第9話 依頼
「よお、神獣狩りの兄ちゃん」
「あなたは……ああ、職人さん!先日はイヤリングありがとうございました」
「よせやい、良い素材持ってたからって、無理やり頼んで悪かったな」
景護は城に荷物を置いた次の日、武器屋を目指していた。
そして一人での道中、最近知り合った顔に巡り合った。
背の高い犬耳のおじさん。
スフィンクスの核を手に入れたその日、こいつの価値が知りたくて尋ねた店。
機能や使い方はさっぱりだが、興味の湧く物が多かった。
「そういえば、お店この辺りでしたね」
「おうよ、茶くらいなら出すぜ。今日は現金あるから、あれ換金もしてやれるぞ」
「本当ですか?じゃあ、お邪魔しようかな」
迷いも疑いもしない景護に、職人は気さくな笑顔を向け、心配の言葉を投げる。
「おいおい、俺が兄ちゃん
「そんな人が、代金はいいから加工させてくれなんて言わないでしょうに。それにそれをやるつもりなら、初めて会った時に吹っかけてくるはず」
「ハハハ、お前さんの言う通りか。つまらないこと言って悪かったな。さ、上がってくれ。商売は信頼が命。兄ちゃんの信頼に応えた取引をするさ」
ドアを開けば、魔法道具、装飾品を扱うレトロな雰囲気がたまらない薄暗い空間。
レンガの壁に、天井の古臭いランプ、無駄に飾られた歯車、鎖が巻き付けられた大量の錠がついた箱。
装飾品が乱雑に置かれた、棚の横にある椅子を指差す職人に従い、そこに座る。
目の前の机には、錆びた金属製の腕輪、汚れたガラスの容器、砂の詰まったビンなど、ゴミと勘違いしそうになる物もある。
カップを持ってきた職人が、それらを腕で払うように全部落としてしまう。
けたたましい音がするかと思い、景護は身をすくめる。
ところが小物達は、バウンドし、棚の空いているスペースへと収まっていった。
「自己紹介が、まだだったな。俺はホクト。ほっくんでも、ほーちゃんでも好きに呼んでくれや」
「ははは。国坂景護です。ホクトさん、よろしくお願いします」
差し出された右手に握手で応えると、ホクトは景護の肩を軽く叩く。
「景護、そう硬くなるな。タメ口でいいぞ」
「……それじゃ、軽い感じで」
眩しい笑顔に、微笑み返す。
カップに口をつけ、唇を
手のひらくらいの大きさの、結晶を手渡すと、ホクトはまじまじと観察を始める。
「すげぇ」「驚いた」自然と漏れるそんな言葉たち。
一つ頷いた後、紙幣の束に大量の硬貨を取り出す。
「こんなもんか。これだけあればしばらくは、金に困らんだろう」
「買い物の時、毎回結晶を渡すのは避けたかったので、助かりました」
「紙幣を使うようになったのは……先々代の女王様の時だったか。だから、今でも
「はい」
板が殴られたかのような打撃音。
バァンという音に、紙幣を数えていた目を上げる。
開けられた反動だけで、元の状態に戻り閉まるドア。
ガサツな来客者。
「くっら!おじさんいるー?……うわ!夜以外にお客さんとかめずらし!」
聞き覚えのある快活な声。
薄暗い部屋で目を細め凝視。
獣の耳が見えるから、獣人か。
「おーい、おじさーん!」
「おうよ、ここにいる。今、客人がいるからちょっと待ってろ」
「えー、掃除しにきただけだから、勝手にやっとくよー。夜にお客さん来るまでに綺麗にしたいじゃん」
「いつもすまんな!」
「ほう、店の手伝いとは立派だな。ナッツ」
「げ、何であんたがいんのよ!レベルい……バカ景護!」
これまた、最近知り合った獣人の女の子。
褐色の肌に、筋肉質な身体。
「俺の客だからだ。……それにしても、お前のあの二人以外の知り合いか。しかも、男。ほう」
ホクトはニヤつきながら、
「~~!べっつに、一緒に依頼やっただけよ!」
「ということは、ナッツが言ってた自称
真っ赤な顔でそっぽを向くナッツに、嬉しそうなホクトが視界に入る。
「そんな、
「今、この町はお前さんの話で持ちきりだぜ。神獣狩りの正体は?ってな。何で、自分の功績を隠してんだ?」
「別に隠しているわけではないんですけど……」
ふと、景護は思う。
確か、あの時間帯は二ヶ崎に留守番しているように言われていたが、勝手に依頼を受け、外出。
それがばれないために、何となく黙っていたが……。
「同級生に嫌われないためとか、
ぼそりと呟きが漏れる。
「え?何か言ったか?まぁ、景護が黙ってんなら、従うぜ」
「うわぁ、すっごいお金!あんた、しばらくなんもしなくていいじゃん。これから、どうすんの?」
お金を三つの袋に分け、片付けていると、ナッツが覗き込んでくる。
その顔に、疑問の答えとして石を見せる。
