#027(4日目・夜・セイン)

「兄さん。そういえば…、女性PCに声をかけられたりは、していませんよね?」

「またそれか、ニャンコロさん以外の女性PCとは特に交流はないぞ?」


 アルバの森2。ここには森1にくらべて武装したゴブリンの出現率が増加する。難易度は跳ね上がるが、トッププレイヤーが3人もいれば狩れない相手ではない。



 攻略方法は…、

①、森2の入り口をクリアリングして集合場所を作る。


②、状況を見ながら、俺とニャンコロさんがエリアを巡回して効率よくゴブリンを狩っていく。


③、カート要員のアイが、集合場所に陣取り、手に入れたドロップと回復アイテムを交換する。


④、アイテムが溜まったらアイ1人で街へ補給に戻る。



 つまり殆ど別行動で滅多に言葉をかわすことはない。このPTは全員が前衛なのでこの形が一番効率よく稼げる。


 そして、さすがにその状況に飽きたのか、ドロップを預けるタイミングでアイが話しかけてきた。


「そうですか。それならいいのですが…」

「武器のメンテナンスをするから、ちょっと頼む」

「はい、おまかせを」


 俺は装備の耐久値を回復させるために、アイの横で武器のメンテナンスをはじめる。商人の上位職の"鍛冶師"がいれば一瞬で終わる作業だが…、今はいないので大人しくアイに護衛を頼んで自分でやる。


「やはり、呼び方をかえるのって違和感があるな」


 ぽつりと思っていたことをクチにする。設定では妹はニャンコロさんになっているが…、お互いけっこう設定を忘れて普通に呼び合ってしまう。


「そうですね。そもそもキャラネームは一時的なものなので、それを呼び捨てにしてもあまり意味がありません」


 俺はひと捻り入れているが、アイの場合は、"アイカ"が"アイ"になっただけなのでほぼ変化はない。アイはそもそも俺とペア攻略することしか考えていなかったので…、表記がカタカナやローマ字表記になることはあっても、基本的にアイのままだ。


 結局のところ、俺たちはリアルと同じ"兄さん"と"アイ"の呼び方を通している。


「この呼び方は長い付き合いだからな。ほかの兄妹ってどんな風に呼び合っているんだろ? "オマエ"とか"アイツ"みたいに、すこし突き放した呼び方が多いって聞くけど…」


 ウチは兄妹仲が良い方なので気にしていないが…、基本的に兄妹は仲が悪いことが多いらしい。その場合だと、抽象的な呼び方をするそうだ。


「(かたかた、ふるふる…)」

「ん? どうした、アイ」


 とつぜん震えだすアイ。明らかに挙動不審だ。


「そそそ、その…、アナタ」

「おぅ、メンテも終わったから行ってくる。あとは頼んだぞ、アイ」

「ぐはっ!!」


 突然、顔をおさえてウズくまるアイ。見れば緊急事態をしらせるアイコンも表示されている。


 これはリアルボディーに何らかの異常があった場合に表示される安全装置だ。一応、モニターで不審者の侵入は察知できるはずだが…、たぶん物でも落ちてきて鼻をぶつけたのだろう。


 ダイブ中は基本的に体は動かないが、まれに体が反応してしまうことがある。興奮しすぎて手をぶつけるのはよく聞く話だ。


 しばらく待っているとアイが再度ログインしてきた。


「大丈夫か? 強制ログアウトしていたみたいだけど」

「すみません。ちょっと、鼻血が」

「あぁ、鼻血はナメない方がいい。アバターは見ているから、完全にとまるまで大人しくしていろ」

「はい、お願いします」


 ゲームシステム上、セーフティーエリア外でログアウトしても30秒間、アバターがその場にとどまる。この間に攻撃されると通常と同じようにダメージをうけて、最悪死ぬこともある。


 ログアウトせずに木陰で休むアイ。


 できればログアウトしてほしいが、アイはログインできる時間を削られるのをトコトン嫌う。かわりにそれ以外の時間は学業などに専念する約束なので、俺は何も言わずにアイを守る。


「もしかして、リアルの知り合いがL&Cをはじめたのか?」


 フと思ったことをクチにする。


 アイほどではないが、俺も昔はそれなりにチヤホヤされた時期がある。モテ期と言うやつか? まぁ運動系の部活ではよくある話なので自惚れるつもりはないが…、たまに無神経なヤツが興味本位で家や好みなどを探ろうとしてくる。


 本人に悪気はないのだろうが…、本来、個人情報はそんな軽い気持ちで取り扱っていいものではない。特に俺たちはC√で頂点を目指している。もしランカーの個人情報なんて流出しようものなら…、まず間違いなくリアルで悪質な嫌がらせをうけるだろう。ゲーム内なら俺も簡単に負けるつもりはないが…、リアルの犯罪は一般人の俺にはどうしようもない。


「まぁ…」

「ニャンコロさんもそうだが、7に移行して新規が増えたってことなんだろうな。わかった、気をつけておくよ」

「お願いします。それで…、兄さん、羽島さんを覚えていますか?」

「ハシマ…、すまん、ピンとこない」

「私が通っている道場の娘で、中学の同級生です」

「あぁ、剣道場の羽島か!」


 以前住んでいた家の近くに羽島剣道場という道場があり、アイは剣の手ほどきを受けるために週末はソコに通っている。


 学年が違うので忘れていたが…、たしか中学の頃、スポーツにおけるアイのライバルだった人物だ。


 なるほど、かつてのライバルが…、今は友か。


「そうです。それで色々と乗せられて、L&Cのことを少し喋ってしまって…」

「なるほど、まぁいくら秘密にしても生活や付き合いもあるから完全にってのは、なかなか難しいだろう。なんども言っているが、無理に俺に付き合う必要はない。アイが…」

「いえ! 私が言いたいのはそう言うことではなく…」

「?」

「とにかく、あの女には注意してください! あの女は…、"敵"です!!」

「お、おう…」


 いまだにライバルの関係が続いているようだ。一体なにを争っているのかは知らないが…、とりあえず心の隅にとどめておこう。




 その後は、お互い特に話すこともなく、黙々とゴブリンを狩って狩って、狩りまくった。

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