第16話 裁き
「そう……あの難題をあなたが解決してくれたのね。ありがとうね、景護さん」
彼女は、グラウスの紹介では、名はアリア、先々代の女王様だった方らしい。
疑うわけではないが、不意を打たれたというか虚をつかれたというか。
用意してくれたクッキーのようなお菓子を、返答するために慌てて飲み込む。
「いえ、ただ、セツハ……巫女を救いたくて、ミノタウロスを倒しただけですよ」
「それが、今まで誰もできなかった、素晴らしきことなのです。言い訳に聞こえるかもしれませんが、私は子供の頃、その封印は人形が行っているシステムと教わっていましたから。それを維持すること以上に深く関わることもないままに……」
執事のように振る舞う老紳士、グラウスがコーヒーと追加のお菓子を持ってくる。
顔を上げると、アリアが「遠慮しないで食べてね」と手を合わせて柔らかに微笑む。
……その表情に断ることもできず、口に運ぶ。
元の世界のものより、お菓子の甘さは控えめなように感じる。
「そうですねアリア様。それに、あの怪物への勝算を
グラウスの深々と頭を下げる姿に、景護は「はい」と返事をするしかなかった。
「それに、クロカ……。この誘拐事件、騎士の中に犯人がいるとカノン様は睨んでいた。だからこそ、信頼できる外部の戦力、
「封印の解除ですか」
景護の言葉に、グラウスは頷く。
「そう、クロカぐらいと言うか、この国にあの封印を解除できる人もいなければ、物もない。封印の巫女であるセツハ君ぐらいだろう」
「裏がありそうね……グラウス、騎士が犯人だというのは、一応まだ伏せておきましょう。急いで報告書にあった協力者の身元と主犯のクロカさん……いえクロカの現状、ステータスやコンディションを調べておいてくれないかしら?……あ、あらやだ、ごめんなさい。つい、昔の癖で指示なんか出しちゃって」
老紳士は、先々代の女王の言葉に、頬を撫でながら微笑む。
「いえ、今の女王……カノン様も同じ指示は出すでしょう。準備は進めておきます」
ちょっと照れくさそうにしながら、アリアは景護を見つめる。
「ごめんなさいね、景護さん。堅苦しい話に付き合わせてしまって」
アリアの視線の先、口いっぱいにお菓子を詰め込んだ男と目が合う。
不意打ちのようなその顔に、吹き出すような笑いをこらえる。
王族として、高貴な存在として育てられた彼女が、そんな風に笑うのはいつ以来か。
発せない言葉の代わりに、全身で問題ないと表現する若者の姿に、王城の一室は穏やかな笑いに包まれた。
「はぁ、はぁ、ア、アリア様ぁ~。た、たいへんなんですぅ」
平穏な時間は、一人の人物の登場と共に、終わりを迎える。
息を切らしたメイドが、弱々しい足取りで部屋に入るとすぐにへたり込む。
「おや、君はアリア様付きの子だよね?」
グラウスが、コップに飲み物を注ぎ、テキパキと持って行く。
両手で、大切そうに受け取った彼女は、一気にそれを飲み干す。
「グ、グラウス様!ありがとうございますぅ!……よ、良かったぁ~」
「おかえりなさい。お使いご苦労様です。なにかあったのですか?」
「粛清が……!あ!」
アリアの問いに答えようとしたメイドは、困ったような表情で視線を、仕える主人、老紳士、そして、見知らぬ男に向ける。
粛清?
