第13話 雷光
「一日に一人を生贄に捧げればいい。あの白線の向こうへ、投げ入れる。それだけ、お願いします」
「はいよ、旦那。報酬たんまり頂いてますし、その程度お安い御用です」
「……僕も一回見ておきたいな。今日の分、いいかい?」
「了解」
箱の中で拘束され、捕らわれた
周りの箱の中は、動物なんかではなく、やはり人。
話を聞いた限りでは、誘拐された人は女性、子供……力の無い人々。
自分を捕らえた男は、一回接触した感じ、レベルが高いとは思えなかった。
ただ、旦那と呼ばれている人物は得体が知れない。
「どれでもいい……じゃあこれにしようかな」
夜見の二つ、三つ隣に置かれた箱。
大男二人がかりで、乱暴に箱を開け、拘束された女性を引きずり出す。
「ンンー!」
塞がれた口から、助けを求める言葉を発そうとするが、意味を持たない呻きが虚しく響く。
自分が選ばれなくて良かった……。
いや違う。
夜見はハッとする。
自分はこの異世界に来る際、力を与えられ、一般人よりは戦える。
ここへだって、潜入のつもりだったし覚悟をしては来た。
だが、捕らえられた他の人々はただの被害者。
恐怖で戦える者もいないだろう。
……冷静な判断をすれば、今日の生贄を一人犠牲にし、不確定要素である「旦那」と呼ばれる人物がいなくなってから、自分でも勝負になる二人と対峙する。
「いやああああああ!!!助けて!助けて!」
多くの人を救う、確実な方法は……。
冷静な正しい選択肢は……。
「あの子が待っているのに!私がいないとあの人は!」
足の拘束を無理やりちぎり、箱を蹴る。
ガン!と派手な音が悲鳴に応えるように鳴る。
「ん?」
ガン!とまだ蹴る。
蹴り続ける。
「うるせえぞ!拘束解けてるだろこれ!」
「俺は全員ちゃんとやったぞ!」
「まあまあ、お二人とも。でしたら、今日はこのうるさい音のやつから、使えばいいじゃないですか」
「……旦那がそう言うなら……。お前は明日だからな!」
「ヒィ!フゥー……フゥー……。アガッ!」
再び拘束され、突き飛ばされる命拾いした女性。
男がガンガンうるさい箱を開けると、そこにはボサボサの黒髪に、肉感のある女性が暴れていた。
「こんな奴いたか?」
「どうでもいいだろ、そんなこと。チッ、足の拘束が解けてる。運が悪かったなぁ!今日はお前からだとよ!」
小さな山のようなものが、
一定の間隔で動く背中。
眠っているのか、今は大人しい。
無謀にも女性を救うために、アクションを仕掛けたが、白線……
「やれやれ、今日から毎日人が食われるのを見届けにゃならんのか。労働は大変だ……。じゃあな嬢ちゃん。せーの!」
放物線を描く軌道の中で、腕の拘束を引きちぎり、口を塞いでいた物を取り外す。
怪物を見据え、次の
着地、受身、檻から伸びるミノタウロスの腕をかわす。
異世界での体は思うように動き、難題を軽々こなす。
怪物は寝ぼけているのか、想定より遅くて助かった。
「何ぃ!」
驚く大男二人に、背中に仕込んだナイフを取り出し斬りかかる。
一人は、動けないところに一太刀。
構えをとったもう一人は、腕を斬りつけ、打撃を腹部に。
二人は戦闘不能。
自分よりレベルの低い二人。
現実では、致命傷でもなさそうな攻撃。
それに、ここまでの効果があったことが、夜見にやっとステータスの概念を実感させた。
「あ、あと一人……」
顔を上げると、ここが洞窟のような広い地下空間だと改めて視認できた。
降りてきたであろう階段の近くに、箱が……二十個いや三十個近く。
あと一人を倒し、あの人達を救助する。
「あ、あれ?あいつは……?」
「ここだよ」
「……!?」
激痛。
腹部に突き刺さる剣に、唖然とする。
「わ、わ、私は……さ、刺された?え?」
引き抜かれる剣。
夜見は、力の入らない体に従い、倒れるしかなかった。