ギルドには大きな掲示板のような石があり、それはこの石でできている。
そこで、記録されている依頼を皆が確認し、受付に申し込む。
かなりの文量を記録できるため、スペースの都合で依頼が掲示できないということはない。
受諾が終われば、自分が持っている小さな刻鏡石に、受けた依頼の文を記録しても構わない……コピーアンドペーストというわけだ。
自分の記憶からわざわざ移すより手軽で、他人と共有しやすいらしい。
「んー?この人の依頼珍しく無いと思ってたら、あんたが受けてたの」
「よくある依頼なのか?」
「まーね。巫女の道楽、慰みもの探し、男漁り、寂しさの紛らわしとか、言われてんの聞いたことあるなー」
「おい、ナッツ。巫女様は俺らのために、一人で役割を果たしてくれてんだぞ」
「アタシは分かってるよおじさん。ただ、事情も知らない連中が、好き放題言ってるって話!」
考え込む景護。
情報が不足していて何とも言えないが、事情があるらしい。
「詳しく聞きたいんだが……」
ナッツとホクトは顔を見合わせる。
困っているというより、詳しく知らない様子。
「俺が知ってんのは、巫女様がどこかの村で、魔物を封印してるらしいってことくらいか。方法は機密だから、ほとんどの人は何がどうなってるのか知らないな。それが、好き放題言われてる原因かねぇ」
「必要な物資は城の騎士連中が運んでるんだけど、それ以外にも納品の新しい依頼が、次々と出されているんだよねー。それも、悪い噂に
とりあえず、景護は考えをまとめる。
分からないことが多いから、噂が一人歩き。
城からの物資……税金が絡んでいると、町の人は良い目で見ないだろう。
自分は苦労しているのに、あいつは物を提供してもらっている。
面識もなく得をしている相手へ、人は当たりが強くなりがちだ。
巫女様による恩恵がもっと分かりやすければ、こうはなっていないはず。
自分で確認するのが、得策と思える。
考えが整理できたので、カップの紅茶を飲み干して、席を立つ。
「ホクトさん、色々ありがとうございました。そろそろ行きます。紅茶ごちそうさまでした。ナッツもありがとな」
「おう、またこいよ景護。魔力、攻撃力、防御力、あと一押し上げたいと思ったら来てくれや。今日もらったやつ、腕輪にでもしといてやるぜ」
「もう行くのかよ。……あたしは、よくここにいるからな」
「なんかあったら、頼れってよ」
「おじさん!そんなこと言ってないじゃん!」
賑やかに言い合う二人に軽く手を振り、店を後にする。
「っと。すいません」
店を出た瞬間、何か硬いものにぶつかる。
感触は金属。
鎧を装備した騎士か何かか、と視線を上げ顔を見る。
顔が無い……が、その
「ギーアじゃないか」
顔無しの鎧、デュラハンのギーア。
数少ない、景護の知り合い。
「おお!景護殿!この店のこと、ご存じでしたか。ということは、ナッツにも会いましたかな?」
「偶然だけどな。また三人で依頼でも行くのか?」
「いやいや、今日は違いますぞ。今日は景護殿を探すのを、ナッツに手伝ってもらおうと思っていましたが、手間が省けましたな」
「俺?」
首を
知り合ったのは最近、特に用事など心当たりもない。
ギーアは大事そうに抱えていた、剣道の
手で、開けてみろと
顔があれば相当にやついてそうだなと勝手な想像をしつつ、頑丈に結ばれた紐を解き、慎重に中身を取り出す。
「これは……刀!?」
景護の反応に、鎧は嬉しそうに手を叩く。
親指をグッと立て満足をアピール。
この世界では、両刃の西洋風な剣しか見つからなかった。
そういう世界だと、諦めていたが、反りのある片刃の刀があるとは思いもしなかった。
「景護殿が、スフィンクスをぶった切ったのを見て、思い出したのです。武器屋で眠るこいつのことを。同じ形状であると。ぜひ受け取ってほしいですぞ」
「い、いや、ありがたいが、金ならある。払わせてくれ」
「いやいや、命を救ってくれたお礼ですから!それに、こいつは誰も使いこなせず、売れ残り、格安になっていた物。大した値段ではないですぞ。ささ、遠慮なく。我々の
戦友ときたか。
そこまで言われて、遠慮するのは無粋というもの。
「そうか、そこまで言うならありがたく。しかし、この世界で刀なんて作ってる物好きいたんだな」
「おそらく、以前の
景護は、異世界転生者が自分を含め、複数いることを思い出す。
クラスメイトの三人以外にも、いる可能性はゼロではない。
「とにかく、ありがとなギーア。大切に使わせてもらう」
「いやぁ、いらないと言われなくて一安心」
異世界でできた友に別れを告げ、依頼の運搬する物を受け取るために、城へ戻る。