物騒な言葉に、一般人は介入しないほうが良いかと、景護は気を遣う。
「あー、席を外しましょうか?」
「いいえ、構いませんよ景護さん。粛清がどうかしたのですか?」
「あ、はい、アリア様。その、ギルドの依頼で不正を、運搬すべき依頼品を売ろうとした冒険者が発覚したのですが……」
――時は少し戻り、場所は首都ガーランサスの町のどこか。
「粛清だあああああ!!!」
「見に行こうぜ!」
「いけません!皆さんは、建物の中に避難してください!巻き込まれますよ!」
町の道は、一つの場所を目指す野次馬達と、それを止めようとする騎士達で入り乱れていた。
「お、おかしなことになってるな。に、二ヶ崎ちゃん、早く城に帰ろう」
「すいませーん。粛清ってなんですか?」
「ちょ、ちょ、ちょ」
ごった返す人々や、慌ただしい騎士達に怯むことなく二ヶ崎は、質問を投げかける。
それに、怯えながらもついて行く夜見の姿もあった。
騎士の一人が、彼女の声に反応し、立ち止まり振り向く。
「に、二ヶ崎様!?今は忙しいので、後でお願いします。そ、そうだ今度、食事でもしながら……」
「この人は、答える暇ないって!い、いくよ二ヶ崎ちゃん!」
「え?つ、月子さん?」
夜見に腕を引っ張られながら、二ヶ崎は不思議そうな顔。
城を目指し、人の流れと反対の方向に無理やり歩く二人。
夜見は自分の臆病な直感に従う。
これには、関わるべきではないと。
進める足が、速まる。
「あだ!す、すいません」
その時、何かにぶつかったので、とりあえず謝る。
おそるおそる上げた視界に映ったのは……。
「ヒッ」
思わず夜見は悲鳴を漏らす。
この雑踏の中でも頭一つ抜けた巨体。
鱗を持つ肌、強靭な肉体。
燃えるような赤い鱗の竜人が腕を組み、仁王立ちしていた。
「構わんよ。
「すいません、すいません。で、では」
「あのー!粛清ってなにか知ってますか?」
「ちょ、ちょ、ちょ。二ヶ崎ちゃん!」
ビビッて立ち去ろうとした夜見とは違い、彼をこの状況で会話のできる人と判断したもう一人は声をかける。
「ほう、お前ともあろう猛者が、粛清を知らないのか。二ヶ崎双葉」
「……!?……お会いしたことありましたっけ?」
「ない。だが、戦いに飢えた連中の間では、お前らの話題で持ちきりだ。正体不明の神獣狩り。そして封印の怪物を退治したお前」
「それは……私が倒したわけでは……」
「フッ、
赤き竜人は、二人を抱え跳躍する。
器用に音も無く、建物の壁を蹴り、三階、四階と悠々と更に高い場所を目指す。
そして、この辺りの建物では一番高い屋上へと辿り着く。
「……」
「だ、大丈夫?月子さん?」
うなだれる夜見を相手することもなく、竜人は人混みの中心の場所を指差す。
広場のような空間に、二対二。
野次馬や騎士達も一定のライン以上は踏み込まず、この四人を囲っている。
魔法で視力を強化する二ヶ崎に、目を細める夜見。
「た、戦っているのか?」
「いえ、あれは、戦いなどではなく……」
黒衣の男が、黒い刃で一人を斬りつけ、緑髪の女性が放った炎で、もう一人は、その場に倒れる。
どちらも一撃で、決着がつく。
「粛清だ。ギルドの名に泥を塗り、掟を破った罰」
「こ、殺されるほどのものなのか?」
「そうだ。女王の治めるこのガーランサスの面汚しなど、存在する価値も無い。そう、女王のために、町の民のために、裁かれるべきクズだ」
行き過ぎた忠誠、偏った正義。
この場しか見ていない二人には、この一方的な殺戮はそう思えた。
「誰かの指示なのですか?」
「いいや、ランクが上の者が、下の連中が愚かなことをしないように、睨みを利かせている。そして事が起これば、実力が上のやつがああする。やられた連中は、お前と同じくらいのレベルだな」
指を差された夜見は、
そして、眼下では祭りが終わった後かのように、人の流れがゆっくりと逆へ動き始める。
「間違った攻撃が起こる可能性もあるんじゃないですか?」
「そうだな。……正しき行いがしたければ、騎士になればいい。だが、我らは、力に惹かれ、力に魅せられ、力を追い求めて、冒険者を上回る冒険者になった」
「へ?」
光っただけと思った夜見が、間抜けな声を出す。
