第22話 コイントス
静まり返った一室にて、震えた声が静寂を破る。
「グラウス、策を用意できますか?」
「……」
カノンのすがるような、真っ直ぐな視線。
逆に、いつもは落ち着きを払った老紳士は、答えに詰まり視線を泳がせ、ちらりと何かを見る。
そんな中、アリアがゆっくりと口を開く。
「カノン、何か考えがあるのでしょう?」
「……いえ、お
「いいえ、あなたの顔を見れば分かります。言ってごらんなさい。……私は受け入れますから」
ハッと上げられるカノンの顔。
瞳に涙が浮かんでいた。
対照的に、決意に満ちたアリアの顔を見たカノンはぽつぽつとしゃべり出す。
「……フラッドが転移の魔法を使った。これは、彼が危険な状況にあるということです。そして先の襲撃。グラウス含め、この国の強者達は敗北しました。戦力差は絶望的です」
カノンは一つ息を吸い、不安そうに周りの表情を伺う。
「そして、相手の居場所も分からないまま、期限は明日の夕暮れ。……はっきり言って今、敵を倒すのは不可能です」
カノンの手が震える。
次の言葉への感情が、そこに現れていた。
「民に苦難を強いることになりますが、条件を呑み、時間を稼ぎましょう。ただし……」
沈黙。
誰も口を開かない。
説明を続けるカノン以外は。
「刻魂石を使います。お祖母様かグラウス。どちらかと、フラッドがいればいつか……いつの日にか打開してくれると信じて」
先程届いた刻魂石……記憶、人格を保管できる石。
彼女はこの国の
ここでやっと違う声が聞こえる。
アリアの厳しい声が。
「いいえ、あなたが刻魂石を使い、未来を切り開きなさい。
「ですが!お祖母様!私では、二人の様な優れた知恵は!」
「そうではありません。あなたが民を導くのです。あなたが、あなたこそがやるべきなのです」
「待った」
異世界からの部外者は声を出した。
どうやらこの状況。
この国に尽くした二人の偉人は処刑され、美しき女王は
そんなことを、そんなことを受け入れるのか?
ハッピーエンドを目指さないのか?
なぜ、ヤツを撃退した男に話を振らないのか。
いいや、気がついていたが、黙っていた。
一人の部外者に背負わせまいと。
ならば、紡ごうこの言葉。
「俺に策があります」
国坂景護に視線が集まる。
グラウスだけは最初から、視線を送ってきていたが。
騒動前、医務室でグラウスに呼ばれた時の話を思い出す。
……。
……。
「景護君、一刻も早くアイザック・ファーストを討ってほしい。君にしか頼めない。報酬は何でもいい、この老いぼれが君の望みを叶える。だから……」
手を握り、必死の表情のグラウスを安心させるように頷く。
「ええ、構いませんよ。だから、すこし落ち着きましょう。お体に障りますよ」
「あ、ああ。すまない……君はあいつの力を見ても簡単に引き受けてくれるんだね」
「心強い味方がいますからね。……ただ、どこに逃げたか、見当もつきませんけど」
「アメッゾ村の鉱山を経由し、空の封印へと帰る」
隣のベッドで眠っていたはずの一ノ宮がゆっくり体を起こす。
一応、彼は無害だと説明はしたが、当然、魔術的に拘束され、動きにくそうにしている。
「おい、お前」
「今は聞け国坂。乗っ取られていた時にヤツの思考が見えたが、ヤツの狙いは刻魂石だ」
「やはりか。……だとすると
深刻なグラウスの顔に、一ノ宮が頷く。
「ええ、封印されていた己をこの世界に送り込む手段です。僕らの世界の人に、自分の能力と共に体の一部を預け、この世界に侵入させる。そして、この世界では……」
「送った
「刻魂石はどう絡んでくるんだよ?」
景護の疑問に、一ノ宮はにやりと笑う。
「精神の保管だ。あれにはそういう力があるらしい。あいつの記憶、人格は今は封印から絞り出した水のようなもの。器が無ければ、消えていくさ。だから刻魂石は必要であり、弱点となるはず。それに、お前が受け取らなかった幸運の鼻……一部でも欠けているアイザックは未完成。急いで叩くべきだ」