「これは、
「見て分からんのか?泥だ」
「泥」
城の入り口付近、警備の騎士に要件を伝えると、届ける物を持って来てくれたのは、良かったのだが……。
袋いっぱいに詰められた泥を受け取る。
巫女様が欲しがっている物らしいが、泥ときたか。
「あの、依頼にある村までの地図とかありませんか?」
「何を言っている?あの村の位置は極秘だ。我々、ガーランサスの騎士と共に行く」
位置が極秘。
荷物は泥。
景護は混乱しないように、頭を振る。
「それより、いいのか?事前の面接と実力テスト受けにいかなくて」
「え?そんなのあるんですか?」
「ああ、知らなかったのか?我々、城に
「必要ないよ!私が許可する!」
眼鏡をかけた燕尾服のよく似合う老紳士。
頭は
手に持った扇子をピシャリと閉じ、こちらへ向ける。
「国坂景護君!また会ったね」
「グラウス様!……よろしいのですか?」
警備の騎士がおどおどと尋ねる。
そう、グラウス。
ギルドで初めて依頼を受ける時もなぜか、景護を
その正体は、隠居した女王の元右腕か、現役のガーランサスの重役のどちらかと聞いていた。
ここまでの行動だけでも、彼の権力は機能していることが分かる。
つまり、女王の右腕とも呼べる大物だろう。
「私は反対です!グラウス様!」
グラウスの後ろから現れた、白銀の鎧をまとった騎士二人。
金髪の男女それぞれ一人ずつ。
「ア、アンジェ。グラウス様の許可が出てるんだから、いいじゃないか」
「クロカは下がってなさい」
「い、いや、でも」
「い・い・か・ら」
女性の騎士に
景護と向かい合ったアンジェは、腰の長剣を抜き、顔の前にまっすぐ立てる。
「こんな、得体の知れない新米冒険者、信頼できません。見てくださいよ、武器はぼろい剣に、防具は布の服。共に仕事を行うなど不可能であると思います。グラウス様」
『正論』
「私は協力してもらった方がいいと思うよ。そのための依頼とギルドメンバーだからね」
熱くなったアンジェとは対照的に穏やかにグラウスは言葉を返す。
「……。では、面接をグラウス様が行い合格ということで、実技のテストを今から私が」
「強情だねぇアンジェ君。やってもいいけど、やめた方がいいと思うよ」
「……。グラウス様の許可が出ました。こちらへ」
アンジェに従い、ついて行く。
城の中庭、開けた空間に辿り着く。
「ルールは……」
「ルールがあるのか」
景護が話の途中で、しゃべったことが気に障り、
「……。相手が降参するか、意識を奪えば勝利でいいですよね。治療費、回復のポーションは私が出します」
「……はぁ。異議なし」
「審判は私がしようかね。死にそうになったら、止めないといけないし」
グラウスが、景護とアンジェの間に立つ。
向かい合う金髪の女騎士を観察する。
アンジェ……レベルは35。
スキルまでは分からないが、剣術を中心としたものだろう。
装備はガーランサスの騎士の標準的な物。
白銀の鎧に、長剣。
性能は、そこらの冒険者の装備よりいい物のはず。
「始め!」
グラウスが下がり、合図を叫ぶ。
「本当に依頼やる気あるんですか?そんな、奇妙な剣に布の服」
構えない相手に、アンジェは問う。
「あるから来た」
「そう、ですか!」
地を蹴り騎士は剣を振るう。
白銀の一閃。
男の胴を難無く捉える。
手応え十分、男は横腹を裂かれる。
ぐらりとそれは、膝をつき……。
――溶けて消えた。
いや、地面に映る影となる。
背後から、アンジェの首筋に刃物が当てられる。
『六つの影よ、器を
「勝負ありだ。降参しろ」
影から現れた男が、女騎士の命を握る。
怒り。
剣術の競い合いでないことに。
怒り。
一撃で負けた自分への不甲斐なさに。
「ふ、ふ、ふざけるなああああああああ!!!!騎士の決闘だぞ!正々堂々戦え!お前みたいな、騎士としての覚悟も
「正々堂々?
アンジェは景護が、傷を与えないのをいいことに、距離を取り、勝手に仕切り直す。
「構えろ!私の何が折れる!この剣は、ガーランサスの兵となった我が誇り!簡単に折れることなど!ない!」
勢いをつけ、こちらを斬ろうと剣を振りかぶる姿が目に入る。
腰の鞘に手を当て――
踏み込みすれ違う。
振りぬいた一刀を鞘に戻す。
居合斬り一閃。
女騎士の胴を薙いだ軌跡は白銀の守りを断ち、鮮血が流れ出る。
アンジェは静かに倒れ、明確になった実力差。
それによって、折れるものは……。
「何が折れるかって?お前の
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