#002(1日目・午後・セイン)
目蓋をあけると…、そこには美しい西洋の町並みが広がっていた。
大通りには無数の人が行きかっているが、なぜか示し合わせたように、同じ服を着た人で溢れかえっている。
「まぁ、スタートから3時間しかたっていないし、当たり前か」
『ピーン "Law and Chaos online 7"の世界へようこそ。初心者講習を希望される場合はミニマップのマーカーの"警備兵・詰所"までおこしください。すぐに冒険をはじめたい場合はマーカーの"冒険者ギルド"へ』
とつぜん脳内に流れるアナウンス。
俺は相変わらず説明不足な案内に…、少しホッとする。
ここは第7世代VR対応ゲーム、L&Cの初期スポーンエリアだ。L&Cは、アイテム課金が主流となり、ガチャのギャンブル性と課金額を競うゲーム業界を真っ向から否定する月額課金のVRMMORPGとして世に生を受けた。サービス当初は理不尽な仕様と説明不足な公式の対応に非難が集まり、あまり人気は出なかったが…、今では浮き沈みの激しいVRゲーム業界で不動の地位を確立している。
さて、それじゃあサッサと移動しますか
俺はゲームアナウンスを無視して別方向に足を向ける。
L&Cはワンユーザー・ワンアカウント・ワンアバターのキツイ縛りがある。つまりいくら金を積んでも1人1キャラまでしか育てることが出来ないのだ。この仕様は昔から非難が殺到していたが…、大規模アップデートをへてもその仕様が変更されることはなかった。むしろ俺みたいな古参は、初心者の戯言に惑わされない運営に安心感を覚えてしまう。
それはさて置き、俺が目指すのは警備兵の詰所でもなければ冒険者ギルドでもない。王都"アルバ"を出て、東にある中立都市"クルシュナ"だ。
どん!
「ひゃ!」
「あぁ、すまない」
突然スポーンしてきたアバターにぶつかってしまった。ここからスポーンするのは最初のログイン時のみなので、この人も少し遅れてゲームをはじめたクチのようだ。
「えっと、あの、喋るのってこれでいいんですか?」
「あぁ、ちゃんと喋れているよ」
「すみません。わた…、ぼ、ボク、こう言うゲームはじめてで…」
ダイブ型VRの喋り方すら知らないとは、わりとガチな初心者のようだ。
L&Cに限った話ではないが、VRギアの次世代規格は互換性を著しく欠くものだった。L&Cも7に移行するにあたって大規模なベース仕様の変更がなされ、それまでのデータはすべて引き継げなくなった。しかしそのおかげで、新規プレイヤーも古参と同じ条件でスタートできるチャンスが生まれた。初VRがL&Cなのは少しどうかと思うが…、まぁおかしな話ではないだろう。
「そうか。すぐにアナウンスがあると思うけど、初心者講習は警備兵の所だ。マップにもマーカーが出るから、迷うことはないだろう。それじゃあな」
俺は特に気にすることなく、その場を立ち去ろうとする。スタートが平日の昼間だったこともあり、まだ空いているが…、学生たちが帰宅する時間帯になれば今とは比べ物にならないほどログイン数が増える。別に最速攻略を目指しているわけではないが、それでも人混みに揉まれて時間を無駄にするのは気持ちのいい話ではない。
「ま、待ってください!(がし!)ぼ、ボク、"クルシュナ"に行きたいんです! その、サイトには…、クルシュナの道は公式アナウンスにはないって、その…」
どうやらゲーム初心者ではあるものの、攻略サイトで予習はしてきたようだ。
L&Cのストーリーの特徴は
「わかっているとは思うが、C√は修羅の道だ。初心者にはオススメしないぞ」
「は、はい。でも、わた、ボク、カオスルートでやりたいことがあるんです!」
さっそく他人に頼っているヤツにC√は向かないのだが…、MMOの楽しみ方は人それぞれだ。リア友とツルんで攻略してもいいし、それこそPKになって人に迷惑をかける道だって選べれる。迷っているならともかく…、本人がすでに目的をもっているなら、そこに口出しするのは無粋でしかない。
「わかった。どうせ俺もクルシュナに行くつもりだったから…、ついてきたければ勝手について来い」
「その、すみません。行き方さえ教えて貰えばよかったのに…」
そう言えばコイツは"クルシュナに行きたい"と言っただけで"案内してくれ"とは言っていない。俺は流れから案内だと思っていたが…、コイツ的には方角や行き方を聞いただけで、はじめからソロでクルシュナを目指す予定だったようだ。
「まぁいいか。ついでだから道すがら操作方法くらいなら教えてやる」
「その、いいんですか? ボク、なにもお返しできませんよ??」
最速攻略は狙っていないものの、俺もガチ勢であり、本来はあまりやらないのだが…、こんな時くらい初心に帰って新規の面倒を見るのもいいだろう。それに…。
「退屈な道中の暇つぶしだ。気に…、いや、対価はしっかり貰う。C√を目指す以上、甘えた考えでやっていけると思うなよ!」
「はい! その方がボクも気楽で助かります!!」
新規スタートした初心者だからこそ払える報酬もある。
こうして俺は1人の初心者を…、L&Cの闇へといざなう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます