#017(3日目・午後・セイン)

「おまえさん、なかなかイイ目をしているな。死線を潜り抜けてきた者の目だ」

「そうですか」

「体もできているみたいだし、これは試験なんてする意味ないな」

「かもしれませんね」

「しかしだ、俺もコレが仕事でね。だが…、おまえさんの気持ち次第では、考えてやらんこともないぞ?」


・選択肢

 何も言わない

→お金をわたす


 目の前にゲームっぽい選択肢が浮かび上がる。俺は迷わず"お金をわたす"を選択して、金額を入力する。


「まぁ、20kでいいか…」

「へへ、わかっているじゃねぇか。よし書類は俺がまわしておくから、次にいっていいぞ」

「はい、どうも」


 場所は猟師ギルドの専用イベントエリア。


 ここでは本来ならランダムで指定された魔物のドロップ品をあつめたり、猟師系の武器が使いこなせるかをテストするのだが…、


 一定条件を満たすと試験官が金銭を要求してくる。それに応じるとクエストの面倒な部分を丸々スキップできる。費用はレベルや称号に応じてランダムで変動するが、大体2~3万が安全ラインとなる。


 扉をぬけると、一瞬世界が暗転して…、猟師ギルドのロビーに戻っていた。ここは通常エリアなので試験を受けに来た他のPCもチラホラいる。


「おめでと~、試験ダルかっただろ?」


 いきなり知らないPCに声をかけられた。単に試験をおえたPCを祝っているだけか…、はたまたPTやフレンドの勧誘か…。


「いえ、手持ちのアイテムで殆どいけたのでラッキーでした」

「そかそか、アイテムはランダムって言っても、猟師に関係あるアイテム限定だからな」


 そう、試験をズルをしても、事前にフィールドで必要アイテムを集めていたと言えばロビーで待ち伏せされても言い訳ができる。√を偽装しても簡単に見破れないようにデザインされているあたり、L&Cの制作者はよく考えていると思う。


「じゃあ早速転職しちゃいますね」

「おお、そうだった。まだおめでとうを言うのは早かったな」


 何がしたいんだかよくわからないPCがいるのも、ある意味MMOの醍醐味なのかもしれない。まぁ、鬱陶しいとしか思わないけど…。


「おつかれさまでした。試験はこれで終了です。今日からアナタは"猟師"です。おめでとうございます」


『パンパパパーン <猟師>のジョブを獲得しました。戦闘メニューでジョブを選択することで効果が発揮します』


 どこからともなく聞こえてくる安っぽいファンファーレの音と共にジョブが選択可能となった。


 L√だとクエストを通して前倒しでジョブを獲得できるが…、C√だと称号や必須スキルを覚えていないとジョブがもらえないので、√におうじて入手の順番が逆だったりする。



・追加ジョブ

猟師:探索や罠の扱いに優れた職業。感知系スキルの効果が上昇する。



 ジョブ自体には大した効果はないが、これがないと進まないイベントもあり、わりと重要だったりする。


 やはり違和感があるな…


 C√になれた俺には"ジョブ獲得→スキル習得"の流れがどうにも腑に落ちない。まだギルドに加入しただけなので"見習い"猟師ってことなんだろうが…、それでも猟師系スキルを持っていない状態でも猟師を名乗れてしまうL√の仕様は、どうかと思ってしまう。


「よう、こんどこそおめでとう! スキルのセット方法とか知ってるか?」

「はい、6経験者なので」

「そかそか。やはりな、行動にムダがない」


 どうとでもとれる問答を繰り返す男性PC。もしかしてコイツ、詐欺師か何かか?


「そうですか、俺はこれから用事がありますので、それでは…」

「ちょっとまった! まぁちょっとだけ、先っぽだけでいいから、俺の話を聞いてくれよ」


 激しく聞きたくない。とは言え…、今はL√を偽装しているので頭ごなしに断るのも不自然か?


「まぁ試験も早く終わりましたし、少しだけなら…」

「それは助かる! 俺は夜神零、レイって呼んでくれ!」


 L&Cにおいて自己紹介と言う行為はシステム的な意味が発生する。本来ならば認識情報は"ユーザーからは直接見えないID"で処理されているのだが…、名前を名乗るとIDと名前が関連付けられ"フレンド登録"などの処理ができるようになる。


 しかし、C√だと"名バレ"は様々なデメリットがともなう。たとえば犯行現場へ向かうところを目撃されても"名前が知られていなければ"IDも参照できないので、いくらでも言い訳が出来る。しかし名前がバレていると、そこでIDが残り動かぬ証拠となってしまう。だからC√PCは自己紹介はしない。


 しかし…、今はL√を装っているので、言わないわけにもいかない。


「え、あぁ、自分はセインです」

「そうかそうか、キミも知っていると思うが、実は最近、C√の妨害工作がドを越している。ほら、店売り装備とか、ありえないほど高いだろ?」

「そうですね(Cって言うか、俺のせいですけど)」

「それでだ、キミみたいなエンジョイ勢の中で見込みのありそうな人に声をかけてまわっているわけだ」


 本気でやるならガチ勢に声をかけろと言いたいが…、L√ガチ勢はこう言った事には絶対に手を貸さない。LでもCでも、頂点を目指すならライバルは蹴落とす必要がある。別に店売りアイテムなんて無くても装備をそろえる方法はいくらでもあるので、ガチ勢はその程度では動じない。むしろ傍迷惑な素人を引き離すチャンスだと考えるだろう。


 それはともかく、いくら偽装しているとは言え、そこまで手伝ってやる義理はない。俺はあくまで秘密裏にC値を稼いで転生できればそれでいいのだ。


「すみません、自分は"妹"とマイペースに…」

「え! なになに、妹居るの? よかったらPT組まない? 俺、けっこう…」


 計画通り!


「すいません。妹はナンパ絶対お断りなので、ブラックリストに入れさせてもらいます」

「え!? ちょっとまって!!」


 俺はレイの話を無視してギルドを出る。


 正直に言って、こんな事で妹を引き合いに出したくないのだが…、ネトゲ廃人の悲しいサガか、女性プレイヤーとの出会いに飢えている。あとは食いついたところでブラックリストに入れてしまえば向こうから連絡はとれなくなる。




 こうして俺は、妨害の話をウヤムヤにして、その場を立ち去った。

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