反応した二ヶ崎は、こちらを狙う熱線を槍で弾く。
「くっ」
「面白いのがいるじゃない、ルーフェンド」
「リンか」
女が現れた。
何もない空間から。
先程まで、広場の中心でいた緑髪の女性。
肩を出し、大きくスリットの入ったロングドレス、それに長い特徴的な耳は……。
「エルフ……」
「何、当たり前のこと言ってんのさ!」
リンと呼ばれたエルフは、炎を放つ。
回避した二ヶ崎が、反撃に氷を撃つ……だが。
かざした手、高速での詠唱の後、氷は消失する。
「はん、魔法は大したことない。いや、私に通用する魔法などないか」
続けて繰り出される、狭い空間での派手な爆破魔法に、二ヶ崎は防戦を
他の場所で被害を出すわけにもいかず、動けずにいる。
「何で攻撃するんだよ!」
戦いの中でも、びくともしない竜人ルーフェンドの後ろに隠れた夜見が叫ぶ。
「何でかって?強い女がいると聞いたからさぁ!」
熱線が二ヶ崎を捉える。
白銀の鎧に大きく傷がつき、吹き飛ばされる。
「落ちる!」
夜見の悲痛な叫びに反応し、彼女は辛うじて踏みとどまる。
闘志なき困惑の瞳が、エルフを見つめる。
「
「ダスクも来たのか」
黒衣の男も風のように現れる。
「お、お前ら!知り合いならあのバカ女を止めろよ!」
夜見の怒号に、ダスクは涼しい顔を向ける。
「ランクQのリンは簡単には制御できん。ランクJの我が身では、神風となる覚悟が必要であろう。そこの、真紅の竜なら話は別だが」
「ランクQにランクJ……選ばれた強者がこんな連中かよ!お、おい、竜の人!これより強いってことなら、ランクKかAか!止めてくれよ!」
「……闘争、止める理由なし」
「ふざけんな!二ヶ崎ちゃんが、理由もなく人を傷つけようとするわけないんだよ!くっそ、戦闘狂どもめ!」
夜見は、自分の袋から手のひらに収まる、ボールのような物を取り出す。
火の魔法を使い、そして……。
曇り空へ、何発も打ち上げる。
(気づけ!気づけ!国坂景護!)
――そして、城内。
「粛清を終えたリン君が、双葉君に攻撃を仕掛けただと!」
メイドの報告に、グラウスが叫ぶ。
いつも余裕のある振る舞いの彼からは予想外の反応。
景護はこんな彼を見たことはなかった。
「グラウス、あの子を……」
アリアの言葉に首を振る老紳士。
「いえ、私が向かいます」
そう言ったグラウスは、部屋から出て……。
窓から、迷いなく跳躍する。
城の高い場所であるこの廊下から、建物の屋根から屋根へと飛び、移動していった。
「俺も急ぐか!」
『待って。景護、あれ』
脳内で響く先生の声に、踏みとどまる。
小さな花火が数発、打ち上がっていた。
『月子ちゃんの魔力を感じる。景護、目を完全に私に任せて』
「あ、ああ」
目を閉じ、青い魂に身を委ねる。
以前、遠くの映像が頭に浮かんだように、上空から、先程の花火を見下ろすビジョンが浮かぶ。
魔法を弾く二ヶ崎と、数人の姿が見える。
『いた!』
『まずいな、一刻も早く相手を仕留めた方がいい。
『狙撃するわ』
『姐さん、障害物が多すぎやしないか?』
『……景護』
「分かった」
二人の間に言葉は不要。
開いた窓から、距離を取る。
助走、そして跳躍。
一連の動作に迷いなどなかった。
ここが、何階かは忘れたが、元の世界の三階程度よりは間違いなく高い。
浮遊感、そして落下の気持ち悪い感覚。
そんな中、右手の手首を左手で固定し、照準を定める。
狙いは、城内から死角になっていた雲。
重力に身を任せた、落下しながらの狙撃。
異次元な体験だが、国坂景護に迷いなし。
窓から飛んだ瞬間から彼女に全てを委ねていた。
『「
右手から発射された雷の弾丸が、美しい軌跡を描く。
雷撃喰らった暗雲は、生き物のようにうごめき……。
――雷鳴轟き、天の裁きがエルフに突き刺さる。
その攻撃に誰も反応できなかった。
一発。
たった一発の裁き。
暴れていた女性が雷撃をくらい、倒れるビジョンを確認し、景護は安堵する。
後は、体を鋼鉄並みの強度に強化して……。
落下後、頭から地面に突き刺さった自分を誰かが助けてくれるのを待つだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます