第21話 選ぶべき時

「不老不死……ですか?」


「はい」


 唐突な質問に、景護は目を丸くする。

 このゲームじみたファンタジーな世界とはまたベクトルの違う、空想の産物。

 もしくは、人の追い求める果てしなき夢。

 人々がそれに手を伸ばす話は数あれど、実現したという結果は見たことも聞いたこともない。


 女王カノンの金色の瞳に、視線が吸い込まれる。


「時に、人が死ぬのはどうなった場合でしょうか?国坂景護」


「……肉体が限界を迎え、自我の損失……永遠の眠りについた時ですか?」


「では、肉体はなくとも、生前と同じように振る舞う者は?」


「それは、ただの再現かと」


「例えば、石に人格を保管するとしましょう。その人格は記憶を持ち、感情をある。会話し、学び、成長もする……これはどう思いますか?」


「それは……」


 セツハを思い出す。

 あの子は魔術的な儀式で作られた存在。

 体を組成する成分も人とは違うだろう。

 だが……意志を持つ。


 笑顔。好意。涙。


「生きている……。見た目は違えど、人である者。その人格、記憶が連続的であるならば……」


「そうです。その者は生きている・・・・・。すなわち不老不死」


 体を失っても、人格が記憶と共に残り続け、精神が継続する?

 どんなSFだと頭を振る。

 だが、カノンの瞳は真剣そのものだった。


「刻鏡石をご存じですか?記憶を保存できる鉱石。我が祖母アリアは、その鉱石を呪文の保管場所として昇華させました。詠唱なくとも魔法が使える道具へと。メモ用紙程度だったものを魔導書へと」


 カノンは、宝石のついた首飾りを取り出す。

 以前見た光り輝く鉱石……刻鏡石のように見えた。

  

「これは、刻鏡石の上位の存在である刻魂石。……祖母の頭脳と魔法は、これを到達させました。不老不死へ導く賢者の石へと。記憶だけではなく、人格の保管を」


「女王様は、これを誰かに使うつもりなのですか?」


 こちらの思考するしかめっ面に、カノンは柔らかく微笑む。


「いえ、この大きさではただの石です。今は、使えるような刻魂石は持っていませんよ。ただ……」




 彼女は目を伏せる。

 その視線の先、輝く鉱石を強く握る。



「誰かにこれを願うことは罪だと思いますか?」


 すぐには言葉は出なかった。



「……あなたが何にも縛られない風のような人、異世界の方とはいえ、ついしゃべり過ぎてしまいましたね。忘れてください。では、これで」


 

 頭をかきながら、景護は部屋に入って行こうとするカノンの姿を見送るしかなかった。

 そんな思考を断つ揺れが体を襲いかかる。

 下から突き上げるような感覚。


「……地震か。おっと」


「きゃ」


 軽い揺れだったが、カノンはバランスを崩し、転びそうになるところを抱える。

 不思議な色の髪が揺らめき、金色の瞳と至近距離で目が合う。


「大丈夫ですか?」


「……」


「女王様?」


「……。あ、ありがとうございます。もう大丈夫ですから……」


「それは失礼」


 ゆっくり水色のドレスに包まれた体を手放し、一歩下がる。


「地震とは珍しいですね」


「そうなんですか」


 その時に、外から悲鳴に叫び声。

 ざわめきが景護の耳に届く。


「見てきます。カノン様はグラウスさんの側に」


 頷く女王の目は、ありがたいことにこちらを心配していた。

 城の外を目指そうと駆け出そうとしたが、一つ思いつき、振り返る。



「選択肢、どんなものを選んでも、心に引っ掛かりは残ると思いますよ。もしかしたら、と別の結果を人間考えるものですから。だとしても、自分で選ぶべきですよ前に進むために」


 ポカンとした女王様を置いて、建物の外へ。




 外へ飛び出すと、眼前に光。


「蛍火?」


 小さく輝く光に手を伸ばす。

 空から降り注ぐそれは、宙を舞う雪のようだった。


「なんで、こんなので悲鳴が……。あっつ!」


 強化を施していない体はダメージを受けた。

 降り注ぐ火の粉。

 空を睨む。

 近場で火事があったということはなく、間違いなく空から降り注いでいる。


「魔力で自分の身を守ってください!魔法が使えない方は、建物の中へ避難を!後で水魔法の使い手の派遣か、水魔法の刻鏡石を配布を行うので今は避難してください!」


 城門の外から、騎士の声が聞こえる。


「何があったんですか?」


 一人の騎士に現状を尋ねると、困惑した表情で首を横に振る。


「分かりません。地震の後、急にこれが降ってきて、住民がパニックに。建物や植物がすぐに燃えているというわけではありませんが、この先どうなるかは……」




「愛しきガーランサスの女王と、その他大勢の、か弱き存在に告ぐ」



 脳内に声が響く。

 いつもの仲間の霊の優しい声ではなく、不愉快極まる雑音。

 少し前に聞いた声。


「アイザック・ファースト……」



 周りの騎士達の動揺、住民のざわめきから、この脳内放送は自分一人だけが聞いているわけではないらしい。

 そんな中、言葉は続く。


「我は、この世界を解明せし者。ご覧の通り、時間、天候、大地すら思うがままに操る存在。過去の英雄、女王シエルによる封印は解かれ、我はここに蘇った。そしてここに、ガーランサスとそれに属する連中を大地ごと消し飛ばすと宣言する」


 パニックになっていた空気が静まり返る。

 この情報の理解も信用も、誰もできていないのだろう。


「ただし、罪なき民を虐殺するつもりはない。我に従うのならばな。忠誠を示せ!ガーランサスの血、アリア!家臣グラウス!そいつらの首と!そして女王を差し出せ!」


「従わぬのなら、住処が火に沈むだけだ。明日、落陽までに二人の処刑が行われれば、女王を迎えに行く。刻限、忘れることなかれ」



言葉が終わりを迎え、違和感から解放される。


「ん?」


 足元に熱。

 降り注ぐ火は、積もっていた。

 それは、優しさも美しさもなく人を追い詰めるただの仕掛けだった。

 町が火に沈むとは、このことだと理解する。

 明日、日が沈むまで町はもつのか?

 とにかく、急いで城内へ戻ることにした。



 誰もしゃべらない異様な雰囲気の空間を駆け抜け、医務室を一直線で目指す。

 そこには、苦しそうに体を起こすグラウス、目を閉じたカノン、落ち着いて佇むアリア、拘束された一ノ宮、そして泣きそうな顔のセツハがいた。

 セツハはこちらに、ふらふらと近づき、そして。

 

「景護様、月子様と双葉様が……」


「二人がどうした?」


「……き、消えました。わ、わたくしの目の前で……」


「え?」


 固まった頭が、一ノ宮の声に刺激される。


「力を戻すつもりだろう。僕のはもう持っていかれた。大きな力を持っていても、ヤツは不完全だと推測する」


「ならば、アイザックを討つ」


 景護の即答に、セツハの不安そうな声が返ってくる。


「……どうなさるおつもりですか?」


「それは……」


 声は、扉を勢いよく開き、慌てて入って来た騎士の声にかき消される。


「報告します!今、転移魔法により、フラッド様から刻魂石の一部が送られてきました!」

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