第14話 赤に青が混ざり紫に見える

 時は少し戻って、どこかの道。


「ああ……、頭が回らん。だが、止まっているべきではないことは分かる」


 地を蹴る足には感覚は無く、視界は薄暗い。

 走るという動作はこれで良かったのか……?

 はっきりしない思考の中、頭に響く声を頼りに、景護は体を動かす。


『深く考えるな、足を動かせ。速く前にさえ進めばいいんだよ。そう考えれば、自然と走るフォームになるさ』


『しばらくまっすぐ行けばいいから、方向は心配しないで。……もう少し休んでいたら、記憶もはっきりするから、こんな苦労しなくていいんだけど』


「大丈夫だよ、先生。それに、記憶が戻った時に事態が手遅れになっていた方が、耐えられない。……!?おっと!」


 何にもない場所、ただの草原で派手に転ぶ。

 痛みも無く、視界も分かりにくい。

 腕だと思う箇所に力を入れ、立ち上がり、再び走り始める。

 

『やはり、馬でも借りたほうが……。だが、あのデカブツとやりあうなら、景護は体を慣らしておきたいからなぁ』


「そういうこと。さぁ、二人とも力を貸して欲しい。


『本当にいいの?その、バランスの制御を失敗すると、あなたは……』

 

「いいよ、賭けるものは自我。力の増幅には、ちょうどいいリスクだ」


 景護は軽く笑う。

 美しい女の子を救えるなら、自分の意識、存在、その程度安いもんだと。


『しっかし、景護の体はあっても、中身……魂が消滅すると、どうなんのかね。俺か姐さんが体の支配権を持つか?……景護、心配すんなよ。お前が居なくなっても、お前の女達は、悲しませねえからな』


「俺の女なんて、どこに……」


『心配しないで。景護がいなくなったら、この馬鹿は私が食い殺すから』


『ははは、うーん、姐さんには勝算ないか?厳しそう』


 人の体の中で、幽霊大戦争しないで仲良くしてほしいのだが。

 

『……真面目な話、景護がいないと私達は、長い時間を現世には留まれないでしょうね』


『だな。お前あっての俺達というわけだ。仲良く一心同体!揃って命懸けてやるさ』


「ありがとう。さぁ、速度上げますか」


 二人の力を意識する。

 赤い鋼鉄に青き稲妻。

 いつもなら、どちらかに意識を寄せ、身を委ねる。


 だが、今回はどう見ても強敵。

 建造物に並ぶような巨大なミノタウロス。

 災害と呼ばれる、封印されていた怪物。


 一人の少女が全てを背負っていた。

 そのために作られ、そのために消費される。

 諦めを抱えたあの子を、救うために。


 自分では、得られないはずの二つの力を両方掴む。

 

「おおおおおおお!!!!!」


 意識が鮮明となる。

 体は、鋼鉄の強度を帯び、紫の雷をまとう。


紫電鎧鋼しでんがいこう


 気を抜けば、荒れた大海に飲み込まれそうな感覚。

 力を抜けば、地の奥底に引きずり込まれそうな感覚。


 歯を食いしばって、一つ跳躍。

 人を越えた速度で駆ける輝きは、まるで雷光が如く。

 あっという間に、目的の森へ到達する。



『そこからまっすぐよ景護』


「え?案内された時は右へ左へグルグル回って、村に到達しなかった?」


『道順をごまかすだけでなく、仕掛けの上を通らされていたのよ。方向感覚を狂わせる術式や、判断力を鈍らせる罠、視界をごまかす幻術。……色々あるけど、全部解除するわよ。村の結界も。ええ、してやるわよ』


「頼りになるー」


 迷わずまっすぐ。

 枝葉を薙ぎ払い、大木をかわし、ただひたすら前へ。


 酷い臭いや軽い眩暈がして、足元がふらつくがすぐに回復する。

 電気が体を駆け巡り、五感が常に強く刺激されているかのようで、些細ささいな妨害も難無く弾く。

 

