#013(2日目・夜・セイン)

「兄さん。女性PCに声をかけられたり、していませんよね?」


 夜、王都アルバ。今日も酒場でアイと合流する。


「それ、なんかの挨拶なの? とりあえず今日はソロでミルミロ砦を攻略してきた。それで[殺人鬼]と[暗殺者]の称号を手に入れたぞ」

「さすがは兄さんです」



 結局昨日は、時間いっぱいまで商人を狩り資金的には余裕ができたが…、それ以外は全部後回しになっている。しかし、今の時間帯はどこも人でごった返しているので効率は最悪。せっかくなので改めてアイと行動方針について話し合っておくのもいいかもしれない。


「そういえばアイは何かやりたいこととか無いのか?」

「いえ、私は兄さんの手助けができればそれで。しいて言えば…、ある程度育ったところで放置できる役割がいいかと」

「まぁ学業のこともあるしな…」


 アイのログインは夜のみ。俺も兄として、寝る間を惜しんで…、とかブラックな事を言うわけにもいかない。その辺はキッチリ話し合って、プレイ時間や勉強時間などを決めてプレイしている。そのせいでどうしても攻略は遅れてしまう。


 しかし、L&Cにかぎらず最近のネットゲームは公式が"BOTプログラム"、L&C内では"傭兵システム"の使用を認めている。BOTとはロボットの略で、つまりは人が直接操作しなくても勝手にレベリングなどをおこなってくれるプログラムのことだ。


 パソコンのユーザーサポート技術の発展により、今はパソコンがある程度自己判断で勝手に操作してくれる。つまりBOTとサポートの境界線が曖昧になったのだ。それに加えて、ネットゲームは"時間をかけられる人が有利"で、どうしてもソコに格差が生じ…、中にはチームで育てたアカウントを高額で売買する業者までいる。


 その解決策として、公式が"公式BOT"を公開するようになった。ゲームごとに仕様は違うが、基本的に一定条件を満たせば、非ログイン時に単純作業を繰り返してくれるプログラムで…、レベリングやアイテム集め、あとは露店の商品管理などを代行してくれる。


 能力的には直接操作しているPCに劣るが、レア狙いでザコ敵を狩り続けるなどの単純作業に適しており…、時間のとれない人だけでなく、過剰な廃人プレイにおけるユーザーへの負担軽減にも一役かっている。


「そうですね。とりあえず資金やC値にも余裕ができたことですし、このあたりでL√をすすめるのも手かと」

「"偽装プレイ"か。リスキーだが、ある意味、未転生の醍醐味だな」


 偽装プレイとはわざと別の√のイベントをすすめて、自身のメイン√やC値を隠すテクニックの1つだ。L√プレイヤーに紛れることで、自分がC√であることを隠したり…、スパイとして敵対ギルドの情報を探るなどに使える。


「はい、とりあえず私はL√PCをよそおって商人になり、裏で王都の市場を監視したり、"毒薬製造"の素材を集めたりするのがいいかと」

「なるほど、そうなると俺は"偽装レンジャー"ってところか」


 L√とC√には、それぞれに対応した上位職が存在する。例外はあるものの例えば…


 基本職、猟師ハンターの上位職がL√だと斥候スカウト、最上位が猟兵レンジャーなのに対して…、C√だと盗賊シーフ暗殺者アサシンに置き換わる。


 √差分の職業はスキルや装備がほとんど共通で、うまく立ち回ればいくらでも√を隠せる。大きな違いが出るのは殆どが常時発動するパッシブスキルなので見た目で違いは判断できない。


「はい、商人と猟師は相性のいい職業ですので、また2人でやっていきましょう」

「そうだな…、でもアイ」

「はい?」

「別に自分のためにプレイしてもいいんだぞ? 俺はともかく、これはゲームなんだから多少はロマンを求めてネタや趣味に走ってもいいし、その…、臨時や友達をさそってプレイしてもいいんだから」


 6時代も、アイは俺以外のPCとまともに交流していない。本人が望んでそうしているなら本人の自由だが…、俺への引け目や義務感からそうしているなら、それは余計なお世話だ。


 たしかに俺はリアルではオニモツだが、仮想世界、特にL&Cでは頂点を支えるプレイヤーの1人。妹の自由意志を蔑ろにしなくても、充分実力で成り上がる力は持っている。


「問題ありません。私の願いは兄さんを支えることで、それができないならL&Cをつづける意味はありません」

「そ、そうか…」


 我が妹ながら、あいかわらず言うことが重い。個人的には、もっと年齢や性別相応の楽しみを見つけてほしいのだが…、かく言う俺もスバルにそっけない態度をとったりと協調性に関してとやかく言えた義理はない。


「それでは私は商人クエストをすすめて露店を使えるようにしておきます。露店はレンタルではなく、買い取りでよかったでしょうか」

「そうだな。わざわざ手数料を払うのもバカらしい」


 本来ならL√商人は"お使いクエスト"をこなして"露店開店スキル"を入手した後、"露店専用カート"をレンタルして店を開くわけだが…、わざわざクエストをこなしたり、レンタル料金を払わなくても、露店カートを一括購入することもできる。


 C√だとクエストができないので一括買い取り限定となり、1Mの大金を用意するまで露店は使えないが…、幸いなことに俺たちには商人を襲って手に入れた資金がある。


 今は下手に高額な装備を買って目立つより、わかりにくいところにお金を使うのが、賢い選択と言えよう。


「それでは私はクエストアイテムを集めてきますので、兄さんもなにかクエストをすすめておいてください」

「いや、俺もアイテム集めを手伝うよ。今の装備でいきなりL√に合流すると怪しまれる。俺たちは2人で協力して商人系クエストをすすめていたって事にして、非効率な"エンジョイ勢"を装う」


 エンジョイ勢とはガチ勢の逆で、仲間内で楽しむことを重視するPCのこと。


 俺たちの装備や資金はガチ勢のソレだが、それなのに早い段階で済ませているはずのクエストを終わらせていないのは不可解だ。


 だからあえて非効率な行動をとって、既成事実を作り、それを理由にプレイの穴の言い訳にする。偽装ルート、特にCをLと偽る場合は大きなリスクがともなう。ひとたび本来のルートがバレると、最悪そのキャラはデリートするしかなくなるからだ。




 こうして俺たちは王都周辺フィールドで…、初心者PCに混じってゴミみたいなアイテムを拾い集めることとなった。

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