第10話 行方不明
「人さらい……誘拐ですか」
「ええ。最近、行方不明の方や、捜索の依頼が増加している傾向にあります」
双葉は城内のある場所に呼び出されていた。
円卓を挟んで向かいに座る、青髪の女性の私室に。
光の当たり方や、見る角度によって色の濃さが変わって見える不思議な美しい髪。
それはまるで空。
澄みきった水色にもなれば、夜空もような黒にも。
それも相まって金色の瞳は、星のようだった。
「誘拐だと思われた根拠はあるのですか?カノン様」
カノン。
カノン・ド・ルーラ・ガーランサス。
現在のガーランサスの若き女王。
薄い青色のドレスは首元まで隠し、上は長袖、スカートは立ち上がったとき床まで届きそうだった。
「被害に
「許せませんね」
「そこで、双葉に調査をお願いしたいのです」
女王
この町に着いてから、人助けばかりしてきたが、まさかここまでの信頼を得ていることは、双葉にとっても予想外だった。
「……私でよろしければ、全力でやらせていただきます」
「ええ、あなただけが頼りです。お願いしますね……ですから」
「えっ?」
カノンは双葉の手を両手で包み込むように握り、金色の瞳で見つめる。
双葉は大きく頷く。
最後の言葉は予想外だったが、決意新たに部屋を後にした。
カノンは一人、物思いにふけっていると、聞きなれた声が扉の外から。
彼には用があったので、静かに立ち上がり、顔を出す。
「グラウス、今いいかしら。……あら、彼女はどうしたの?」
「ああ、お嬢様。彼女は今しがた、決闘に敗れまして。治療は終わり、怪我は大丈夫なのですが、いかんせん心が」
「心?」
老紳士に担がれた鎧の女性。
名前は、確か……。
「アンジェ」
「……。……なぜだ。なぜあんな男に……?……その声は」
「アンジェ、あなたの努力を私は知っています。そして、一度の敗北程度で折れないことも。しっかり顔を上げなさい、ガーランサスの騎士よ」
「……!?カノン様!それにグラウス様も!申し訳ありません!無様な姿を!」
鎧の女騎士は、跳ねるように老紳士の腕から飛び出し、直立不動になり敬礼する。
「いいよいいよ。アンジェ君。もう大丈夫かい?」
「ハッ!このアンジェ、直ちに仕事に復帰いたします!カノン様!お言葉ありがとうございました!」
走り去る後ろ姿を二人は眺めながら、自然とグラウスが口を開く。
「見事な手際でございました。お嬢様」
「お嬢様はやめなさいといつも言って……。それより、例の件は」
老紳士の眼鏡の奥、眼差しが鋭さを増す。
柔和な微笑みは消え、気持ちが切り替わったことは一目瞭然だった。
「ええ、
「そうですか。それだと厄介ね。では、ここからも慎重にお願いしますね」
「はい」
「同じところを何回も通っているが、道大丈夫なのか?」
現在地、森の中。
町を出て、草原抜けて、森の中。
景護は、クロカと呼ばれる騎士の後に続いていた。
「おや、分かるのかい?