「まったく……。自分達より強い人を捕らえているってどういう……おっと、これは良くない。良くないな」
「……この状況、説明をお願いできますか。クロカさん」
「……セツハ様。それに、
「月子さん!」
階段から現れたのは、巫女のセツハに、夜見の仲間の
白銀の鎧を装備し、槍を背負った二ヶ崎が倒れた夜見に駆け寄る。
「お前は不要だ。生かして帰さないよ」
「……」
「僕の神速の剣技、見切れるかな?この子は、反応もできずにこんな感じだけど」
大男二人に旦那と呼ばれていた若者。
足元の夜見をつまらなそうに
白銀の鎧、ガーランサスの騎士、クロカは金髪をかき上げ、剣を構える。
「隼……」
呟き、クロカが跳躍と共に姿を消し……。
「邪ァ!魔ァ!」
壁に叩きつけられ、地下空間に鈍い音が響き渡る。
二ヶ崎が横に振るった槍は、鎧の騎士の最高速度を難無く捉え、一撃で勝利する。
「ガッ……なんだ、この、馬鹿力……グッ」
動けなくなり、呻くクロカを気にすることなく、彼女は仲間の元へ。
「月子さん!しっかり」
術式展開。
効果、回復そして治癒。
「はぁ~、生き返るわぁ。異世界、便利だな」
「良かった……。ごめんね、遅くなって」
「い、いや、じ、自分なんかが、と、友達の役に立てたのなら、う、嬉しい」
「月子さんのおかげで、誘拐事件解決だよ。本当にありがとう」
「そ、そうか。……よく、結界、入ってこれたな」
「うん。見張りの人がいたから、戦……説得してたら、彼女が入れてくれて」
二ヶ崎はクロカに歩み寄る、
結界内に住む巫女。
ミノタウロスを封印する者。
そして……。
「クロカさん、何をやっているのですか?こんな……」
壁にもたれ、ゆっくり顔を上げる金髪の騎士。
「言ったじゃないですか、僕が必ずセツハ様をお救いすると」
「……こんな、こんなことがですか!?人を誘拐することがいった何に……」
騎士は手を差し出す。
彼女に掴んでほしいと願うように。
「逃げましょう、こんなところ。セツハ様が作った生贄の人形の残りと、この僕が用意した生贄で時間を稼ぎ、隣の国のアーレナイアへ。僕と共に」
セツハの白い手が、差し出された手を払う。
彼女は赤い目をカッと見開く。
「バカなこと言わないでください!我が一族の使命を投げ出せとは!
「何が使命だ!あなたが命を削り、心を削り、役目のためだけに死ぬなんて、僕が許せない!見ず知らずの冒険者にすがりつく程にあなたは限界だ!僕が救うしかないんだ!」
「……頭を冷やしてください。双葉様、それに……月子様でしたか?この者の拘束と、皆さまの救助、お手伝いお願いします。急ぎましょう、あれが完全に目を覚ましてしまいます」
「あ、はい!」
「つ、月子様?……様と呼ばれるのはやばいな……」
名前を呼ばれた二人は、慌てて人が捕らわれた箱を開けに向かう。
箱から救助した人々をとりあえず、地上にある小屋で休ませる。
作業を繰り返し、その数は大体、半分ぐらいに達していた。
そんな時。
「ご、ごがあああああああああああ!!!!」
拘束していたクロカの手下が、絶叫と共に立ち上がる。
二ヶ崎が、素早く押さえつけるが……。
物理的そして魔法での二重の拘束を振りほどいた男は、二ヶ崎の首を掴み、持ち上げる。
「双葉様!いったい何が!」
「……!!」
「あああああああああああああ!!!!」
そして、もう一人は、絶叫しながら走り出す。
出口の階段ではなく、その反対。
ミノタウロスの檻めがけて体ごとぶつかっていく。
「いけません!結界が!」
「え?ちょ、ちょっと!」
セツハが走るが、遅かった。
丸太を上回る太さの剛腕は、男を掴み、口元へ。
何かが砕けるような音に耳を塞ぎ、目を背けた夜見は、クロカを睨む。
「お前!何かしたのか!?助けないと!いや、残りの避難が先か?ああクソ!何からやればいい!」
「……アーレナイア。そこへ。あれを……」