 小細工では止まらない景護が、次に止まったのは、物理的に進めなくなったからだった。

 勢いよく見えない壁に、正面からぶつかる。


「ドゥエ!……見えない壁。村の結界か」


『景護、私に合わせて!』


「よし、きた。せーの!」


 未知な状態のものの衝突により、波紋を打っていた見えない壁。

 そこに叩き込む紫電まとった拳。

 響く雷鳴。

 結界は、ガラスのように派手な音を立て、殴られた場所を起点に豪快に砕け散る。


 違和感。

 ここは以前、セツハ一人しかおらず、生き物の気配などなく静かな場所だった。

 だが、今は。


『まずいぞ景護!地下で化け物が暴れてやがる……封印が解かれてんな。急ぐぞ!』


「了解!」


 違和感の正体はそれだけではなく、彼女が過ごしていた社に人の気配。

 複数……少なくはない。


 確認は後回しに、小さな湖に沿って、目的地を目指す。

 ミノタウロスが封印された地下空間への入り口が、開放されたままの状態。

 焦るままに飛び込もうとするが……。



夜見よみ!お前、何でここに!」


「……へ?く、国坂景護?国坂景護なのか!」


 ボサボサの黒髪に、泥や血で汚れた服の女。

 地下から現れたまさかの見知った顔との対面に、驚愕きょうがくする。

 だが、今は後回しだ。


「悪い、また後でな」


 大勢、人を引き連れた彼女の横をすり抜けようとすると、バチッ!と何かが弾けたような音の後に悲鳴。

 手を伸ばした夜見が、顔を歪め、固まっていた。


「痛い!お、お前!お前!なんなんだよお前ぇ!」


「すまんって。見ての通り臨戦態勢なんだ。危ないぞ」


 稲妻走る右腕を、夜見に見せる。

 彼女の表情は歪んだまま、景護を睨みつける。


「さ、先に言え!……お、お前、あいつと戦うのか?」


「だから、急いでんだよ」


「反則級の化け物だぞ……。に、二ヶ崎ちゃんと巫女っぽい人を連れて、撤退しよう。避難はもう終わるから、地下はあの二人と悪党だけだ。二人を拾ってきてくれ」


「断る」


「な、お前、カッコつけてる場合じゃないぞ!巫女ちゃんは命を使って封印するつもりだ!お前のレベル50倍強い、二ヶ崎ちゃんも勝ち目はない!攻撃の通じない怪物!撤退して、戦略を練り直すべきだ!」

 

 柄にもなく興奮する同級生を、景護は眺める。

 息を吐き、指を鳴らす。

 そして、戸惑う夜見の頭に手をかざす。


「ちょ、やめ!」


 目を隠した前髪が、ふわりと逆立つ。

 そこには滅多にお目にかかれない、美しい瞳。

 片や青、片や赤に染まった瞳で彼女と向かい合う。


「いってくる」




「ずるいだろ、それは……」


 


 景護は歩を進める。

 なぜか分からないが、ミノタウロスが困惑し、動きを鈍らせているのを感じた。

 一歩、一歩。

 電気を体から、こぼれさせないように慎重に階段を下る。


 前回ここに来たのは、一日前だったかそれとも、遠い過去の話か。

 頭の奥底で砕けた記憶を、誰かが繋ぎ直し、こちらへ差し出す。


 思い出の中に白髪はくはつの女性。

 上から下まで真っ白、潰されそうな重い責務を背負った彼女に言った言葉は……。



 ――彼女を救う我が誓い。


「助けを求めるお前を!俺は見捨てはしない!セツハ!」


「……景護様!」


 眼下に広がる地下空間。

 倒れた二ヶ崎に、かばうように立つ巫女のセツハ、座り込んだ金髪の騎士。


 そして本命。

 檻の封印から解き放たれた、巨大な怪物。

 牛の頭のミノタウロス。


『「雷銃ヴォルペ」』


 挨拶代りに、稲妻の弾丸。

 直撃した顔面は、傷つくことなく、怪物はにやりと笑う。


「なるほど。強敵」


 振りかぶられる剛腕。

 狙いは、封印の巫女。

 

「化け物ォ!セツハ様の次は、その血が付いた拳で、僕を潰せよぉ!はっはっは!国坂ァ!お前じゃ、止めることはできやしない!」


 狂った叫びを気に留めることなく、景護は地を蹴る。


 巨大な拳に打ち込むは、紫電の拳。

 相殺。


 怪物は、二、三歩下がり、肩を慣らすように大きく腕を回す。

 景護は、セツハと二ヶ崎を抱え、後ろへ大きく跳躍する。


「け、景護様。どうして、攻撃を受け付けない亡霊に打撃を与え……」


「何?亡霊……?霊というと、俺も憑かれていますから」


 不安そうなセツハに、ぎこちない作った笑顔で応える。

 