「尾行の警戒に、俺が道順を覚えることを嫌がってるのか」
「そうだね。だいたいその通り」
「ならなぜ、わざわざギルドに依頼など出す?騎士達だけでやれば、いいじゃないか」
「僕にそう言われても。……巫女様の希望じゃないの?」
先を行くクロカは、足元の枝を蹴飛ばし、地上に顔を出した木の根を飛び越える。
それに
「ところで、こいつは
「何って、アンジェだよ」
「なぜ、剣を構えたままついてくる?」
「君にご執心なんじゃ……。あ、ごめんなさい!アンジェ、剣振りかぶったままこっち来ないで!ごめんなさい!……元気になったかと思えば、おかしいことに」
決闘の後、燃え尽きたかのように動かなくなり、グラウスに連れて行かれた彼女。
クロカの案内で目的地に行こうとなった時、復活して戻ってきたのはいいが、殺意の化身みたいになってしまっている。
彼女は、クロカの横をすっと通り過ぎ、剣を地面に突き刺す。
「わああああ、って、もうこの場所か」
「クロカ、真面目にやりなさい。見張ってるから、後はお願い」
「君がそれを言うか……分かったよ。国坂君、ちょっと下がってて」
彼が片手を上げると、見えない壁に波紋が発生し波打つ。
見えないのに、動きを感じる不思議な光景だった。
『結界ね』
『こりゃまた大規模な』
「本気で隠してあると」
「そうだよ。
透明な壁を抜け、木々を抜ければ――
――小さな湖に、一軒の小屋。
いいや、小屋と言うよりあれは……。
「
首都ガーランサスの街並みは、石造りの建物が多く、西洋風だった。
城の存在も相まって、そういう世界だと景護は思っていたが……。
クロカは、一つ深呼吸し、扉をノックする。
「セツハ様、クロカです。失礼します」
「はい」
女性の声。
クロカに続き、建物に入る。
殺風景な空間に、
巫女と聞き、勝手な想像だったか、黒髪に上は白の小袖、下は赤い
白の小袖だが、袴も白。
だが、衣類は少し
そして、こちらに向けられたのは、赤。
真紅の瞳と目が合う。
床をぎしぎし鳴らしながら、ぎこちなく近づく。
「依頼の物です」
「まぁ、ありがとうございます」
何に使うかも分からない泥の詰まった袋を渡す。
終わり。
「え?依頼終わり?帰ればいいのか?」
クロカを振り返ったその瞬間。
「そんな……、冒険者様。ゆっくりお話しでも聞かせてもらえないでしょうか?」
「……僕は外で待っている」
「な、マジか」
案内人は退出し、初対面の女性と二人きりになる。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「く、国坂景護です。よろしくお願いします」
声が裏返った。
『いや、お前……』
呆れた声が頭に響くが気にしない。
「セツハです。はい、よろしくお願いします景護様。あ、こんな時間ですし、食事にしましょうか」
どんな時間だ。
森を歩き回った上に、結界を通ったせいで空も分かりにくく、時間なんて分からなかった。
「どうぞ、俺のことはお気になさらず。あれなら帰りますし……」
立ち上がり、食事の準備に行く彼女の背中にそんな言葉を投げる。
……。
……。
「では、いただきましょうか」
いただくことになってるー。
目の前には、和風の食事。
座布団に座り、床に敷物、その上にご飯、汁、焼き魚、煮た野菜、お茶が並ぶ。
「あの、景護様。今までの冒険のお話聞かせてくださいませんか?私の楽しみなんて、それくらいしかありませんので」
重い。
彼女は、噂通りここで一人らしい。
そんな彼女の期待に応えられる程、話のネタはないがこれまでの旅を振り返る。
ある村でのゴブリン退治、野犬討伐にスフィンクスとの戦い、そして決闘。
下手くそなしゃべりでも、セツハは目を輝かせ、熱心に聞き入ってくれた。
話のネタも尽き、食事も終わったので、彼女に感謝を述べる。
「ごちそうさまでした。久しぶりによくしゃべったので、楽しかったです」
「本当ですか?……景護様、一つ……。一つだけ、聞かせてもらってもよろしいですか?」
「え、ええ」
「なぜ、あなたは、
言葉を一つ一つ噛みしめるように、彼女は問う。
ことの本質までは見えないが、意味のある質問だと感じた。
だが、深く考えることでもなく、すんなりと答えは頭に浮かぶ。
そう、依頼を受けたきっかけは。
「アナタが助けを求めていたから、助けに参りました」
そう、不自然な依頼文の言葉。
「私を助けてください」
それが気になってこの依頼を受けることにした。
――涙。
セツハの宝石のような赤い瞳から、涙が一筋。
彼女は、自分を抱きしめるようにうずくまる。
景護はどうするか、一瞬戸惑う。
「クロカさん」
その時、セツハは表で待つ、この場所までの案内人を呼ぶ。
打撃音。
何かを叩いたような音の後、金髪の騎士は入ってくる。
そして、景護を見つめ、……いや、
複雑な表情には違いなかったが、彼の感情までは読み切れなかった。
「国坂君、明日迎えに来る」
そう言って、
涙を
「今日は泊まっていってくださいね」
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