虚ろなクロカの呟きは、咆哮にかき消された。
セツハが暴れる怪物の前に立ち、手を掲げ何かを唱えている。
怪物の檻を殴る手は休まらず、攻撃に激しさが増す。
轟音、轟音、悲鳴。
「きゃっ!」
セツハに二ヶ崎を投げつけ、そのまま男は檻に向かって飛び込む。
そして、怪物を封じる結界に溶けてしまった。
その時、咆哮一つで、世界が揺らぐ。
――そして
怪物を封じていた仕切りは砕け、人の世界と繋がってしまった。
動けない夜見。
笑うクロカ。
倒れたままのセツハ。
無慈悲な剛腕が、セツハを狙い振り下ろされる。
「グッ!!!」
間に割って入った二ヶ崎が軽々吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられる。
「まだまだァ!」
地を蹴り、彼女は槍を握りしめる。
氷をまとわせ、強化した武器で、ミノタウロスを狙う。
「
跳躍し突進する氷の槍は、怪物の肩を捉え……。
ぬるりと通り抜ける。
「え!?」
振り向いたミノタウロスに、叩き落とされる二ヶ崎には状況が理解できなかった。
「な、なんだあいつ……攻撃を受け流した?」
震える夜見の言葉に、クロカが笑う。
「ハッハッハ!あーあ、終わりだぁ!あれはただのミノタウロスではないよ。亡霊だ!アンデッドの特性を持つ殺せない化け物!人の攻撃は効かないよ。レベルが低ければ、アンデッドは浄化できるが、あれはそんなものではない!」
ふらつきながらセツハが来る。
「そうです。ガーランサスにはあれを浄化できるほどの、浄化のスキル、適した属性の魔法を持ち、あれに
「ふ、封印できるのか?」
夜見の問いに、横から口が挟まれる。
「命を使うつもりだろうセツハ様?ダメだダメ。やっぱりアーレナイアに行きましょう。あそこなら打開策も……」
「ガーランサスの民を見捨てろと言うのですか!一時しのぎでも私は!」
セツハは光輝く魔法を放ちながら、叫ぶ。
怪物の歩みは遅くなるが、止まりはしない。
「時間を稼ぎます!月子様!」
「わ、分かった」
セツハの気迫に押され、夜見は救助された人々の方へ駆け出す。
「はあああああ!!!」
二ヶ崎の槍は、怪物に突き刺さるがやはり手応えがない。
「双葉様!あなたも避難を!」
「いいえ!まだ!やれます!」
白銀の鎧は欠け、美しい黒髪は泥まみれで、額には血が滲む。
息は上がり、膝をつく。
大樹のような足が、眼前に迫るが、反応できず蹴り飛ばされる。
だが、飛ぶように戻って来た彼女は、ミノタウロスの体を再び貫く。
「双葉様!あなたが死んでしまいます!」
セツハの悲痛な叫びに、二ヶ崎は微笑む。
「私には聞こえました。セツハ様の心は、恐怖と戦い、死にたくないと、誰か助けてくれと叫びながらも、命を使う覚悟がある。そんなあなたを一人にしたくは、ありません」
「……双葉様!?」
「大丈夫。大丈夫です。私がいま……」
ぐらりと戦士は倒れる。
封印の巫女の覚悟は決まる。
振り上げられた怪物の右腕を見上げ、詠唱を始めようとした。
その時。
――雷鳴。
「村を囲う結界が、解除?いや、分解された?」
戸惑うセツハ。
だが、それ以上に怪物は落ち着きなく辺りを見回す。
二人を狙うことも
放電音。
階段下る足音と共に、電気を、火花を感じる。
男の登場に、怪物は後ずさる。
右目に赤き鋼鉄を。
左目に青き稲妻を。
『
武器を通さぬ鋼鉄の如き硬度の体は、紫電をまとう。
セツハは、目を疑う。
記憶を消され、この場所を忘れた彼が。
自分を救うと言ってくれた彼が。
別れを告げ、もう二度と会うはずも無かった彼が。
――再び。
「助けを求めるお前を!俺は見捨てはしない!セツハ!」
「……景護様!」
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