキルが多い。


「ん~、[毛皮]が手に入らにゃいけど…、いい加減飽きてたし、まぁいっか? アチシも付き合うにゃ~」

「それじゃさっそく…」

「あ、ちょっと待つにゃ」

「?」

「まだわかんないけど、兄ちゃんには一応言っておくにゃ」


 ニャンコロさんの話では、どうやら近日中に知り合いがL&Cをはじめるそうで…、もしかしたらその手伝いをすることになるかもしれないと言う内容だった。


 正直なところ、俺はエンジョイ勢を装っているだけで、中身は本気で頂点を狙っているガチ勢だ。スバルの時のように、袖すり合った縁で一時的に手助けする程度ならいいが…、リアルの事情を持ち込まれたり、定期的に時間をとられるのは絶対に容認できない。


「べつに、兄さ、セインが直接指導する必要はないのですよね?」

「そうにゃ。アチシもぶっちゃけ断るつもりにゃ。話をしたのは、断り切れなかった場合、しばらくコッチに顔を出せなくなるかもって話にゃ」

「ん~、そうなると…」

「「?」」

「いや、連絡のためにギルドを設立するのがよさそうだなと思って」

「たしかに。アイツラの連絡のこともあるし、あって損はないにゃ~」

「そうですね。ちょっと前向きに考えてみます」


 ギルドを設立するには1Mの資金と、2名以上のギルド加入者が必要になる。露店カートを買ってしまったので資金は若干不足しているが、それでも手の届かない額ではない。


 どうせ現状では資金を余らせておいても、露店に並ぶレアアイテムはたかが知れている。それなら使ってしまうのもアリだ。




 そんなことを考えながら、俺たち3人はゴブリンの出現するフィールドに足を向けた。

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