第7話 命が集う都市 後

 「ハッハッハ!自称宙の祝福シエルレガロ!証拠の紋章なしで神の遣いを名乗るとは、罰当たりですな景護殿!もしくは、豪胆なんであらせらろう」


 豪快に笑う首の無い鎧。

 彼は、デュラハンのギーア。

 レベル20、スキルは剣術、槍術、投擲と近、中距離戦が主な戦士。

 

「それに、レベル1なんて、今まで何してたの?全部お母さんがやってくれてたのかなー?にゃはは」


 こちらを小馬鹿にしたように笑う褐色の獣人。

 彼女は、ナッツ。

 犬のような耳と尻尾がついており、時たま激しく動く。

 レベル23、格闘術、回避といった根っからのインファイター。

 それに加え、開錠術、隠密行動、長距離移動適性など冒険に役立ちそうなスキル、能力を備えている。


「ごめんなさいね~景護さん。口は悪いけど、あなたのこと気に入っているから、絡んでいるんです。本当、ひねくれた子ですいません~」


 ナッツの非礼を必要以上に頭を下げる腰の低いシスター、ミズア。

 頭を下げた時、存在を強調する胸に視線を奪われるのは男の悲しいさがだろう……。

 詠唱速度、魔法道具、回復魔法に水魔法、植物の栽培……信仰心なんてスキルがあることに景護は初めて気がついた。

 レベル25で落ち着いた彼女は、この三人の柱のような存在と予想できる。


「しかし、よくミナミさん許可してくれましたね。あの老紳士、何者なんですか?」


 率直な疑問。

 見知らぬ景護の身元の確認や身辺の調査も飛ばして、ギルドへのメンバー登録を許可してくれた。

 妙なハイテンションで、ギーア達への協力を許可してくれた老人の言葉を思い出す。

 

「ミナミ君!宙の祝福シエルレガロなんだから、いいじゃない!それに、ギルドのメンバーは自己責任。彼が死んでも、こちらに非は無い。ギルドへの志願があり、同意も得たのだからね。おっと、ミナミ君、そんな怖い顔でにらまないでよ。わはは」


「景護君!君には、ぜひ女王様の力になってもらいたい。ギルドの仕事、新米としてやっとくのは良い経験になると思うよ。登録金は私が払っておくから!ね!」


 四人のギルドメンバーが必要な依頼。

 三人だった彼らは、景護が新しいギルドメンバーとなり参加することで、依頼を受けられるようになった。


 

「名前はなんでしたかな?古い政治家の方だったと思うのですが……」


 ギーアが、一メートルくらいの十字のブーメラン、刃の付いた武器を指の上で回しながら、ぼんやりとした返答。


「ミズア、ギーア、東に向かうよ。こっちこっち。あの方はグラウス様だ、レベル1のベイビーちゃん。昔は、女王様の右腕としてバリバリに働いていたけど、今は隠居してるんだよ。アタシ、一回話したことあるってすごくない?」


 ナッツがギルドでもらった地図とにらめっこしながら、悪態交じりに教えてくれる。


「あら~?そうなのですか?今も、重役のままと聞いたことがあるようなないような……」


 ミズアのまた違った説。

 本当に同じ人物について話しているのか、不安になる。


「どっちにしろこいつの面倒、アタシらが見れるってグラウス様が認めてくれてるわけじゃん?これは、これはアタシら出世しちゃう?」


「ハハハ。それなら嬉しいですな。ところで、景護殿。ただの採取と狩りといっても依頼は依頼。どんな依頼でも我々の信頼、そしてランクに関わる重要なものですぞ」


 整備された道から外れ、森へと方向を変える。

 新人の心構え、ギルドについてなど、ギーアのレクチャーを聞きながら、草むらを進む。

 雑草を踏む感覚が妙に懐かしく感じる。


「ランクはまず、今の景護殿のように新入りが何もなし。次に、依頼をこなすか、ギルドやガーランサスに貢献すると2から10までのランクを頂けますな。数字が大きい程、優秀と言っても差しつかえないと思われますぞ。更にランクには上が存在して、順番にJ、Q、K、A。これらを持つ人々は少なく、只者ではありませんぞ。あと、我々は皆、ランク4ですな」


 ミズアさんが袋から、「Rank4」と書かれた名札のような物を見せてくれる。

 触ってみた感じ、軽いが意外としっかりした素材を使っている。


「そして、今回の依頼。低級の魔犬六匹を討伐し牙、肉、皮、骨の回収。そして薬草の採取。魔法道具、植物の栽培のスキルを持つ、ミズア殿のお陰で我々は薬草を見分けられますな」