「任せろ!」


 叫び、気合の飛び込みはハエのように叩き落とされる。

 地面、天井、地面と美しい軌跡を描きながら、金髪の騎士がへたり込む壁まで飛ばされる。


「どんな仕掛けで、攻撃を加えているかは分からないが、もうやめてくれないか?僕は諦めたんだ。セツハ様と一緒に死なせてくれよ。早くくたばれよ国坂ぁ」


「……お前、誰だ?」


「……!」


 怒りで歯をき出しにし、何か言い返そうとする騎士を無視し、側面から、敵を狙う。

 怪物の対応も間に合わず、腰から抜き放たれた雷撃まとう一刀は、脇腹を斬り裂く。


「ん?」


 手応えは合った……が、外傷なし。

 懐に飛び込み、太刀筋が十字を描く。

 スフィンクスを両断した、その技でもやはり見た目に変化が現れない。


 こちらを追い払おうと、我武者羅に暴れるので距離を取る。


『のけぞりすりゃしないか……。景護に分かりやすくゲーム風に言えば、スーパーアーマーってやつか?』


『そうかもね。でもその分、体力は削れてるわよ』


「と、なるとちまちま攻撃するより、高火力を叩き込みたいな」


『景護、弓を』


 先生の頼みに頷き、仕掛ける。


『怨みつらみは重き鎖、……沈め!』


 術を展開し、ミノタウロスの足元に、沼を発生させるが……。


「先生!もっと大きくできない?」


『無理よ。人、一人分が限界。あんなの大きすぎて入らないわ』


『姐さん、もう一回言って』


「大将、馬鹿言ってないで、全力全開!」


 片足を取られ、こちらへ倒れ込んでくる牛の頭を拳で弾き返す。

 ぐらりと傾いた巨体はそのまま、背中をつく。


 地響き、洞窟内が大きく揺れ、降ってくる砂を手で払う。



「さて、後でなんと謝るか……」


 二ヶ崎の槍を拾い、右手にチャージした高温放つ放電で無理やり形状を変える。

 完成した大弓もどきに雷の弦を張る。


『良い槍ね。魔力か加護が込められているわ』


 刀を抜き、矢のようにつがえる。

 沼の効果が切れ、怪物は立ち上がる。

 引き絞り、一点に最高、最大の火力を。


 狙うは、胸部。

 心臓の有無など、どうでもいい。

 生という概念を貫くのみ。


 怪物が踏み出す。

 退かぬ。

 

 地を揺らす、巨大な獣の咆哮。

 狙いは外さぬ。


 嵐のような進軍で距離が縮まる。


「景護様!」


 敵は、眼前。

 迷いは不要、後は放すだけ。 


『「雷風暁闇ブリッツ・アルバ」』



 紫電翔ける、怪物貫きその先へ。

 景護の目の前で動かなくなったそれは、崩れ落ちることなく、徐々に消えていく。


「……え?き、消える?」


「そうだ、アナタは自由だセツハ」


「け、景護さま……」


 セツハの赤い瞳からは、ぼろぼろと涙が溢れる。

 

「ど、どうして、記憶も消されたのにどうやって、ここに?どうしてわたくしを……そ、その、助け……」


「何回も言ってんだろ」


 セツハに背を向ける。

 

「アナタが助けを求めていたから、助けに参りました」


「あ、あ、あああああああ。うああああああ」


 役目から、死の運命から解放された彼女は泣いた。

 死ななくていい、これから生きていける。

 それより、それより、自分の言葉に応え、自分のために何かをしてくれる人がいたことに泣いた。

 孤独に生まれ死にゆく、この場所で。

 そうじゃなかった。

 そんなことなかった。

 それが、本当に、本当に……。




 景護は、セツハの声を聞きながら、消えたミノタウロスがいた場所を軽く撫でる。


怪物あなたにも幸せになる権利がある……か。強い言葉だ」


 ふと、ギルドで読んだその言葉を思い出す。

 だが、選んだ。

 怪物を消し、少女を救うことを。


「すまないな。君と共存できるほど、人間は強くないんだ」


 人を喰らう存在に投げかける言葉として正しいかどうか、分からなかったが、自然と動いた口は、その時の気持ちだった。



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