#020(3日目・番外編・ツムギ)

 放課後、私は学園の隣町にきていた。目的地は"羽島剣道場"。お姉様のライバルの羽島と言う先輩のご自宅だ。


「えっと、たしかここら辺だったと思ったんだけどなぁ…」

「うぅ、緊張してきました。その、羽島さんとは、どんな人なんでしょう? 怖い人でないといいのですが…」

「どうなんだろ? ヤエの話だと、先輩と逆で、面倒見のいい先輩だって話だけど」


 肝心の八重は…、遥か前方で忙しなく走り回っている。


 このあたりは閑静な住宅街で、特に目立った施設はないが…、大きな病院や企業のビルがいくつもあり、意外に財政は潤っているらしい。かく言う私のお父様もこの辺りの会社に勤めている。


「そう言えば、なぜ八重は陸上をやめてしまったのですか?」

「ん~、詳しくは知らないけど…、深い意味はないと思うよ? 実際のとこ、将来陸上でやっていける人って一握りでしょ? 八重よりも早い人はいたし、卒業を期に見切りをつけただけじゃない?」

「その、大変ですね…」


 考えてみれば、スポーツの世界は勉強よりもシビアだ。勉強なら学年で上位をキープできれば優秀と言われるが、スポーツなら最低でも学園で1番。そこからさらに他校の人と競うことになる。


「あったあった、こっちだよ~」

「うぅ、緊張してきました…」

「私も、つか、なんでこんなことに…」

「すみません。私の我がままに付き合わせてしまって」

「いや、半分はヤエのせいって…、別に責めるつもりはないから、気にしないで」


 なぜ羽島さんを訪ねることになったかと言えば、思った以上にお姉様のガードが硬かったからだ。昼食や放課後、お姉様に会おうとしたが…、お姉様は誘いはおろか、手紙さえ目をとおさない徹底ぶり。


 まぁソコがお姉様の魅力でもあり、実際、私と同じようにお姉様に憧れて集まった生徒は他にもいた。なんというか、お姉様は、"そういう人"として皆に受け入れられていた。


 話はそれてしまったが、八重は陸上部時代に羽島さんにお世話になったこともあり…、久しぶりに会いたいと言う話になったわけだ。


「も~、遅いよみんな~」

「ヤエが突っ走っていっただけじゃん。これがフツーなの」

「えっと、ここが羽島さんのお宅ですか?」


 そこは、なんと言うかその…、年季のはいった道場だった。正直に言って部外者が気軽に見学できる雰囲気ではない。それでも中では、子供が何人か素振り?をしており、その親御と思われる車が数台とまっていた。


「ん~、家は多分ウラだと思うけど~」

「ちょっとまってヤエ、さすがに自宅の方は勝手に入っちゃマズいでしょ」


 そんなやり取りをしていると、中から道着姿のお爺様があらわれた。


「キミたち、もしかして"つばさ"の友達かい?」

「そうなんス! 中学時代の後輩で~、三島っス! 先輩どうしてるかな~って」

「え、あぁ、その、そうなんです」

「 ………。」


 見知らぬ殿方に話しかけられても、難なくかえす八重と、必死で合わせようとする琴美。それに対して私は、何もしゃべれず、ただ呆然とするだけ。上がり性で異性に対して何もできない自分が本当に嫌になる。


「そうかそうか、あの事件があってから元気をなくしてな…。"向井"の嬢ちゃんにも頼んで時々励ましてもらっておるのだが…」


 腕を組んで話し込むお爺様。そしてその話を聞いてニヤリと笑みを浮かべる八重。


 向井とはお姉様の苗字であり、つまりお姉様がこの道場に出入りしていることが判明した。


「それでおじちゃま、先輩は今日はいるっスか?」

「おぉ、そうじゃった。よかったら上がっていってくれ。アイツも喜ぶだろう」


 そういって裏手の母屋に案内してくれるお爺様。


 八重はお世話になった先輩に会えると言うこともあり華やかな表情だ。しかし、考えてみれば私は、羽島さんのことを何も知らない。八重が慕っているのだから良い人なのは間違いないだろう。


 そう思うと…、少し気持ちがラクになった。


 中学は全寮制の女子校だったので、私は異性に対して全く免疫がない。かわりに年上の女性は平気だが…。いや、むしろ好きだ。大好きだ。年下も好きだが、やはり年上のお姉様が最高だ!


 なんだか、羽島さんとお近づきになるのが楽しみになってきた。うん、すごく楽しみだ!