「今回の魔犬は情報ではレベル10程度。アタシとギーアで十分だから、あんたはミズアと一緒にその辺で草でも摘んでな。にゃはは」


「もう、ナッツちゃんったら~。でも、景護さん。簡単なのは確かですから、落ち着いてこなしましょうね。魔犬の生息地ですが、私が守りますから大丈夫です~」


「了解です。よろしくお願いします」


 ミズアが今回採取すべき植物を見せてくれる。

 黄色い花、タンポポに似た植物。

 それの花に赤みがかかり、赤の割合が多いもの程、効果が高く、高価になるらしい。


『効果が高く、高価』


『そこは流しなさいよ』


 修道服のシスターと共に、草原で屈み、草を漁る。

 なんて平和的な光景なんだろうか。

 そう景護が思ったその瞬間。


「いた!ギーア!」


「承知しましたぞ!」



少し離れた場所で二人の声と同時に、ギーアの投げた刃付きのブーメランが、茂みから跳躍する魔犬に直撃する。

血しぶきを上げ、魔犬の撃墜が合図となり、五匹のターゲットが飛び出してくる。


ナッツは先頭の獣を、爪で薙ぎ払い、側面からの二匹の牙を難無くかわす。


そこに、飛来する槍。

ギーアの投擲用の短い槍が、牙を剥く魔犬を貫く。

片や、頭蓋。

即死だった。

片や胴体。

ナッツの追撃により、戦闘不能に。


休む暇なく、残りの敵に飛びかかる獣人の姿は、この世界に存在するレベルの差というものを、鮮明に見せつける。

逃げる四足の獣が二足の女に追いつかれ、一撃で命を刈り取られる。

鎧の男は、魔犬……動物の突進の攻撃速度、そして力に当然のように対応し、一振りでこれを返り討ちにする。


川の恵みよリヴィ・エル


 景護の隣で一緒に薬草を摘んでいたミズアが、小さな十字架を握り何かを唱える。

 水流がナッツ達が戦っていた場所とは別の茂みに突き刺さり、派手に弾け、その場には魔犬が二匹横たわっていた。

 

「こちらを、狙ってたみたいですが、あなたのことはちゃんと守りますからねぇ。さぁ。私達もこれくらいで、いいですね。景護さん本当に助かりました~」


「いえ、戦闘も見れていい勉強になりました」


「本当~?アンタの目じゃ、追い切れないんじゃないの?アタシらのスピード」


 倒した魔物から、必要な素材を真面目に集めるギーアに対し、ナッツは腰のウエストポーチのような袋から、干し肉を出し、かじりながら、こちらへやって来る。

 

「ん?連携もできていたし、少ない手数で見事に倒したように見えたが、違ったのか?」


 景護の言葉に、ナッツはフンッと鼻を鳴らし、そっぽを向く。

 

「合ってるわよ、バーカ。ぐずぐずしてないで、素材集めるわよ!」


 投げつけられた新しい干し肉を、左手でキャッチ。

 生肉のような血生臭さや柔らかさもない塩漬けされ、乾燥した肉。

 

「あらあら、景護さん。ナッツちゃんもめられて喜んでいるみたいですね。さて、私達も素材、集めましょうか~」


 ミズアの後に続きながら、干し肉を口に運ぶ。

 食事の前に手を洗う習慣を持つ身としては、緑色が付き、草の匂いがする手が、気になって仕方ない。

 手、洗いたかったなぁ。

 塩辛いが、口の中に肉の強烈な弾力を感じる。



「ま、悪くないか」


『乾燥ものの感想』


『あなた今回ひどいわね』

 

 くだらない霊二人の会話は水に流そう。





 ほぼ一人で素材集めの仕事を終えた、ギーアに駆け寄る。

 表情は顔が無いから分からないが、弾んだ声は彼の機嫌が良いことを示していた。


「依頼は六匹でしたが、討伐は八匹。必要な数を引き取ってもらっても、素材が余りそうですな。それを売れば、報酬と合わせてしばらく、楽ができますぞ」


「働いた働いた!でも、入らねーだろこんなに。状態の悪いやついくらか切り分けとく?」


「そうですね~。ナッツちゃんお願いします」


 ミズアが石ころのような質素さと、水晶のような透明さの混じった石を取り出す。

 ガラスが異物を含んでいるようにも見えるが、その境目は曖昧だ。


刻鏡石こくきょうせきといいます。昔は、人の記憶の一部を言葉として複写できる程度の物で、メモのような使われ方をされていました~。ですが~、言葉の保管を応用し、呪文の効力を失わず保管できるようになってから、これの価値は一気に変わりました」