景護を介して、この世界に送り込むつもりだった幸運の鼻。
幸運を見つけ、危険を避ける。
後、探し物が得意とかなんとか。
「待てよ、これって可能か?」
「――」
景護の発案に、グラウスは静かに目を閉じ、一ノ宮はあんぐりと口を開ける。
「……その報酬、約束するよ。景護君」
静かにグラウスがこちらに誓う。
「本気か?国坂」
「ああ」
一ノ宮の整った顔立ちにジッと見つめられる。
「見直した。僕達はこれから、ずっと友だ。いいや、永遠に親友だ。……ケイちゃんと呼ばせてくれ」
「やめろ、きもい」
……。
……。
「さっきセツハが言った通り、
「ああ、あいつにはまだ欠けているものがあるからね。未来を見る目、心を聞く耳。これらは消えた二人に、譲渡されていた能力だ。それを回収するつもりだろう」
「そして、もう一つ。幸運の鼻、俺が持つ
セツハが不思議そうな顔をする。
「景護様?それは、受け取らなかったのでは?」
大きく頷く。
「そう、受け取れなかった。当時は容量がいっぱいでな。だが、今、異世界で鍛えた俺は、キャパシティが大きくなり、それを受け取れる!つまり、受け取りヤツに引き寄せられる!」
ポカンとするカノンに宣言する。
「少し、時間を頂きたい。明日の夕暮れまでに、ヤツを倒します。自分の挑戦が失敗すれば、そちらの思うがままに。ですが、アリアさん、グラウスさんの命、そしてあなた自身、ギリギリまで待ってくれませんか?」
「……このような、無理難題をこなせと、無関係なあなたに頼んでよろしいのですか?誰もが救われる、そんな結末を夢見ても……」
「ええ。今は、あなたの国の人々を守ることだけを考えてください」
全員を見回し、「じゃ、いってきます」と軽い感じで部屋から出て行く。
誰もいない自室に戻る。
町に災厄が降り注いでいるのが嘘のように静かだった。
自分の中に住まう霊二人が言葉を発する。
『本当にやるの?景護。こんなアナタとは全く関係のない世界のために』
先生は、怒っていた。
静かだが、高温放つ青い炎。
その怒り、景護のために。
「やるよ。知らないふりなんて、胸くそ悪いし。二人がいれば可能だと思うし」
『いい?私達が能力を貸していたのは、景護を守るためなのよ?それなのに、アナタ』
『自我を放棄するって許すと思う?』
景護は鍛えようが、敵を倒そうが、レベルは1のままだった。
「アイザックを倒すためには、先生と大将の力は必要。ヤツの場所に行くには、幸運の鼻の能力を受け入れるのは必要。となると、俺という器の中で必要ないのは俺。二人が戦うため体は必要だけど」
『景護!アナタねぇ!』
『まぁまぁ、姐さん。こいつがいい加減な気持ちでこんなこと言うやつじゃないのは知ってるだろ?……景護、本気なんだな?』
大将の赤い魂を、真っ直ぐ見据える。
いつもは熱い男が、静かに見つめ返してくる。
「ああ、本気だ。やる」
『私は反対よ!』
『俺も反対』
「意見の対立なら、こいつの出番か」
ポケットから、表に我が国の美しい花、裏に数字で百と書かれた硬貨を取り出す。
先生が信じられないと息を呑む。
三人の中で決めた、直感で物事を判断する時のルール。
多い意見がコインの表、少ない方が裏。
全会一致なら、コイントス不要。
『こんな大事な場面で、そんな物……!』
『……姐さん、こいつはもう腹括ってるのさ。勝負だ景護!表なら、大人しく自分の身ぃ守れよ』
「裏ならこの戦い、最後まで付き合ってもらうから」
親指で弾いた銀色の硬貨はキィンと気持ちの良い音を立て、宙を舞い、そのまま床へ。
『……バカ』
『ああ、馬鹿野郎だ』
景護は床に落ち、裏側を向いた硬貨をゆっくり拾い、ポケットにしまった。
「さあ、二人とも!行こうか!」
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