「お~ぃ、つばさ~、お友達がきてくれたぞ~」

「 ………。」×4

「ん~、また寝とるようじゃのぉ。つばさのヤツ、夜間にいっとるから、どうも昼夜が逆転してしまっとるようだ。つばさの部屋は2階に上がってすぐだから、先に行っててくれ。ワシはお茶を用意してくる」

「はい、おかまいなく~」

「え、あぁすみません」

「(ぺこり)」


 風格のある純日本家屋の母屋。玄関脇には狭い階段がある。


 階段を上っていくと…、羽島さんの部屋はすぐに見つかった。和風のたたずまいの中で、一部屋だけ可愛らしいハート型のネームプレートがかかっていたからだ。


 コンコン


「「「 ………。」」」


 返事はなし。


「やっぱり寝てるみたいだね。どうする?」

「入るしかないっしょ~」

「いや、さすがに部屋に勝手に入るのはどうなのよ?」

「え? 別にいいっしょ? 女同士だし、おじちゃまもいいって言ってたよ?」


 入っていいものか議論を交わす2人。琴美は神経質なところがあって私物を勝手に触られるのを嫌うが…、八重は逆に全く気にしない。2人の性格は噛み合っていないように思えるが、これでも2人の付き合いは長い。昔からお互いの足りない部分を補い合う関係だったようだ。


「ん~、お爺さんもいいって言ってたし…、いいのかな?」

「そそ、じゃあ、あけるよ~」


 あれ? そう言えば勝手に入っていいとは言っていない気がするが…。


 そんな考えをよそに、八重は躊躇なく扉をあけた。


「あ~、そ~ゆ~ことね。完全に理解した」

「あ、これってVR機ですよね」


 羽島さんは確かにベッドに横になっていたが、頭にはゴーグルが装着されており、隣で大きな機械が動いていた。これはまさしくVR機だ。


「お、ツム、知ってたんだ~」

「私だってVRくらいは知っています!」

「でも意外だね。ポイステXは知らなかったのにVRマシーンは知ってるんだ?」

「いえ、さわったことはありませんが、お父様が関連の仕事をしているので、ウチにも1台あるのです」

「あぁ、VR機イコールゲーム機じゃないからね。あれ? でもツムのお父さんって医療関係じゃなかったっけ?」

「そうなのですが、VRも関係しているそうです。詳しくはその…」

「企業秘密でしょ? まぁ最新医療の分野でもVR技術が注目されてるって言うし、そういうものなんじゃない?」


 そうこうしていると、羽島さんが目を覚ました。


 VR機は性質上、ダイブ中は周囲の刺激に鈍くなる。今回のように呼んでも反応がなかったのもその為だ。


 対策として様々な安全装置が組み込まれている。例えばVR機本体のセンサーが反応すると、カメラを通してダイブしたままでも自分の状態を確認できる。


「えっと、もしかして三島? 久しぶり」

「うっス! 先輩もお元気そうでなによりっス!」


 体育会系のノリで挨拶する八重。こうやってみると、やはり八重はスポーツ少女だ。


 それはともかく、羽島さんはお姉様とは違ったタイプで…、これはこれでアリだ!


 小柄なアスリート体形で一見痩せているけど、しっかり筋肉がついている。ボーイッシュな見た目とは裏腹に、部屋にはヌイグルミがたくさんあり…、ソレを見られたのが恥ずかしかったのか、ちょっと体をそらして隠そうとしている。見た目や声は意外とハスキーなのに、内面は凄く可愛らしい。


「えっと、この子たちは?」

「あぁ、友達をつれてきたっス」

「あっ、水野琴美です。一応、同じ中学でした」

「その、ヤエのクラスメイトで風間紬と申します。その…、"ツバサお姉様"とお呼びしてもよろしいでしょうか!」

「ははは、ツムはお嬢様校育ちで、ちょっと変なところがあるっスけど、いいヤツっス」


 いや、ツバサお姉様の前で変なことを言うのはやめてほしい! 私はいたって普通だ。


「その、突然押しかけちゃって、すみません。お時間良かったですか?」

「あ! ゴメン、私今、夜間高校に行っているの。だからあまり時間が…」

「いいっスいいっス。今日は先輩の顔が見れて嬉しかったっス。それと…」

「?」

「さっきやってたのって、L&Cっスよね?」

「え、あ、うん」

「私もアカウント持ってるんで、こんど一緒にやりましょう!」

「え、あぁ、まぁいいけど…」


 突然の提案に戸惑いながらも了承するツバサお姉様。


 うらやましい! なるほど、VRならいつでもお姉様達に会うことができるのか。


 そうだ、私もその…、L&C?をはじめれば、ツバサお姉様や…、そのお友達である"お姉様"ともお近づきになれるかもしれない! お姉様がゲームをやっているところは想像しにくいが…、まぁダメでもツバサお姉様と仲良くなれるし、お姉様の話も聞ける。まさに一石二鳥だ。




 そんなことを考えながら、私たちはツバサお姉様の家をあとにした。

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