第17話 記憶は忘れるようにできている

「臭う、臭うな。この部屋に……あの忌々しい雷の魔力の臭いが」


 緑髪のエルフは、顔を歪ませ、正面にある一つの扉を睨む。

 喧嘩……いや、彼女にとってはただの挨拶程度のもの。

 先日、巷で噂の強い女を偶然見かけたので、ちょっと力量が知りたくなった。

 ギルドに存在するランク……新米のランク0から熟練者や強力な戦闘力を持つランク10。

 このエルフの女性……リンはそれの更に上、選ばれし者であるランクJ、Q、K、AのうちのランクQ。

 現在、この特別なランクの女性は彼女しかおらず、彼女自身も自分が頭一つ抜けた存在だと確信していた。

 そんな中、最近彗星の如く現れ、手ごわい敵を倒し、町の評判や、女王の信頼をかっさらっていく二ヶ崎双葉という女。

 興味が湧き、魔法による攻撃を仕掛けたが、そいつはただの腰抜けだった。

 

「チッ」


 その後を思い出し、リンは舌打ちをする。

 落雷を被弾……いや、あれは誰かの魔法だった。

 今までに読み解き、打ち消せなかった魔法はなく、魔法戦では無傷。

 それをあんな横槍に、不意打ちにやられた現実が許せなかった。

 そして、その魔力を辿り、見つけたのが城内のこの部屋。


 無礼者に礼儀など不要。

 そう息を巻き、スカートの大きく入ったスリットから、しなやかな太ももが大胆に見えることも気にも留めず、扉を蹴り開ける。




「勝負でいいんだな?……5とJのツウペア。これは、どうだ?」


「3、6、8、Q、K。全部、はーとでございます。ええと、ふらっしゅ?でしたか景護様」


「おーう、またセツハの勝ちかよ。飯はおごるわ、服は買うわ、あとなんだ?装飾品か?これ以上、何か欲しいものあるのか?」


「あります、あります。服です」


「服ぅ?もう一着、買うのか?仕方な……」


「いえ、景護様の」


「俺の?お前が欲しがるようなやつ、あったかな」


「いえ、今着ている服です。さぁ脱いでください。わたくしの目の前で。さぁさぁ」


「ちょ、お前。にじり寄って来るな!目がきもい!」



 扉を蹴り開けたリンの目に入った光景は、真っ白な美しい女の子が、平凡な黒髪の男の服を脱がそうと、奮闘している姿だった。


「きゃああああああ!!!」


 敵を見れば噛みつく……そんな凶暴性を持った彼女らしくもない、悲鳴が響き渡る。


「ん?客人か?」


「あら、ここまでですね。次こそ、あなたを奪ってみせますからね景護様」


 景護にしがみついたセツハが、残念そうにゆっくり離れる。

 裏返るエルフの声。


「お、お前ら!まだ日の出ている内から、な、な、なんだそりゃあああ!」


「何って、ポーカーだが」


「ふふ、景護様。こちらの世界にはない遊戯ですから、名前では分かりませんよ」


 無駄に凝り性な夜見が作ってくれたトランプを、ひらひらと景護は乱暴に入って来たエルフに見せる。

 見たことのない札、現代風に描かれた美男美女の絵柄の人、見慣れない物にリンは興味深々で見入る。

 

「遊戯……遊べるのか。おい、どうやる?」


「そこにルール書いてるから、好きなだけ読めばいいさ」


 セツハが何か思いついたようにパンと手を叩く。


「それなら、私と対戦しながら覚えていきましょう」


「そ、そうか。頼む」


 セツハとリンが顔を寄せ合って、一枚の紙を覗き込む様子を、微笑ましく眺めていると、足音もなく何かが、急接近して来る気配に身構える。

 二、三回床の石を蹴る音の後、燕尾服の老紳士が汗をかくどころか、息の一つ切らさずに、壊れた扉の前でピタリと急停止する。



「悲鳴があったと報告があったが、景護君の部屋か。何だこの扉は……。セツハ君かい?悲鳴は?」


 心配そうなグラウスの問いに、セツハはきょとんとする。

 

「いえ、私ではありませんが……」


「おや、そうかい。……もう一人の彼女……。ええ!?リン君!?」


 緑髪のエルフは機嫌が悪そうに、グラウスを睨む。


「なんだよ、ジジイ。邪魔だからあっち行け」


「分かった分かった。はぁ~、その態度。君が悲鳴を上げるわけもないし……。ああ、そうだ。カノン様にあの騒ぎのこと、報告しときなさいよ」


「うるせえよ。後でやる」


 反抗期の子供のような態度を取るリンにグラウスは呆れた表情。

 いつもより、疲れた瞳が景護の方へ向く。


「そうそう、景護君、アリア様が今からお茶しようだってさ。私からも頼むよ、彼女の話相手になってくれないか?」


「え、ええ構いませんよ」


「そ・れ・と、扉。ちゅぁーんと直すんだよ」


「あー、ハイ」


 老紳士のねっとりとした注意に、「気持ち悪い」という言葉は胸にしまい、頷く。

 そしてそのまま、音もなく去って行ったグラウスの背中を見送る。

 溜め息一つに、原因のエルフに言葉一つ。


「オイ、そこの緑髪のあんた、直しといてくれよ」


「フルハウス?なんだそりゃ……うるせえ!やっとけばいいんだろ!今いいところだから、話しかけんな!」


 身勝手な言動に、先程見た呆れた表情に、自分もなっているだろうと思った。


「ったく……。じゃあ、いってくるから。セツハ、あとよろしく」


「はい。いってらっしゃいませ」



 部屋から離れる景後の背中には楽しげな声が届いた。

 セツハに友達ができるのは、良いことだと頷きながら、ふと思う。

 あいつ、何しに来たんだ?



 ……。


 ……。


 ……。


「勝負!9、10、J、Q、K!種類が違うから、ストレート!どうだ?」


「じょーかー含めて、Aのふぉあかーどでございます」


「はー、負けか!あっはっは!運が勝敗を決する遊びだと思っていたが、強いな白いの!」


「いえいえ、たまたまですよ。リン様」


 セツハとリンは笑い合う。


「やっぱり勝負は楽しい。……おっと、こんな時間か。またリベンジしに来るからな白いの」


「ええ、お待ちしております」


 満足そうな顔をセツハに向けた後、リンは扉を指差し、いとも簡単に元に戻す。

 多種多様な魔法を容易に使いこなす彼女は、やはり天才か。


 鼻歌を歌いながら、直した扉をご機嫌に開き、帰路につく。

 城を出た後、魔法の天才は気づく。


「ああ!あの黒髪の雷野郎!」


 間抜けな叫びが、町に響いた。

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