 素材をまとめた山を円で囲う。

 そこに石を投げると、その山が姿を消す。


「簡易転移の呪文。行先はギルドとなっております。本来扱えない魔法も、この便利な石でこの通り~」


「アタシやギーアだと上手くいかないことが多いけどな」


「魔法の才能、適性、それとも眠った素質でしょうか?ま、分からないんですけど。ああ、景護殿、生きているものは今のところ転移できないから、楽はできないですぞ。ハハハ!」


 四人で帰路に就く。

 今日の戦闘の改善点を言い合ったり、報酬で何を買うか盛り上がったり。

 依頼を終えた皆は、楽しそうに語り合っていた。

 背中を預け、苦楽を共にしてきた彼らの仲は非常に良好で、景護はそれがうらやましくも感じた。


 そんな穏やかな時間は、不意に終わる。



『何?この、気持ち悪い感じ……』


あねさん?……。……!クッソ!最悪だ!景護、間に合え!』



 強引に引きずられるような感覚で景護の体は動く。

 状況は理解できないが、やるべきことは理解できた。



 隣のナッツを両手で掴んで、腰の捻り、腕の筋肉、全身を使っての渾身こんしんの一投。


「な、なにしてんの!」


「ミズアさんを頼む!」


 続けて、突然の出来事にきょとんとした表情で固まってしまったミズアも同じように投げ飛ばす。



「景護ど、……な、何を!?」


 最後に戸惑うギーアに飛び蹴りを喰らわせ、空をにらむ。

  


「景護!」


 ナッツの叫びを聞いた。

 あいつが、名前を呼んだことに、思わず笑いが漏れる。


 ――視界は影に覆われ、そして……。


 空から飛来した巨大な岩の手によって、景護は潰された。



「景護殿!」


「嘘、スフィンクス……?いや、それを模したゴーレム?」


 三人の前に、立ち塞がる巨大な石像。

 顔は人、身体は獅子、そして背に翼。


 こんな場所に、現れるはずのない化け物を見上げる。

 猫のような仕草で顔を撫でると、ぱらぱらと砂が降ってくる。

 建物並みの大きさの化け物が愛らしい仕草をしても、恐怖を覚えるだけだった。



「……レベル44!?これを町へ近づけては……!ギーアさん!」

 

「うおおおおおおおお!!!!そこをどけ化け物よ!貴様が潰しているのは、我が戦友なるぞ!」


 ミズアの言葉も、首の無い鎧には届かず。

 ギーアの投擲した刃の付いたブーメランは、スフィンクスの岩の肌に刺さるが、相手は微動だにせず。

 ミズアはもう一人の仲間を振り返る。

 そこにいた生気の抜けた青い顔に叫ぶ。


「ナッツちゃん!私とギーアさんで時間を稼ぐから、首都ガーランサスに戻ってこのことを報告して!」


「……!?分かった!救援を呼べばいいんだな!?」


「いいえ、町が狙われるのが最悪ですから、迎撃もしくは討伐の準備を進めるようにと。強敵ですから」


「それじゃ、二人も死んじゃうだろ!」


「いいのです。冒険は自己責任。ですが、町の人々には罪はありません」


「こんな時だけ、良い子のシスターぶってんじゃねーよ!三人で逃げようよ!」


 ミズアは魔法を展開し、水流でスフィンクスを狙う。

 うっとおしそうに片手で弾かれるが、視線がシスターを捉える。


「さあ!速く!」


「……ちくしょう!生きてろよ!」


 走り出したナッツの視界には、鎧の男が吹き飛ばされ、命を削って魔法を放つシスターの姿は入らなかった。



 投擲できる武器も投げ尽くし、回復魔法のお陰でやっと立っていられる状態のギーアは、剣を片手に化け物に向かって走り出す。


「弱点は……、ゴーレムの核は、コアはどこだ……」


 無謀だった。

 剣だけでは、見上げる頭には届かず、長い胴を貫くこともできない。


「おおおおお!!!!」


 カンと、シンプルな音、そして無慈悲にギーアはスフィンクスの手に弾き飛ばされる。


 「川の恩恵よリヴィ・エール川の恩恵よリヴィ・エール!……ハァハァ、ギーアさんの回復を……」


 何度も先程より、巨大な水流が放たれる。

 ミズアの最高火力の魔法の連射も、あれにとっては水浴び程度。

 苦も無く彼女達の方へ進み、この世界に存在するレベルの差というものを、鮮明に見せつける。

 

「回復を……ッ」


 シスターの体は限界を迎え、地面に倒れる。



 敗北した鎧は悔やむ。

 彼は今日がスタートだったのに。

 彼に冒険の楽しさを教えられなかったことに。

 彼と語り足りなかったことに。

 

「無念。……すまぬ景護殿。貴公を守れなくて」


 動けぬシスターは願う。

 もう一人の仲間の無事と、町の平和。

 そして誰かがこれを討つことを。


「神よ……どうか景護さんに安らかな眠りを。私達もすぐそちらへ向かいます……」


 こちらを見下ろす石像の顔を見つめる。

 終わりは呆気ないものと、すんなり胸に落ちた。




 ――雷鳴。

 青き輝きが空を翔ける。

 終わりを迎える彼女らには、終わりに繋がる虹にも見えた。

 だが、違う。

 それは、空の咆哮ではなく、地上の男による反撃。


 青き一閃が、化け物スフィンクスの顔を消し飛ばす。


 潰されたはずの男が、剣を片手に相対する。


「ふー、罰当ばちあたりぃ」


『仕方ないわよ。この世界だと実在する化け物扱いみたいだし』


『遠慮なくいこうや、景護!』


 顔を失っても活動は衰えることなし。

 獅子の身体は景護を狙う。


 先程は潰された石像の腕を、剣で迎え撃つ。

 甲高い金属音は、武器の悲鳴かのように、一振りに耐えることなく、剣は折れ、男は破片と一緒に殴り飛ばされる。


『安物はダメだな』


『そういう問題じゃないわよ。ほら、代わりなさい』


 転がる姿勢を立て直し、膝をつき、左手で右腕を固定し照準を合わせる。

 狙いはこちらへ向かうその胴体。


『「雷銃ヴォルペ」』


 稲妻の弾丸が、敵を貫く。

 だが、効果は薄く、活動は止まらない。

 それどころか、頭が再生を始める。


『火力、足りてないか?』


『うるさいわね、充電チャージする時間が足りないのよ』


「正直、先生の状態だとすぐ追いつかれるよね。あれ」


 先生の力を借りた状態、雷撃ベースに戦うと、身体能力が落ちるこの体。

 大将の力を借りた、剣術主体だと身体能力は高いが、あんな感じの大物には決めの一手に欠ける。


『じゃあ、ワンランク上、目指すか?姐さん、力借りるぞ』


『ちょ、ちょっと。景護に何かあったらあなた消すわよ』


『大丈夫だ。景護、覚悟はあ……』


「問題ない」


 被せ気味の返答を軽く笑われる。

 折れた剣を拾い、万全のスフィンクスと距離を取る。

 右手に輝き。

 高温放つ放電で、剣を溶かし、右手の上で維持。

 左手にはアメッゾ村でもらって、大将が使った刻鏡石。

 

『俺は、刀鍛冶なんかできねえが、その姿、忘れることなし。さぁ、両断の原初よ、いかずち喰らいて姿を現せ!』


 剣だった物に、刻鏡石を叩きつける。

 打ち込むは武器の記憶。

 放電と共に、形成される一本の刃。

 それは、この世界の標準的な両刃の刀剣ではなく、雷撃含んだ片刃の刀。


『切断力は保証するが、姐さんの雷撃が微量でも強すぎる。一振り持つか分からんぞ』


「大丈夫。二人とも信じてるさ」



 化け物の跳躍、飛翔。

 最初の奇襲のように上からの攻撃。


 一振り。

 化け物は、腕を切り離され顔から落ちる。

 

 二振り。

 胴体狙った真横への一刀は、その巨大な身体を両断する。


 三振り。

 振り下ろされた縦の軌跡は、スフィンクスの内部から現れた輝く球状の核を断ち、化け物は砂に返る。


『「雷光の十字架エクレール・クロス」』


 景護の手にあった刀は根本から、静かに消えていく。



『とでも言っておくか!ただの十字斬りじゃ寂しいし』


『まったく、あなたの状態で私の雷撃を使おうだなんて、景護が危険すぎるわよ』


「まあまあ、勝ったからいいじゃん。さて、二ヶ崎がギルドに戻る前に帰りますか」


 日はまだ暮れていない。

 急げば、間に合うだろうと、景護は倒れた二人の方へ駆け出した。

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